拾――露見、ナナシ

「ハ? な、何言ってんだよ、お前。何の根拠も無いのに」


 怜さんが戸惑ったように言う。

「ふふ、本当に何も無いと思う?」

「無いだろ。だって、ついさっき会ったばっかだぜ? 俺達。それがいきなり偽物とか言われちゃったら困るんだが」

「おやおや、僕達は顧客と提供者の関係じゃないか。だから君が偽物だって言ってるんだけど」

「そうじゃなくてさ。仮に俺が怜の偽物だとして、それをこう、今日今まで会っていなかった人に対して言うのかって事さ」

「要はどうして何も証拠が無いのに今日、入れ替わったって分かったのか――そう言いたい?」

「そう、そう言いたい。――いや、俺が偽物だって言ってるわけじゃないけど」

「ふーん」

 対する大輝さんはかっ開いたエメラルドグリーンの瞳をそのままに、油断も隙も無いその姿勢を崩さずにいる。

 さっき空気をなでなでしていたあの姿とは大きな違いだ。思わずごくりと喉を鳴らした。

「完璧に違う点として、二つ。一つ、瞳の色。一つ、その懐の中身」

「はん?」

「第一に、本物の怜君は瞳が僕と同じエメラルドグリーンだ。対して君の瞳はまるで猛禽類のそれだね。その違いとは一体何なんだろうか」

「……」

「第二。君、持っているのは『デザートイーグル』じゃないかい?」

 その言葉に怜さんがおおっとでも言っているような顔をしながら俺らが襲われた時に持っていたあの銀色の大きな拳銃を取り出した。

「出してもないのによく分かったじゃないか」

「こちらに近付いている時に見えたんだ……」

「あんたもガンマニアかい?」

「まあ、そんな所かな」

「俺も。マグナム、良いよな」

 顔をほころばせて言う怜さん。

 しかし大輝さんは睨みの表情を全く崩さなかった。

「でも不思議。君、いつから自動式拳銃オートマチックを使うようになったんだい?」

「……? どういう事だ?」

「君、回転式拳銃リボルバー専門だったじゃないか」

「そんなの、気分だろ」

「いや、君は確かにリボルバー使いだった」

「……」

「若しかしてだけど、君、怜君がマグナムマグナム言ってたのを聞いて適当にそれ選んだんじゃないか?」

「……」

「デザートイーグル――砂漠の鷲。君の『鷲の瞳』に何か関係がある?」

「……」

 リボルバー? オートマチック?

「トッカ、その二つにはどんな違いがあるの?」

「んー、俺も滅茶苦茶詳しい訳では無いけどさ……簡単に違いを言い表すならば、そうだなぁ。弾の込め方には二つあるだろ? レンコンみたいな部分に弾を一つずつ込めるのと、持ち手の下からジャキって板みたいなの入れるのと」

「あー、何かあった気がする」

「レンコンみたいなのに弾を入れるのがリボルバー、西部劇とかでガンマン達が使ってるやつ。で、持ち手の下からジャキって板みたいなの入れるのがオートマチック。今のアメリカの警察が持ってるやつ」

「おーおーおー……」

「分かったか?」

「何となく」

 また調べよう。

「……それらが仮に全部正しいとしよう」

 長らく沈黙を貫いていた怜さんが唐突に口を開く。

「それを決定づける物は今ここにあるのか」

「真逆。偽物が現れるなんて聞いてなかったから、用意なんてしてるわけないじゃないか」

「大した口先だな。それじゃ根拠とは言えねえぞ」

「でも君が偽物である限りはどこかに矛盾が現れるはずだ。こんなのに拘らなくとも君が本物でないことは直ぐに明らかになる」

「ほぉ? 何も知らない癖に大した自信じゃねぇか」

「自信? 自信どころか確信しか無いよ。君は偽物だ」

「分かった分かった。アンタの推理ごっこに付き合ってあげるよ」

 怜さんがおどけた様子で肩をすくめて見せる。

 しかしその瞳は獲物を睨むように、大輝さんから離さない。


「だが、言ったからには証明してみせろ。ガキンチョ」

「勿論。傲慢に満ちたその顔、泣かせて見せよう」


 ひ、火花が、ばちばちいってる。


 * * *


「さて、和樹君」

「ぇあっ、はい」

「彼と君とが出会ったのはいつ?」

「あっと……今日のお昼位? 朝起きて、二時間位話をして札を書いたりして――はい、お昼頃で間違いないと思います」

「どういう経緯で会ったの?」

「えっと、歩いていたら例の『通り魔』に遭遇して、その時に助けてもらったんです」

「ふむ。『通り魔』に遭って、助けてもらったと。そこの所詳しくお願いしても良いかな?」

「はい。えっと、まず陰に襲われたんですけど、その時は『はらい者』の札とトッカの術でなんとか撃退しました」

「――ん、トッカって?」

「河童の名前です」

 ここでぐるんとフウさんの方を見やる。

「かぱ吉じゃないじゃないか」

「今は関係ないだろ、その話」

 不服そうに顔を戻した。

「それで?」

「あ、ああ、そしたら『奴』が出て来て、その時に異空間に呑まれました」

「異空間?」

 眉間に皺が寄る。

「どういう事なんだい?」

「詳しくは分からないんですけど……でも、『奴』と出会った後、また陰に襲われて追い詰められそうになった所で怜さんと『あの子』のもう一方――黒耀って座敷童が助けに来てくれたんです」

「ふむ」

「それで逃げながら戦う内に異空間に取り込まれていたことが分かったって感じです」

「ほうほう、なるほど? じゃあ何でそのタイミングで取り込まれたって分かったんだい?」

「え? それは確か怜さんが言ってくれて――」

「……え?」

「話は最後まで聞いてやれよ」

 静まり返った部屋に小さな、しかし確かに力のある怜さんの言葉が響く。

 何だろう、会った時と雰囲気が、違う。

 怖い。

「聞くまでもない。もう矛盾だらけだ」

「……どこが」

「時系列で見てみれば明らかだ。まず和樹君が陰に襲われた。そして三つ編みの男が登場。そして再度陰に襲われた。ここでまず注目したいのは和樹君が『陰に襲われた』と言っている事」

「さっぱり分からん」

「よく考えて。と言っていない」

「……そうだな。だからそれが?」

「君は『奴』が和樹君と出会っていた事を

「でもそいつは何も指摘して来なかったじゃねえか」

「それは彼が前提としてその三つ編みの男に遭っていたからだろう? それを君が何故知っている」

「隣には黒幕を追っている座敷童が居た。話を聞いていてもおかしくはないだろ」

「ほう? ゆったり説明出来る程暇だったの?」

「危険な時だからこそ説明したりするだろ」

「それじゃあ聞くけど和樹君。彼とその座敷童が会った経緯って?」

「えっと……先生からお告げがあったって言って……それで車をジャックされたって」

「そうするとますますおかしいね。ジャックされた、なんて説明の仕方、まるで。もしそこで既に説明が済んでいるのならば君はその座敷童と一緒に今起きている怪異について簡単にでも説明をしたはずだ。その関係が成り立って初めて説明されたって状況が成り立つんだよ、分かる?」

「……」

「もう少し簡単に言い直そうか? 時系列順で説明してあげる。まず君は座敷童に車をジャックされる。そこで考えられる可能性は二つだ。即ち『説明をし、納得させてから運転手にさせる』可能性、それと『緊急事態だから説明は後、有無を言わさずその人を運転手にさせる』可能性。そうすると前者ならば君は、何が起こっているか分からない子ども達に説明をしてあげなくてはならないはずだ。何せんだし、協力者として被害者を落ち着ける為にやらなくてはいけない事は沢山あるはずだ」

「……」

「しかし話を聞く限り色々な点で曖昧な事が多かったみたいだね。それにジャックされたって言い方。君と座敷童のやり取りは明らかに『後者』だ」

「……分かんねえだろ、そんな事。それこそ推測の域を出ない」

「だがそれでもね。和樹君が奴と出会ったかどうかだけはどちらの可能性でも分からないんだよ」

「……!」

「ぬかったね。さ、もっと話を掘り下げていこうか。和樹君、異空間に呑まれた後は?」

「え、えっと……その後は陰達とめちゃめちゃに戦って……黒耀が何か凄い攻撃して」

「うんうん」

「そしたら陰が何か大波みたいな津波みたいなのになって迫ってきて、『奴』が現れて」

「ほうほう。二回目の登場はだったんだね」

「あ、はい」

 怜さんの眉がまたぴくりと動いた。

「続けて」

「はい。――で、それから逃げる為の方法として『霧』に飛び込む方法があるって怜さんが言ってくれて――ア!!」


 それは一瞬だった。


「サイジョウ! 押さえろ!」


 フウさんの叫びが俺の証言に重なったと思った瞬間サイジョウさんが跳躍して怜さんの懐に飛び込――んだ時にはそこに姿

 物凄い身体能力でサイジョウさんとマツシロさんの攻撃をかわし、俺の体を片手でぐいと持ち上げた――!


「ウワア!!」


 持ち上げられた直後、床に打ち付けた左足に激痛が走った。

 そのまま体が後退し、そのまま肩の周辺をきつく左腕で抱きすくめられる。

 直後、後頭部にさっきのデザートイーグルの銃口をぐいと押さえつけられた。


「動くな。こいつの頭が吹っ飛ぶぞ」


 その冷酷な声は車の中で見た格好いい怜さんじゃなかった。


 * * *


「あ、あああ……」

 震える声を抑えながら恐る恐る顔を上げてみるとすぐそこに大輝さんがいた。

 彼も手に拳銃を握っている。――形が違うからやっと分かったけど、彼が持っているのがリボルバーらしい。

 見ただけで何となく分かる。その二つで使い方は大きく変わるだろう。得意とするものとか特徴とかもあるだろう。

 だから大輝さんはそれを証拠にあげたのかもしれない――こんなのは俺の推測でしかないけれど。

 そんな大輝さんは銃口をぴたりと「怜さん」の額に押し当て、顔面にその怒りを込めていた。


「人質が居るんだぞ、下ろせよ」

「子どもを巻き込むな」


「大輝さん……!」

「喋るな」

「あうう」

 ちょっとでも動くと銃口から伝わる力がぐいと強くなるのを感じた。

 怖い、怖い、怖い、怖い!

「お前ら、犯人かもしれないって思うなら拘束位しておけよ。甘いんだよ」

 大輝さんが銃の後ろ側にある部分をガチャリと言わせた。

「撃つのか? お前が撃とうとすればこいつもオシャカだが」

「その前にお前を殺す」

「はぁん?」

 小馬鹿にしたような声。


「殺ってみろよ。そしたら俺もこいつ殺すから」


 ――沈黙。


 直後。


 空気が揺れた気がした。

 目だけで「怜さん」の背後を見るとそこに居たのはフウさんだ。――いつの間に。

 彼女は彼女で「怜さん」の首筋に指を二本当てている。

 何をしようとしているの?

「おいおい、ここいらの連中は馬鹿か? この子どもがよっぽど可愛くないのかね」

「そいつも言ったがな、子どもを巻き込むな」

「……」

「繰り返す。子どもを巻き込むな」


 緊迫した濃い空気が充満した。

 それから何分の時間がそこで経ったか分からない。


「はぁ、これだから子持ちはめんどくせぇんだよ。――二人もいやがって、母は強しってか? 阿保くせぇ」


 先に諦めたのは「怜さん」だった。

 左足を捻っているというのに俺の背中を大輝さんに向かって突き飛ばす。

「大輝さん!」

「おいで!」

 彼の懐に飛び込んだ瞬間、大輝さんは俺を抱きしめ、かばうように体を自分より後ろ側にやり、さっき準備していたであろう拳銃を「怜さん」に向けて発砲した。

 ドン! ドン!! ――計六発。

「うわあああ!!」

 思わず耳を塞ぐ。

 しかし「怜さん」に傷は一つも付いていなかった。

 いつの間に現れたが銃弾からその身を守っていたのだ。

「乱暴なこったな」

「殺すと言ったはずだ」

「物騒物騒! 傑作だね」

 そう言ってゲラゲラ笑う。

 一体何者?

「もう一度言う。名前を言い給え」

「妖怪の類とだけ言っておこう。ハハハ、流石は『千年を生きた機械人形』サン。その手腕、誠に恐れ入った」

「その名は捨てた」

「ほう? そりゃ失礼。俺とお前、似た者同士なんだな」

「煩い、君と一緒にはして欲しくない。――名前が言えないのなら目的を言い給え。君は何を企んでいる。子どもを巻き込んでまで何がしたい!」

「そうさえずるな。全部教えてやるよ」

 大輝さんの腕の中から見た「怜さん」の表情は本当に意地悪くて、その瞳はらんらんと光っていて。思わず大輝さんの胴をきつく抱き締めた。


「何百年か前の話だ。このボウズは元々一人だった」


 そう言いながら背後にいる黒耀の分身の少年を親指で指す。

「ボウズはある日、そちらさん方で話題になっている『奴』からとある呪いを受けた。強大なチカラを宿す代わりにその魂を少しずつ蝕まれていく、そんな呪いを」

 強大なチカラ。

 ふとルーフから放った凄まじい攻撃を思い返す。

 それが、真逆……。

「あの呪いが授けたチカラは絶大だ。何たって黒魔術の一歩手前、『青い魔術』。持ち主を輪廻から切り離し、半永久の命を与え、万物をも吹き飛ばす威力をその身に授ける。――しかし黒魔術の一歩手前という事はそういう事だ。いずれその命は『奴』の物となり、抜け殻になった身体はそれまでの仲間に牙をむく。それを少しでも制御しようとして誕生したのがこの分身だ」

 視線が一気に彼へと注がれる。

 彼はうつむいたまま何も言わない。

「しかし、制御するとはどういう事か、分かるな? それ即ち奴の支配からいくらかでも逃れるという事――そう! アイツはこのボウズに呪いの負の部分を全て押し付けやがったのさ! ナァ? ナナシ?」

 そう言って「ナナシ」と呼ばれた少年の方を向く。そしてそのまま彼の元へと歩み寄った。

 一瞬肩を震わせながらも、彼はそのまま下をじっと見つめ続けた。

 その震えた肩を背後から「怜さん」が優しく撫でるように抱き、その口元をそっと耳に寄せた。

 一つ一つの妖しい挙動に腹の底が冷えた。

「だから俺はこいつの為に知恵を貸してやっているのさ」

「知恵、だって?」

 大輝さんがぽつと言う。

「そうともさ、機械人形。こいつは哀れ、哀れなんだ。奴の負の側面を全て担い、呪いも担い、更には偽物扱い、『役立たず』、『もういらない』、『早く潰す』とまで言われた。嗚呼、本当に哀れだ。俺は心を痛めた! ――マジだぜ?」

 わざとらしい演技が鼻につく。

 煽っているんだ。

「だったらどうすれば良いと思う? 死しか待っていない、誰からも求められない負のチカラばかり押し付けられた、この哀れな少年が生き残る方法なんて一つしか無いんだよ」

「……」


「簡単だ、もう一人を『奴』に売ってしまえば良い」


「……!」

 一同の驚愕の息が一斉に響いた。

 こいつ……!

「こいつらは二人で一つの魂で動いていやがる。いわばお互いが己自身。ならばもう一方を売ってしまえば自動的に『奴』の支配から完全に逃れられるという事だ。分かるか? 意外と簡単だろう?」

 そう言って興奮したように舌なめずり。

 それに誰も何も言う事が出来なかった。――ただ、胸の奥でふつふつと何かが沸いているような感じばかりが。

「このボウズは『負』を押し付けられた代わりに『奴』とその距離が大分近くなっている。一方であっちのボウズ、で大分攻撃をしちまったみたいでな?」

「……何が言いたい」

「あの呪いは黒魔術の一歩手前と言っただろう? その特質上攻撃をすれば『奴』による魂の侵食が早まる。アイツはあの一件でかなり弱体化した。後はその背中をちょいと押すだけだぜ、ナ、ナ、シ君?」

 そう言ってクククとおかしそうに笑った。


 要はこういう事だ。

 黒耀がこれまでの事件を経て殺されかけているという事だ――!


「さあ! 決めな? ナナシ! 最後の選択だ」

 瞬間ぐるりとナナシの体の向きを無理矢理変えさせて、「怜さん」は迫った。

「お前にはあっちの幸せなボウズから頂いた『時間を止めるチカラ』がある。皮肉にもアイツが罪から目を逸らすようにお前に与えたチカラだ。――もし本当の幸せを勝ち取りたいなら今使え、さあ使え!」

「――サイジョウ、マツシロ、止めろ!」

「さあ決めろよ!! 真の本物はお前だろ!!」


 二人の女性が一直線に飛んで行ったが……。


 その一瞬間後には姿無かった。


「……!!」


 やるせないような焦るような何か空気がその場を支配する。

 それがあまりにもおかしいのか何なのか「怜さん」は凄くご機嫌だ。

「アハハハハ!! 行っちまったみたいだな!! ざーんねんでしたー!! ギャハハハハ!!」

 瞬間フウさんが「怜さん」に掴みかかり、その胸倉を掴んだ。

 拳がその左頬を思い切り殴る。

 人間とは違う「青い血」が流れた。

「悪鬼めが……!」

 憤懣やるかたなき声が肩で息をしながら、「怜さん」を殴りつける。

 それに対してそいつはとても冷静だった。

「やめときな、神さん。もうここまで来ればその『運命』は今更違えない」

「……」

「あの二人はいわば一心同体だ。人を呪わば穴二つ。あいつらはこれから共に相滅する。しかし復讐の気に駆られたアイツは気付かないんだ、笑えるよな」

「ふざッけんなよ!!」

 また殴り掛かったフウさんの拳を今度は寸での所で止めた。

「ふざけんな? 上等だ。目の前の少年も守れなかった癖に」

「……!」

「少年。良い事教えてあげようか? ――俺はなァ、『はらい者』が大ッ嫌いなんだよ。綺麗ごとで飾り立てた正義のミカタって奴。胸糞悪い」

「……」

「だから全部消してやる。お前の存在意義から何から全部全部」

 ちろりとこちらを見た青い鼻血を垂れ流した彼はそれでも笑っていた。


 笑っていた。

 笑っていたのだ。


 人が今から自分のせいで確定的に二人死ぬその状況で。


 笑っていたのだ。


 それに何かがぷつんと切れた気がした。


「――トッカ!」

「え、あ!? な、何だ!?」

「札! 家から急ぎで取ってきて!! 出来れば沢山!!」

「え!? あ!? わ、分かった!!」

「急いで!!」

 トッカが慌てて出て行った。

 川でもなんでも使って彼なら出来るだけ早く行ってくれるはずだ。

 俺達は――!

「フウさん、俺を黒耀達の所まで連れてって! 早く!!」

 足を引きずってフウさんに縋りつく。

 それを「怜さん」がなおも嘲笑してきた。

「ハァ? 抗おうってか? 無駄だ、諦めろ」

「諦めない」

「無駄だ!」

「諦めない!!」

 見下したような目でじっと見つめつつ、そいつはふと黙った。

「最後までやってみなくちゃ分からないじゃないか!! 俺のこと助けてくれたのに!! ここで見捨てたくない!!」

「助けたとはいえ長い人生の中で換算すれば一瞬の事だ。裏を返せばあんな最悪な奴、助けた所で何になる」

「最悪だなんて誰が決めるんだよ!!」

 びりびりと空気が震える。

 一瞬、目を見開いた。

「夢丸は言ってたぞ! 『皆そう生きるように生まれてきたのに何で社会が勝手に決めたルールに従わなくちゃいけないの』って!! そんなのきゅうくつだって!! 他人の勝手な価値観でその人縛って良い気になったって、何にもならないだろ!!」

「……」

「アイツらが最悪かどうかは付き合ってみてから決めるから!!」


「第一印象で全部全部決める社会なんかクソ食らえだ!!」


 肩で息をした。

 もう向かう場所は決まっている。


「行こう、フウさん! 俺を『記憶の宝石館』まで連れてって!!」


 誰かが助けを待っている!


(つづく)

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