拾参――決着への道

湖光展出ここうてんしゅつ


 その瞬間のけ反らせていた男の体が突如現れた大波――いや、大きな水の流れの方が正しいか――にさらわれていく。

「グ……!」

「わわわわ!!」

 一緒に流されそうになった所を使に腕を掴まれ、俺は奴からやっと解放された。

 その流れは表面だけ動くそれとは違って水全体の質量で押し寄せてくるものだ。

 水属性の術の中では相当危険なものの部類に入るだろう。――自然現象で言う所の津波がそれだ。

 ごくり。目の前で起きている壮大さに思わず唾を呑む。

 商店街の皆さんを明治街警察署の人々が避難させていなければ出来なかったに違いない。

 そしてそれを放ったのは緑のぬらっとした肌に背中に甲羅、何となく長い髪の向こうから覗くくちばし、そして頭に皿。

「大丈夫か?」

 ずっとずっと、待ち焦がれていたそいつ……!


「トッカ!!」

「感動の涙はまだまだ早い! 大事に取っておきな!」


 そう言ったかと思うと彼は突如現れた水の流れに苦戦する男に対して瓢箪に霊力を溜めていく。


【母なる源流、水母にこいねがう! 恵みの水は幾千の刃となって闇を切り裂き、慈しみの雨は万々たる弾丸となって光を解き放つ!】


 この言い回しは――!


【出でよ、流水穿敵りゅうすいせんてき!】


 ぐるんと大きく振った瓢箪から無数の水の弾丸が飛び出し、上手く動けない男に一直線に飛んで行った!


 キター!!


 それを避けようとした男が水の流れにその身を沈め……。

 とぷん。

 ……そのまま二度とその顔を水上に出すことはなかった。


 ――やった!!

「トッカ! トッカトッカトッカ!!」

「はいはい聞こえてる聞こえてる」

 瞬間的に頼もしいその甲羅に向けてダイブする。

 うー、何だこいつ好き。好き過ぎる!

「トッカ!! 遅いバカ!!」

「これでもめっちゃくちゃ急いだんだからな」

「バカバカバカバカ遅い遅い! バカアア……!!」

 そのまま涙と鼻水でぐっしゃぐしゃの顔をトッカに押し付ける。

「はいはい、超ごめん、マジごめん。でもお前が無事で本当に良かったよ」

 トッカはそう言ってその小さな体で大きく強く抱き締めて、後頭部を優しく撫でてくれた。

 さっき奴がやってきたあらゆる撫で方と全然違うあったかい撫で方。

 ――やっぱ俺はこうやって撫でられたいよ。

「それで。今どういう状況だ?」

 早速切り替えたトッカの声にハッとなる。

「そう! トッカに協力して欲しい事があるんだよ!」

 上空を見上げ、そしての顔を真っ直ぐ見つめた。


「ナナシと話がしたいんだ! 知恵を貸して!!」


「ハ?」

 その言葉に返ってきたのは予想通りの反応。

 即ち反対の気色だ。

「冗談だろ、オメエ」

「冗談じゃない。札が来るまで何か無いかってずっと見てた。――ナナシが黒耀の解放の鍵を握っていると思う」

「ハ、馬鹿か! そうは言ってもアイツは敵方だぞ!? アイツに殺されかけたのを忘れたのか! 少しは冷静になって考えてみろ! 異空間でアイツ黒耀も言ってたが、黒魔術に情を移せば直ぐに命・体ひっくるめ、全部乗っ取られちまうんだぞ? さっきの様子見てる限りじゃお前は情を移しやすい性格と見た。それなのに――」

「それでもさ! 困ってる顔の人はほっとけないじゃん!!」

 まくしたてる河童の声に無理矢理声を被せる。

「……ッ、だから何だ! 困ってたら悪人も助けるってか!? 罠かもしれないのに!?」

 しかし、だからと言って黙る訳では無い。彼だって必死だ。

 黒魔術とはそういう魔術なのだから。

 でも俺は――。

「そうだよ! だって、俺が相手にしなくちゃいけないのは『黒魔術』だもん!」

「……」

 トッカの目が見開いた。


「俺は『はらい者』なんだ、黒魔術に対抗できるのは俺だけなんだ!」

「……」

「分かってよ! トッカ!! 俺はを助けたいんだ!!」


 十数秒の沈黙。

 必死の訴え、果たして。


「ったく、本当にこいつは次郎吉そっくりだ!」


 * * *


 空中で激しくぶつかる傀儡と風神。

 まるで切り結ぶかのように何合か激しくぶつかり合い、己の魔術で相手を仕留めようと必死だ。

 しかしそれがずっと続いている訳でもない。神の方に疲れが見え始めていた。傀儡とて例外ではない。その両眼からあの時異空間と同じ黒いどろりとした液体が流れている。もう体は限界を迎え始めている。

 それを足を引きずりつつ屋根の上で二人、追う。

「どんな考えだ」

「ナナシはこうなる直前に黒耀から魂を奪い取った」

「遂にやったのか」

「うん、そしたら彼は

「……? どういう事だ?」

「見てれば分かると思うけど」

 黒耀がフウさんの胸倉に飛び込み、瞬間襟を引っ掴む。

 フウさんの体に下向きの力が働く。

 その下は瓦屋根! こんな高低差、瓦なんかに当たったらひとたまりもない。

「くっ!」

 抵抗するように急いで上昇気流を発生させ、ぎりぎりそれを「エアバッグ」とした。――風神だから出来る事だ。

 そのまま大空に再び舞い上がり、その拳を相手の腹にぶち込む。――ナナシがフウさんの居た場所に黒魔術を投げかけたのはまたしてもだった。

「これがどうしたんだ?」

「攻撃の入りが毎回遅いんだ――異空間で攻撃仕掛けてきた時はあんなスピードの車にも追い付いて、攻撃も今とは比べ物にならないような波も作ってたんだよ?」

「ふむ、確かに?」

「それに、何より2on2なのに

 その瞬間トッカがハッとした顔をした。

「そう言えば、そうだな」

「二人とも操られて傀儡となっているのならもっと効率よくフウさんを追い詰める事は出来るはずでしょ!? それが出来てないって事は――ナナシは完全にし、もっと言えばのかな……!」

 言葉を受けてトッカも上空を見上げた。

「だからアイツが黒耀の解放の鍵を握っているって言いたいのか?」

「うん」

「そういう事か……!」

 その直後、向かっていったナナシをフウさんが一蹴りで建物の屋根に蹴り落とす。

 物凄い轟音の後に土埃が舞った。ばねのように瞬間的に飛び上がって空中に戻っていく。

「でも何で攻撃をしたくないんだ?」

「それを今から聞くんだ。それを手伝って欲しい」

「なるほどな」


 * * *


 遙か上空にて、その分身は何か今までには無かった戦い辛さを感じていた。

 蹴り込む足に伝わる生々しい感触、自身の腹を抉り込んでくる鋼鉄のような足、拳。

 魂を奪い取るまでは感じなかった何かが一つずつナナシを傷つけていく。

 その正体がイマイチ掴めない。

 彼は見えないものに背中を押されつつ、そこに一抹の不安を感じていた。


『ナナシ、お前の分身は酷いよなぁ。お前のことを要らないとか言いやがるんだぜ? お前にだって人権があるのにサァ』


 あの時耳が壊れそうになるほど延々と録音を聞かされながら言われた言葉を思い出す。


『身を分かたしただけの少年にこんなに言うか? 普通』


 そう言ってけらけら笑う。


『良いか? お前は愛されていないんだ、俺だってお前のことゲロ吐く位嫌いだ。――もうな、その存在を必要としてくれるのはアイツしか居ない』


『お前達の命を呑み込んできたアイツしか……』


『闇に生きろ、無生物。そして生き物になってこい』


『光が欲しいなら戦えよ』


『命がお前に宿った暁には俺もお前のこと好いてやろう』


『死神とは死を喜ぶ者だ、死の概念の無いつまらん奴に興味はない』


 何の為に戦ってきたと思っている。

 何の為に闇に生き、闇に従ってきたと思っている!


 全ては復讐への前奏曲だ。

 ボクにだって、ボクにだって――。


 下唇を噛み締め、拳を固めた時下方から声が聞こえた気がしてそちらを向いた。


「ナナシ! ちょっと話をしないか!」


 ひょろっこいただの少年である。隣には瓢箪なんか構えた河童がこれまた必死な顔つきでこちらを見ている。

「俺、君を助けたいよ! 君と話がしたいんだ! お願い、降りて来てくれ!!」

 ――は?


『助けてやろうか? その闇の中から救い出してやろうか』


 似たような言葉はもうとうの昔に貰ってる。――その結果がこれだ。

 相手がぼろぼろに壊れてからしか慰みの言葉なんて言えない生き物の癖に、あんなちっぽけな少年なんかに何が分かる!

 馬鹿々々しくなってそっぽを向く。

 最早こちらに興味すら示さない風神に向かっていく。

「リャアアアア!!」

 背中に手刀を叩きこもうとした瞬間、それを読まれた。

「しつこい!」

 ぎろりと睨んだ琥珀の瞳がこちらを捉えた時にはもう遅い。薙ぎ払われた大風に豪快に吹っ飛ばされた。

 それに対抗しようと体勢を整えようとした所でようやく気付いた――自身の体にもガタが来ている。

「ナナシ!」

 上手く動かないこの体を抱き留めたのは先程の少年達だった。


「ぐ、放せ!! 邪魔だ!!」

「待って! 話を聞いて!!」

「煩い煩い!! どうせお前達も本物が云々言うんだろ!! 聞き飽きた、ボクは皆に認めてもらうんだ! 認めてもらうんだ!!」

「そうじゃない!! お願いだからもう自分を傷つけないで!!」

 もみくちゃの混乱の中、その言葉だけがやけにはっきりこちらに伝わった。


 ――え?


 肩で息をした。

 予想もしていなかった言葉だ。

 汗の玉を額に浮かべたその少年に少し仰天する。

 な、何なの……こいつ。

「な、何言っちゃってんの。甘言はもう沢山なんですけど」

「じゃあ何で君は分身を傷つけたりしたんだ」

「――ッ、ほらまたそれだ。分身なら本物を大事にしろってか! もううんざりなんだよ、その話!」

 彼の腕に思わず爪を立てる。

 大声を浴びせかけた。

「ふざけんなよ!! アイツは酷い奴なんだ!! ボクばっかり悪いって言って! 悪いって……! 嫌いなんだよ!! 大ッ嫌いなんだよ!!」


『役立たず』

『要らない』


 脳にガンガン響く声。

 怒りの滲んだその声が世界で一番嫌いだ。

 胴に巻き付いている腕に力任せに拳を殴りつけた。

 もう何も分かんない。何にも何にも分かんない!

 こいつの事も、アイツの事も、奴の事も――


 ――そして自分の事も。


『無生物』


 ボクの事をそう呼んだアイツのにやけた顔が再度浮かぶ。

 もしもボクがこの人みたいなだったなら。

 ボクはちゃんとした人格を持てていたのかな。

 もしもボクがあそこで戦う座敷童みたいに立派な人物だったなら。


 ボクも皆に囲まれて笑っていたのかな。


 悔し涙が滲む。それは怒りを混ぜて悲しみを混ぜて、川の様に流れていった。

 どこか諦めに近い虚無の感情がどろりと腹にたまる。

「――良いよ、もう良いんだよ。ボク、無生物なんだし、アイツと違って愛されてないし」

 自分で言ってて情けなくなる。

 泣きたくもないのに目尻に温かく、溜まる。

 今自分に残っている温かさはこれ位。

 ――ボクは、なんて空っぽだ。

「ボクなんて、ボクなんて……」


「そんな事ない。だって、君だけが悪いんじゃないんだから。――聞こえてる? 耀! 言ってるんだ!」


 その瞬間訴えるようなその言葉に体軸が震えた。

「君達は二人で一人。決して別々じゃないんでしょう? そうでしょう?」

「……本当に何言ってんの」

「君が黒耀から魂を奪い取った後から君達の行動は入れ替わったようになった」

「そんなこと無い! 無いから!!」

「そんな事言って、異空間の時のあの勢いはじゃあどこに行ったんだよ」

「そ、それは」

「攻撃しづらいんじゃない?」

「……ッ、うっさいうっさい! もう黙れよ!! 放せよ!! 本当邪魔なんだよ!!」

 脅しの様に手に黒い炎を

 もう止めて……。

「それでも離さないから!!」

「放せ!」

「やだ!!」

「放せ!!」

「離さない!!」

 しっかり胴を抱きしめた。

 もう止めてよ……!

「二人で入れ替わったの見てからずっと思ってた。ナナシが負の部分押し付けられたってあの男が言ってたの思い出して、それから、それから――!」

 ここで大きく深呼吸をした。

 手がかたかた震えている。

「君は元々黒耀の中に隠されてた感情なんじゃないの? その無邪気さとかさ、いたずら心とかさ。ずっと隠してたんじゃないの!? 悪い心だって押さえつけて、自由に振舞えなかったと思う」

「うっさい、勝手に決めんな!!」

「一人ぼっちで抱え込んで寂しかったと思う」

「うっさい!! だから勝手に決めんなっての、アンタなんかに分かる訳無いだろ!!」

「分かるよ! 俺、君と同じだもん!!」

「ダマレ、ダマレダマレダマレェ!! 分かる訳無い!!」

 燃え盛る腕で頭を抱えて、耳を塞いで、頭を振って。

 それ以上言われたら壊れちゃう!

「分かるよ、君も一人ぼっち、愛されたくて堪らない」

「違う、違う違う!! ボクは――!!」


「俺も甘えたこと無いもん!!」


 黒い炎を押し付けて払いのけようとした腕の奥から。

 それはまるで心の奥を吐露したようで、思わず腕が止まった。

 口の辺りがかたかたいってる。

「俺んち親いない!! 気付いたらいなかった!! だから寂しい気持ちよく分かるんだよ!! きっといきなり帰ってこられたら意地悪すると思う!! 腹いせとかするよ、きっと!!」

「……」

「勝手に呪い押し付けられてさ、それを放っておけばいずれアイツに全部取られて! そしたら大事な人の敵になる!!」

「……」

「でも相談なんかできるわけない! だってそれを話すって事はイコール仲間を失う恐れもあるんだからさ!! 分かるんだよ……俺」

 石を投げつけられた兄の姿がふと、浮かぶ。

 妙に楽観的だった兄は比例して変に度胸だけは良かった。

 自分達の右手に付いた紋様を見せびらかしていつもごっこ遊びの主人公の座をもぎ取る。

 笑顔が素敵な皆の人気者。

 その影は大人達に踏みつぶされていった。


 大人達は知っていた。それが厄災の後継者の跡であることを。

 大人達は知っていた。という言葉を。


ほむら達ってさ、忌み子なのって本当?』


 兄の一番の友達が若干引き気味に兄にそう言ったのを強烈に覚えている。

 その後凄い凄い隅っこの方でただ一人で泣いてたのを強烈に覚えている。


 この呪いの話をすれば誰かを傷つけるかもしれない。

 この呪いの話をすればは一人ぼっちになるかもしれない。


 苦しかったのかもしれない。

 日常に埋もれて忘れていたけれど。

「俺には辛うじて夢丸が居た。でも君は本当に本当に一人きりだった……」

「……」

「黒耀は制御の形でずっと押さえつけてたもう一つを切り離した。それは仕方ない事だったかもしれない。――そこにどんな事情があったのか、そこにどんな感情があったとか、俺には分からない。……でもずっと悩んでたと思うよ。だってこの話をした時悲しそうな顔してたから」


『すっごいよ! 見てみて! ボクの手、黒耀のと違う形になる! もうジャンケンはあいこにならないよ! 凄い!』

 その時に見せた何だか寂しそうな悲しそうな顔。

 そうだね、って言って手を握ってきた。


「罪悪感が無い訳ないじゃないか! あんな申し訳なさそうな顔して!」


『……ね、ナナシ。ボクらでこの呪いを弾こう。その為には少しでも、一秒でも長くアイツの支配から逃れる必要がある』

『呪い? どういう事?』

『……ちょっと、とある因縁があってさ』


「もう一度言うよ、君達は二人で一人だ。君達がお互いに放っている言葉は自分自身で抱え込んでいる負の感情に過ぎない! 彼が役立たずって言ったのも、要らないっていったのも、君が黒耀の事酷いとか嫌いとか言ったのだって! 自分に向けた言葉だった、違う!?」

 瓦屋根に水滴が落ちた。

 自分のだって気付くのに大分大分時間がかかった。

「泣いてないなら思い切り泣いて良いよ、偽物なんて自分自身に言うのも、もう止めようよ! 俺も(仮)なんて呼称取るからさ!!」

 背中に顔を押し付け、彼はそう叫んだ。

 ――ああ、生き物ってこういう事だ。鼻水吸い込みながらふと思う。

 泣いて良いって事だ、笑って良いって事だ。

 互いに慰め合って、互いに抱き合って、互いに競い合って。

 それが出来る事だ、一人にならない事だ。


 ひとりぼっちを極端に嫌うものだ、そういうものなんだ。

 繋がりを皆、どこかで求め合っているんだ。


「だからもう自分自身を傷つけるのやめようよ!!」


 少年の涙につられて音もなく涙が溢れ出した。

 ボクはこの少年の温かさに泣いている。

 ボクはこの少年の優しさを求めてる。


 ボクは、ボクは、生きている。


 生きている。


「ボクは……」


 この冷たい手を、きっと、きっと。

 その腕に託しても良いはずだ。


 胴に強く巻き付くその腕をふと見て、涙を拭って、そして――。






「何を世迷言」






 ――!?


 瞬間何が起こったか分からなかった。

 気付いた時には彼らは黒魔術に縛られ、目の前にはあの歪んだ微笑み。


 ――執着ベゼッセンハイト――

 黒耀が記憶の中に封じ込めた名。

 目の前の男の名。


「はらい者のあの子と君が同じ? どう考えたってそうは見えない」

 肩を優しく抱いたその「蛇」はゆっくりかぶりを振りながら湿った吐息を吐いた。

 笑っていたのだと分かるまでに少し時間がかかった。

「……」

「考えようによってはああいう解釈も出来るでしょう。しかし君は現にこうやって彼とは別個体として存在し、そんな君に黒耀は様々な罵詈雑言を浴びせかけた。それは揺らぎようのない事実ではありませんか」

「……」

「口先だけならどうにでも言えますからね。その心を反映させているように見えて意外と言葉なんてうわっつら。シールみたいなものですよ。人々はお惣菜の値引きシールが如き小さな物にも感動を見出している」

「……」

「あんな目を引く物に簡単に心を引かれてしまう生き物の言葉が果たして信用できますか? ――それに引き換え私達は特別」

 そう言った後、ニヤリと笑んで耳元にひっそり囁いてきた。


「だって私達


「……!」

 バッと顔を上げた。

 目の前には百点満点、最高の笑み。

 呼吸が無意識に早まる。

「選びなさい、私との命の繋がりか、彼らとの言葉上の繋がりか」

 口先だけの繋がりか……?

 命の、繋がり、か……?

「あの二人の命をこちらに差し出すことが出来たなら何だって君の願いを叶えてあげる……」

「……」

「あの上空の偽物だって燃やしてあげても良いんですよ」

「……」

「本物は君だ」

「……」


「殺れ」


 ――、――。

 縛られた彼の方を見る。

 一歩、その歩を進めた。

「ナナシ!」


 ボクは。


「ナ、ナシ……」


 この手で……。


「……」

 唾を呑んだ。


『ボクらでこの呪いを弾こう』









「ごめん」









「ボク、


「……!」

 黒耀が彼に託した宝石をその胸ポケットから引っ張り出して奴の目の前目掛けて瓦屋根にぶつけた。

 この人の宝石ならば、きっと、きっと――!

「ギャアアア!!」


 予感は見事的中した。

 ボクらは知ってる。


 アイツは「聖光」に弱い。


 目を押さえながらよろよろとよろめいている隙に少年の体に巻き付いていた黒魔術をぶちぶちと引きちぎる。

「少年、君の力を信じるよ」

 決意を拳に固めて、上空に居る二人を見上げる。

、君を信じる事にする」

 飛翔――。

 尚も無表情のアイツの背後に瞬間回ってその体を強く、強く抱き締める。


「今だ! 早く!! こいつの胸に札を!!」

「札!?」

「こいつを今縛り付けてる呪いは心臓にあるんだ! それを札で吸って、早く!!」


 咄嗟に判断した風神が少年の元に突っ込んだ。

 札を手に持ち腕を大きく押し広げ、彼は彼女の腕の中に飛び込む。


「やめろおおおおお!!!」

 奴が気付いてこちらに向けて黒い閃光のような黒魔術を放とうと構える。

「させるか! 【流水穿敵りゅうすいせんてき!】」

 トッカが瞬間的に反応して瓢箪を振るう。

 ――しかし一瞬だけ奴の方が早かった。


 物凄い音がして閃光が飛び出す。


 二者が競合するようにこちら目掛けて飛んでくる。

 唾を思わず呑み込んだ。

 間に合うか!?


「和樹!!」

 腕を伸ばす。


「ナナシ!!」

 少年も札を持つ右手を前面に突き出す。


「間に合え……!」

 風神がずんずんスピードを上げていく。


 そして――。






「黒耀、今助けるから」






 激。



 * * *


 札がその胸に付くと同時に黒々とした閃光の光がぶつかってきた。

 空に大きな轟音がとどろき、立ち込めた暗雲が不安や焦りを掻き立てる。


「和樹!!」

 トッカの悲鳴のような絶叫がこだます。


 その中から見えた彼ら。


 


(つづく)

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