拾弐――戦闘、誘惑

「さて! 門田町上空にて、2on2の対戦です! 挑戦者は風神とはらい者、対するは私のお友達」


 そう言いながら彼は浮上。

 高みの見物ときたか。


「お手並み拝見」


 二人の少年の耳飾りが残像となって線状を空間に記憶した。


 空中に舞い上がったかと思えばもうそこにはいない。

 一瞬間後にはフウさんに一直線だ。

 相対する彼女は大風を展開してバリアーを張り、彼らの攻撃を受け流す。

 彼らの手には先程の奴もその腕に宿していた炎が燃え盛っている。

「フ、フウさん! 忙しい所すみません!」

「何だ!?」

「あの黒い炎って何……」

「予想だけなら簡単だろう、黒魔術の一種だ。陰の上位互換とでも思っておけば良い」

「というと?」

「陰は心臓付近に触れるとアウト、それは知ってるか?」

「あ、はい」

「炎は一瞬でも触れればその燃焼時間に伴った分命を切り取っていく。――即ち触れた瞬間から徐々に体力と命とを奪われていくって事だ」

「ふぇ!?」

「しかも炎は固形じゃない、燃焼を伴ってしつこく纏わりつく。一瞬でも触れればその時は死を思え」

 ええ、それってヤバくない!?

「更にまだまだおまけがあるが……聞きたいか?」

「あ、もういいです……」

 これ以上は俺のメンタルが受け付けない。

「取り敢えずお前は札が来るまで無力の身、しかも人間だ」

 黒耀が突進してくるのを二メートル前で薙ぎ払いつつ、言う。

「対抗手段が来た時に適切に対応できるように今はよく観察し、調子を整えろ」

「分かった」

「よし。――ところであの二人は」

「サイジョウさんとマツシロさん?」

「そうだ。あいつら、もう誘導始めてるか?」

「少しずつやってるみたい」

 青い服を着た警察官らしき人々がまばらに一般人を逃がしている。

 それでもさっき奴を蹴っ飛ばしたのを見ていた人が恐怖を露にしていたりそれが伝染したりしている。

 ちょっとしたパニックが所々で発生している。サイジョウさんが泣いた女の子をあやしている。

 フウさんが下唇を噛み、上空を見やった。

「そうか。上手くやって欲しいな……悪用されなければ良いが」

 そう言いつつ跳躍。その直ぐ後にナナシの拳が屋根を砕いた。

 跳躍直後、飛翔に転換。それを追って座敷童が次いで飛翔を始めていく。

 俺から彼らを離す心積もりらしい。


 折角頂いたチャンス。

 しっかりと目を凝らす。


 まず黒耀の火炎放射をフウさんが難なく避けていく。

 そこに黒耀は機械的にどんどん体術を仕掛けていった。

 最初こそその力量の差は月とスッポンだったけれど、どんどん縮まっていく。

 彼の背後に展開された魔法陣から円周に沿って鬼神のそれのような黒炎を配置した後、すぐさまビームのような黒魔術に変換、弾幕的に彼女に襲いかかり、更には避けた先に待ち構えていた。

 迅撃。寸での所で回避。

 方向転換が間に合わなかったらやられてた。

 ――学習されてるんだ。

 異空間で「守護」か「攻撃」かの単純作業でやりくりしていた彼とは、言っちゃ悪いけれど偉い違いだ。

 その攻撃も多種多様。「攻撃」を最大の「防御」とし、高速で飛行、着実に風神を追い込んでいく。


 対してナナシ。彼は彼で――様子が変だ。

 ナナシもナナシで強い。一発一発の威力は凄いし、「奴」との距離が黒耀より近いと言われるだけあって、黒魔術の威力も目に見えた桁違いの差を他に見せつけている。

 でも黒耀の機敏性、その魔法の応用力の高さと比べちゃうと……ぶっちゃけ何か違う感がある。

 何だろう、何だろう。本当に微々たるものだけど……。


 何か、躊躇してる、みたいな。


 黒耀は本当に機械的に的確にフウさんにその攻撃を掠めていくけれど、ナナシのはいつでも一瞬後だ。今ではフウさんもその注意を向ける対象を黒耀に殆ど切り替えている。

 ――さっき黒耀から魂を奪い取ったのと何か関係がある?

 そう考えてみるけど……イマイチピンとこない。

 もう少し前から考え直してみよう。

 確か異空間では黒耀に対してその敏捷性だったり、黒耀曰くの子ども的な悪賢さを存分に発揮していたはずだ。

 あの大波を作って家々を壊したのも、凄いスピードで移動する車に追い付いて陰を放って立ち塞がせたのも彼だった。

 多分あの時の車は百二十キロとか余裕で出てたと思う。それを追いぬかしそうな勢いの波作ったり、一方で黒耀に音もなく背後に忍び寄ったり。

 ぶっちゃけあの時のナナシの方が今の黒耀みたいに戦っていた。

 それなのに今は何というか「攻撃」か「防御」かみたいな……。


 ――あれ? 


 急に一つの仮説が頭の中で組み上がっていく。


『僕の「影」に独立権を与えたんだ』

 黒耀のこの言葉。


 魂をナナシが取った後からまるで彼らは中身が入れ替わったみたいだったこと。


『こいつらは二人で一つの魂で動いていやがる。いわばお互いが己自身。ならばもう一方を売ってしまえば自動的に「奴」の支配から完全に逃れられるという事だ。分かるか? 意外と簡単だろう?』


『あの二人はいわば一心同体だ。人を呪わば穴二つ。あいつらはこれから共に相滅する。しかし復讐の気に駆られたアイツは気付かないんだ、笑えるよな』


 ああ、そうか。そういう事か。

 とするならば……。


『唯の役立たずさ、どうしようもない』


 この言葉も本当は――。


 何か予感を感じて上空を見上げる。

 ナナシのたどたどしい影が見えた。

 その困ったような横顔を見てどきりとする。

 彼はきっと……!


 居ても立っても居られなくなって辺りをくるくる見回す。

 まずはどうにかしてナナシをこちらに引きずり降ろさないといけない。

 でも俺は空を飛べないし、腕が伸びる訳でもない。何よりあの中に下手に飛び込めばこちらがやられかねない。

 目が大きく開いた。どうすれば良い、どうすれば良い!


 取り敢えずはこの考えをフウさんに言おう。そしたら何か策を練ってくれるかもしれない。

 そう思って身を乗り出した――瞬間。


 腕が引かれた。体がくん、と引き戻される。

 何やら既視感のある場面だ。その時空に浮かんでいたのは星だったような気さえする。


「何をしているんですか」


 左肩にふさふさと何かが触れる。

 その瞬間嫌な予感がした。


 恐る恐る見上げた頭上、「黒い蛇の瞳」がこちらを覗いていた。


「ウワ!!」

 慌てて身を引く。

「何を驚いているんですか?」

「そ、それは……」

 蛇に見込まれた蛙とはこの事だ。

 余りに突然のことで何をすれば良いのか全然分からない。

 そうやって目を離せないでいると、彼はふとニタリと笑った。

 直後何やらわざとらしい「悲しい」顔をする。

 ――何。

「私は少し不思議に思っていた所だったんです」

「ふし、ぎ?」

「ええ。私は2on2と言ったはずだったのですが……どうです、可哀想にこの少年は怪我をしているではありませんか。それでは戦闘なぞできるはずがありません。うかつでした」

 気味が悪い程の「優しい」顔をして包帯の巻いてある左足をするする撫でてくる。そのまま指先はどんどん上へと上がっていった。

 その挙動一つ一つに背筋が凍るような気持ちがした。

 本当に何してくるの……?

「困りましたね。『風の子』とも称される元気盛りの『少年』がこんな怪我をしては走り回る事も叶いますまい」

 そのまま彼はもう一方の手で右腕を撫でてくる。――少しずつ彼の体が俺の体に覆い被さろうとしている事に気が付いたのはその顔が至近距離まで近づいてきた時だった。

 その時にはもう遅い。

 条件反射的に距離を取ろうとするこの体にお構いなしと言った様子でどんどんその身を被せてくる。

 恐怖で声も出ない。口を彼が放つ何かしらの「威厳」が押さえ込んでいた。

 彼が近寄って来るのをやめたのは腹筋が丁度一番きつくなる位の体勢の時。――抵抗を拘束なしに遮ろうとしている。

 分かっててもそこから更なる抵抗、逃走が出来ない。


 怖い。


 やがて彼は言った。


「どうでしょう、体から痛覚を消して差し上げましょうか」


 治す、ではなく。

 痛覚を、消す。

 ――痛覚を、消す?

「ど、ういう事、で、しょうか?」

 聞いちゃいけないのに、口が勝手に動く。

「気になりますか?」

 。顔がそんな音を立てた気がした。

「……!! 和樹!!」

 フウさんがこちらに気付いて絶叫する。

 しかしこちらに飛んでくる気配が無い。きっと黒耀達に阻まれているんだ。

「痛み、とは苦しみです」

 彼の右手が左頬を愛しそうに撫でる。

 鳥肌が立った。

「苦しみとは人生の障害、異常です。障害、異常は幸福を妨げます。無ければどれだけ幸せか……貴方は考えたことはありますか」

 言いながら瞳だけはこちらをじろじろと眺めまわす。

「テスト中に腹を下して良い結果が得られない、たった一つの怪我やそれに伴う痛みが将来の夢を潰す、そして、左足を捻ってしまった為に今日一日多くの人に多大な迷惑をかけてしまった――何か違いますか?」

「ちが、い、ません」

「そうですよねえ。……痛みさえなければ貴方はこうやって迷惑をかける事は無かった、そうですよねえ、ええ」

 気付いたら固い瓦が後頭部にぶつかっていた。

 目の前の綺麗な顔をずっと、見ていたい。

 襟から覗く鎖骨が綺麗。目が離せない。


「よしよし、良い子。直ぐに楽にして差し上げましょう」


「目を瞑って。そしたら怖くない」


 右手に彼の細い指が絡まった。

 もう一方の手が前髪をかき上げて――。






「和樹!!」






 ――トッカ?


 ――トッカ!!


 気付いた時には奴にきつく抱きすくめられ、物凄い近くに顔が……!

「トッカ助けて!!」

 俺が意識を取り戻したのに気づくと、奴は慌てて顔を両手で挟んできた。

 無理矢理をしようとしてくる。

 肩を掴んで必死に抵抗した。――キモイんだよ!!

 横っ腹を右足で思い切り蹴って、その体をどかし急いで離れる。

 危なかった!!

 でも終わった訳では無い。直ぐに左足の方をきつく握って逃げられないようにしてくる。

 わざわざ左足掴むか!? 普通!!

「痛い痛い!!」

「痛みから解放されたいですか?」

 狂ったように笑いながらそのままいつかの陰のように這って近づいてくる。

「トッカ!! フウさん!!」

「和樹!! 肩掛け鞄!」

 そう言われてはっと気が付いた。

 ――契約の札!!

 滲む涙で捉えた先、左足を思い切り掴んでくるその腕にかかと落としを数発打ち込んで何とか距離を取る。

 また追い付かれる前に……!

 震える手で急いで鞄からクリアブックを取り出して「トッカ」と書いてある札を取り出す。

 ――と、その瞬間、腹を大胆にも背後から抱きしめられた。

 ヤバい!!

「捕まえた! ――言う事が聞けない『お友達』は一度燃えてみましょうか。その方が早そうですし」

「ヤダヤダヤダ!!」

「和樹! その札裏返せ!! 早く!!」

 奴が全体重をかけて拘束してくる。

 心臓に叩き込む為に離したその左腕に黒い炎が激しく燃えた。


「ようこそ、私が主催の新世界へ」


 トッカ――!!











湖光展出ここうてんしゅつ


(つづく)

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