玖――推理

「さあて、さてさて出来ましたよー。こちらが解析結果となりまーす」

 茶髪に糸目の青年がディスクを指で回しつつ、うきうきとした歩調で部屋に入って来る。

「待ちくたびれたぞ」

「無茶言わないでよ、一日で二市町分のカメラ十九日分とか四人の人員からしたら正気の沙汰じゃないんだから。全部解析とかいう奇跡を起こしてもらっといてありがとうも言えないならあげなーい」

「ごめんごめん。アンタらのとこは世界一の組織だよ」

「……仕方ないね、許してあげるのは今回だけだよ」

 まんざらでもない様子だ。

 そんなこんなで物凄くのほほんとしているけれど場所が場所だ。

 入って来る直前に見たあのプレートをふんわり思い出す。


「署長室」


 ――本当に署長室乗っ取ってたんだ。

 ああ、ソファがびっくりする程ふわっふわです!

「ひぃふぅみぃ……五人か。これで全員かい?」

「あれ、そっちからは三人来るって聞いていたが」

 さっきから青年とやり取りしていた、ワインレッドのフレームの眼鏡に髪を一つに束ねている女性が安楽椅子にもたれかかりながら小首を傾げた。

 この人が課長さんかな。

「あ、ああ実は」

 あの後しぶしぶ出かけようとして車に近付いた怜さん。

 ふと車を見たら相当無茶させてしまったのかタイヤが見るも無残な姿になっていたらしい。

「――という訳でタイヤ交換してから直ぐに追いつくそうです」

「納得だな」

 車のタイヤがオシャカになってしまったので当然俺らはバスで明治街まで来ることになった。

 バス代は当然出してくれなかった。――やっぱがめついよ、あの人。

「ふむ? それよりもう一人が何処にいるのかが、気になるんだけど……」

 糸目の青年が話に割って入る。

「ん? そこに河童が居るじゃないか」

「河童!? どこどこ?」

「ほらそこそこ」

「え? ここ?」

「あ、そうそう。そこら辺が頭の皿かな」

「へぇー……意外と小さいんだねぇ」

 部屋の隅でよしよしと頭を撫でるような仕草をする青年。言っておくけどそこにトッカは居ない。

 誘導した本人はというと当然ニヤニヤしてる。

 弄ばれている……。

「名前は何て言うんだい?」

「河童のかぱ吉」

「かぱ吉くんよろしくねぇ。――あ、あんまりお皿撫ですぎると乾いちゃうか」

 もう二人の構成員は笑いを必死に噛み殺している。

 この組織は全体的に意地悪だ。

 ――というかそうだよな。視えてる方が不思議なんだよな。

 あれ、そうすると怜さんは何でトッカのこと視えてたんだろう。

 不思議不思議。そういう人もいるんだな……。

「それで、大輝。かぱ吉から話を本筋に戻そう。いつ誰がまた被害に遭うか分からないんだから」

「おっとそうだった」

 隅っこで空気をなでなでしていた青年が飛び上がるようにこちらに帰って来る。

「それじゃあ若い少年陰陽師も仲間に加わった事だし、自己紹介してから始めようかね」

「じゃあその任は私が引き受けよう」

 課長さんと思しき女性が立ち上がり、そう言う。

 何だろう。他の人とオーラが違う。(というか全員独特のオーラを放っている)

「まずは私。『怪異課』の課長をやっている『神風フウ』。とことんまで偉いのでフウ様と呼んでも良いぞ」

「あ、ど、どうも」

 濃い、早速濃い。

 雰囲気的に……神様はこの人かな。

「次。あちらのおしとやかロングヘアーは『マツシロ』」

「よろしくお願いします」

 垂れ目に細いカチューシャが可愛い女性だ。

 表情が基本変わらないちょっとクールな所も魅力的。

 この人が天使、かな。

「そしてカールした金髪のあの元気なのは『サイジョウ』」

「わははっ!! 喧嘩は任せてよ!」

 そう言うなりがっしと首に腕を回してくる女性。

 俺はこういう人、親しみやすくて好きだよ。――首回り非常に痛いけど。

 多分、悪魔? かな。

「それであの糸目が――」

「はいはーい! 渋沢大輝でぇす!! 皆大好き『犯予』の委員長さんです!」

 ほっぺに両手の人差し指を添えながらえへっと言う。

 どういう心境であのポーズを選んだんだろう。

「キャラぶれっぶれの威厳がまるでない委員長。遅刻常習犯でもある」

「何だい、その言い草は!」

「台詞を奪いやがった罰だ、変人」

「全く酷いなぁ、君も変人の癖に」

 そこまで会話が進んだ瞬間何がびびっと来たのか二人がばしっと立ち上がる。

 そして

「「変人九割の街、明治街ばんざーい!!」」

と勢いよくハイタッチ!!

 ……、……。

「な、何が起きているんだろうか」

「常識の範囲外」

 ツッコミは俺達の仕事らしい。


 * * *


「さてさて。今回の解析の依頼は通り魔事件の正確な数の把握及び主犯の存在、その容姿という事だったけど、それで間違いないね?」

「ああ。そこから共通点とかを割り出したい」

「うむうむ、よし。それではお目にかけよう」

 鞄からノートパソコンを取り出してさっき指で回していたディスクを取り込む。

「へえ、ノートパソコンで出来ちゃうんですね」

「まあ、DVD見るのと殆ど変わらないからね」

 そう言って一頻りカタカタと打ち込む。

 すると画面いっぱいに文字がぐわっ! と出てきた。

 ぐわっ! 夏休みの宿題の量を数えた時と同じ眩暈が!! ぐわっ!

「解析の結果、君達が数え上げた数より凡そ五百件程多かった」

「五百!?」

「最初の十八日間でね。解析依頼のあった最終日

 何か含みのある言い方。

 ひょっとしてひょっとするとって感じだな、これは。

「その五百件ってどういうものだ?」

「うーん、そうだねぇ。まず、『通り魔』事件は二種類にタイプ別されるっていうのはそっちが突き止めたでしょ?」

「えっと、最初の二日が這ってるのを見たってやつで、その後が直接襲ってきたっていうの?」

 俺が口を挟むと大輝さんはパッと嬉しそうな笑顔をこちらに向けた。

「おおっ! もうそこまで知っているか! ――」

 そこで笑顔がぴたりと止まる。

「……そう言えば僕達の自己紹介で盛り上がっちゃって君の名前を聞いてなかったね」

「山草和樹です」

「覚えたぞ、和樹君だね」

 そしてインプットするように和樹君、和樹君と何度も繰り返した。

 人生楽しそう。

「さ、話を戻すけど、その二タイプとは和樹君が言ってくれた通りの『不干渉型』と『干渉型』、この二つだ。今回報告されていなかった五百件分は『不干渉型』に純粋に気が付かなかったか、及び報告が為されなかった『干渉型』だ」

「何故報告をしなかったんでしょうか」

 マツシロさんが聞いてくる。

「そうだねぇ……これは想像になっちゃうけど、『こんな怪奇現象、周りに相談したって信じてもらえない』と泣き寝入りしてしまったか」

「ああー」

「もしくは目の前の怪奇より科学を盲信する人とか」

「ああー」

 なるほど、確かにそれはありそう。

「そんな……優しい優しい怪異課一同が相談に乗ってあげるというのに」

 ――訂正。多分この「怪異課」が怖くて相談できなかった人も多かったと思う。

「でも」

 早速ふざけ始めたフウさんを大輝さんが真剣な様子で遮る。


「それでも十九日目はそういった報告が無かった事件は一つもない」


 その場が水を打ったように静まり返る。

「逆から言えば十九日目はどんなに探しても一件しか通り魔は観測されなかった。そしてそれは陰の数も襲い方もそれまでとはレベルが違う」

「……」

「更に言わせてもらうと『不干渉型』と『干渉型』の間にはその行動以外にもう一つ明らかな違いがある」

「え」

 何か嫌な予感がした。

「……!」

「しかも本人に直接触れるなど、その干渉の度合いが高い被害者にも特徴がある事が解析の結果分かってきた」

 ……、……。

 無意識にトッカの手を取る。

 握り返してくれた。

「茶髪、中高生、細身、以上の三点だ。この内一つでも当て嵌まれば干渉の度合いが高まりやすい事が統計から見て取れる」

 自分と照らし合わせてみる。

 ふわっとした癖毛の茶髪。

 中学一年生。

 頼りないひょろっこい胴。


「即ち、


 細い目を開いてエメラルドグリーンの瞳でこちらを見た。

「……!」

「危ない!」

 ガタっとくずおれる。それを大輝さんが支えてくれた。

 呼吸が早くなり、冷や汗をかいてがたがた震える体を優しく優しく抱きしめてくれた。

 背中を行ったり来たりする大きな手と、温かな体温だけが救い。

 あったかい。あったかいなぁ。

 あったかいよ。

「和樹、大丈夫か?」

「トッカ、ありがとう」

「心配しなくても良いからな。俺が傍にいる」

「うん」

 手を握ってくれた。

「……主犯は。主犯はどうだ」

 フウさんが静かに言う。

「主犯は君達が睨んだ通りだ。その通り魔事件の傍には必ず『その男』が居たよ」

 耳元で聞こえた声が指す「その男」。――間違いなく「奴」だろう。

「耳は?」

「ん?」

 突然問うた俺の顔を大輝さんが覗き込む。

「その男、耳飾り付けてませんか?」

「確認しよう」

 俺の背中をさすり続けながら右手でタッチパッドをくるくるいじる。

 すると無数の「奴」の姿がピックアップされた。

「これを高画質化して――ア」

「どうしたんですか?」

 大輝さんが幾つかの画像を抽出してから画面をこちらに向ける。

「見てごらん」

 言われるがまま画像を見ると、前傾姿勢になっている奴の耳元で四角い耳飾りがちらりと太陽光に反射して光っていた。

 また別の、その姿を結構近くで撮る事が出来た画像からはその耳飾りが水色である事も分かった。

「これって!」

「黒耀の言ってた通りだな……」

 トッカが息を呑む。

「全部が全部そうかはちょっと確認できないけど、それでもこれだけの数がある」

「だから何なんだ?」

 サイジョウさんが聞いてくる。

「今日も通り魔に遭ったんですけど、その時に主犯が『奴』の姿を偽って使っていた可能性がある事が分かったんです。それを見分けるヒントがこの『水色の耳飾り』」

「偶たまそいつも同じ耳飾りをしていたかもしれないってのは?」

「いや、どうでしょう。それもあるかもしれませんが、話を聞く限りだと直接その正体を彼自身が確認してきたみたいだったので」

「難解だな」

 サイジョウさんが頭をかく。

「そうすると二つの可能性が出て来るね」

「『奴』と『分身』の共謀か」

「その『分身』一体だけの謀略か」

「一応はそうなるかな」

 大分可能性が絞られてきた。

 ――それでもまだ「奴」の可能性は残ったままなのか。

「さてさて、解析の結果は以上だけど……これからどうするんだい?」

 大分気分が落ち着いて俺がソファに戻ったのと同時に大輝さんが全体をぐるりと見まわして聞く。

「取り敢えずはその『分身』に話を聞いてみないと話が始まらないだろう」

「だよねぇ」

「でもどこにいるんでしょうか」

「それこそ『記憶の宝石館』じゃねぇの?」

「だったらもうその子たちが言ってるでしょう、そこから来たんですから」

「あ、そっか」

「それじゃあさ――」


 そこまで色々言い合った時だった。


「よお、遅くなった」


「あ、怜さん! 遅、い……」

 その場の空気がピシッと凍り付く。

 彼の傍にが居たからだ。

「黒耀がやっぱ付いてくっつったからさ、連れて来たんだ」

「え、あ、その……」

「何だ? 皆して変な顔してやがる」

 言うべきか、言わぬべきか。

 少年はこちらを光の無い目でじっと見つめている。

「取り敢えずお邪魔するぜ」

 彼の肩を抱きながら怜さんがとことこ入って来る。

 それをじっと大輝さんは細い目の奥から見つめていた。

 そしてふと笑んで、ぽつりと口に出す。


「おやおや、大波乱の予感だね」


「何が?」

「いや、何というか……ふふ」

 そのままふふふと笑い出した。

「何々。気になる笑いは止めろよ」

 それにおどけた様子で怜さんが返す。――知り合い?

「いやいや、ちょっとおかしな事が起きているというか、一気に繋がったというか何というか。それでさ、ふふ」

「んん? 何だよ、はっきりさせろよ」

「言っても良いのかい?」

「勿論だよ、逆に何がいけないんだ? 気になるだろ」

「そうだねぇ、うーん、まあ、何というか……偽物ばっかりだなって思ってさ」

「は……?」

 偽物、


「ね、君達一体誰なんだい? 本当の名前が知りたいな」


 再度見開いたエメラルドグリーンの瞳が二人を意地悪い笑みできつく見つめる。


「特にそっちの情報屋。


「……」


「名前を言い給え」


 怜さんの顔から、笑顔が消えた。


(つづく)

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