第18話 立つための二対ー5

 その時ガインは死を確信した。恐怖を感じるよりも先に、次の間にはシモンのように細切れの肉へと変わっているだろうという冷静な想像が彼を支配していた。そう諦めさせるほどの圧倒的な実力がルウには備わっている。戦いにも剣術にも疎いガインでさえ説き伏せる迫力で言語の要らぬ説得力があった。

 不意に香ばしいかおりとした感触にガインは押しのけられ倒された。肉の想像がパンへと変わった。エプロン姿のティミイが『ホワン』で分厚いパンの壁をガインとルウの間に出現させていたのだ。

 シモンの外殻を容易く切断したルウであるから、文字通りパンをナイフで分けるようにそれを切り開いていく。しかし量が多かった。そして刃渡り以上には刃は届きえない。パンを増やし続けることでティミイはガインを自身の側に押し出して絶命から彼を救ったのだった。シモンが手に乗り応援している。

 とはいえ無傷でとはいかなかった。横たわるガインは腹に感じる熱さが徐々に痛みに変わってくるのを実感し恐怖した。呼吸のたびに傷口が広がって血が流れ腹の中身が外へ突き出んとする感覚に吐き気を催し動くことができなかった。

 苦闘する二人をしり目に逃げ出さんとしていたカイサの足が止まった。このまま逃げ帰った場合の彼女の立場がどうなるかにはたと気づいたのだった。『ホワン・カオ』が『プラウ・ジャ』を前に戦いもせずに逃げ帰った信徒をどうみなすかと考えると明るい未来は待っていまい。

 思えばわざわざ二人のおおまかな居場所やルウの情報まで渡し伝令を申し付けてきたのはなぜか。そしてなぜルウはカイサと二人が遭遇したにたやすく仇を発見できたのか。見つけて驚く様子もなく一直線に迫ってきた。幸運に感謝している風でもない。

 という言葉が彼女の頭に浮かんでくる。『プラウ・ジャ』において中枢メンバーでこそないがその実力を一目も二目もおかれている古参のマスター。弟子を殺め引き込む計画は破綻している。しかしまだ諦めていなかったら? 弟子の仇を差し出すことで勧誘は無理としても積極的敵対を解除することに双方が合意にいたっていたら?

 もしや自分はその手引きのための囮として利用されたのではないだろうか。確かめる術はなく逃亡によってなされてた生存では未来がない。ならばどうするか。剣豪“立ち上がるための二対”を打ち破る他なかった。

 人格も信徒としても彼女はさほど『ホワン・カオ』に評価されていない。マスターでさえ口には出さないもののこれ以上の伸び代はなかろうと近々独立を認める予定だった。それだけの価値、カイサにもわかっている。だからこそ囮としてのを押し付けられたという疑念に説得力を持った。

 しかし彼女はその結論に従うを良しとはしなかった。他者から見ての見苦しさは彼女が誇りとする数少ない点である。


 

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