第17話 立つための二対ー4
そんな思惑はつゆしらずティミイは興奮してガインの手を握り込む。
「さすがです! カイサ! 見てなさい! あたしの弟子があの”立つための二対”を―」
「なんか黒い奴がきてるよお」
間食に精を出していたシモンが三人へ知らせた。6つの瞳が追った草原の先に黒装束の男の姿があった。森から出て来たばかりで枝や葉やクモの糸を払いまっすぐに向かってきている。
カイサは息を呑む。それはまさしく『プラウ・ジャ』のマスター、”立つための二対”ルウ・ノミステクであったからだ。横わけの短い黒髪と豊かな口ひげ。厳めしく苦み走った顔をした壮年の大男はティミイの元へ送られる前に魅せられた資料そのものだった。なによりも異名の通りに彼には両腕が無く芯なき袖は風にあおられるまま流れていた。ルウは立ち止まると大声で呼びかけてきた。渋く低くも聞き取りやすい美声であった。
「弟子が世話になったな同胞」
答えに詰まってガインはまごついて代わりにティミイが応じた。
「”立つための二対”に会えて光栄です‼ でもあなたはこの『ホワン・カオ』のマスター、ティミ・カッカドルクの弟子の前に膝を屈するしかないのです!」
「そうかい」
返しがにこやかな笑みであったことがガインとカイサを不安にさせた。得体のしれない迫力がかもしだされ数の上では有利であっても予断を許さなかった。ティミイにはわかっておらず勝利を疑っていなかったが。
不意にシモンがルウへと飛び掛かった。カイサとティミイはおろかガインすら虚を突かれて何の反応もできなかった。虫で満足しなかった彼はルウを馳走を見定め地中を進んでいったのだった。ガインに禁じられている人間の食糧であるが敵対者であるし襲ってしまいさせすればこちらのものと踏んだ。それに人の味には並々ならぬ興味がある。
ルウは弟子たるムアシェを含めた『プラウ・ジャ』信徒らと同じように自らの胸に手を重ねてゆっくりと天へ掌を向けたまま肩幅に広げた。衣と同じ漆黒の輝きを契機に筋骨隆々の上裸体をあらわにし、なかったはずの両腕には黒く光るたくましいそれが現れている。握られている武器は細く浅く曲がった銀色に光る刃で、異国の地で刀と呼ばれる代物だった。カイサだけがその正体におおよそのあたりをつけていたと同時に不吉な予感に全身を支配されつつあった。
ルウが刀を軽く一振りした。そうとしか3人にもシモンの眼にも映らなかった。その一振りの内実が無数の斬撃であると理解するためにはシモンが襲い掛からんと宙に浮いたまま数十へと分割され散らばってからさらに数刻を待たねばならなかかった。鋼鉄にも等しい外殻が葉のように散る。どうにか生き延びた本体が跳ねながらティミイの腕へと飛びついた。
「す、すごい強いよお⁉」
「当たり前だろ」
こわばっているものの冷静さを保っているように聞こえたカイサの言により詳細な意見を求めようとしたガインの目の前にルウの顔が現れた。突然のことに反応できない彼にルウは何とも言えぬ表情のままで刀を走らせた。
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