第8話 出会いの是非ー5

 青年は老人を無視してパンへと語り掛けた。目標は無論内部にいるだろうティミイである。

「『ホワン・カオ』の者、もしも誇りが未だにあるのなら僕と決闘すべきだ。それとも誇りも失せたか?」

 挑発の響きだった。しばらくしてティミイはパンの一部を広げて侮辱を受けた赤い顔で姿を現し棍棒を彼へと突き出した。

「『ホワン・カオ』ので……マスター、ティミイ・カッカドルクです!」

「『プラウ・ジャ』の弟子ムアシェ・ヴェルトキンデだ。決闘の故は?」

「聞くに及ばずです!」

 『プラウ・ジャ』の青年は自らの胸に手を重ねてゆっくりと天へ掌を向けたまま肩幅に広げた。黒衣が漆黒の輝きと共に変化を迎える。王冠と宝石をちりばめたローブと豪奢な杖を持ったムアシェが現れた。それがであることは一目瞭然。だが明らかに誇張された演劇の中の姿のようであった。演劇は彼で終幕を迎えなかった。男たちのたたずまいも一様に変化を迎える。彼と同じく誇張された臣下の衣服とかつらが現れ、スリングショットもより巨大で装飾をほどこされ武器らしく打ち直された。

 どよめく男たちをムアシェが一喝する。

「『プラウ』の“王様万歳”の一部となれ‼ 『ホワン・カオ』のティミイ・カッカドルクを打ち滅ぼすんだ‼」

「その王様、あっしらは見合いのものをいただけるんで?」

「もちろんさ、正当な報酬を約束しよう」

 彼が杖を鳴らすと男たちの頭上から金貨が注がれてた。熱気に満ちた叫びと共に、男たちは金貨を各々しまい込み豪華スリングショットでティミイを狙うのだった。彼女ののようにムアシェはとしての力を得ている。

「王様万歳!」

「よしよし!」

 ムアシェの掛け声を契機に一斉射撃がティミイへ注がれた。ティミイは巨大なパンを新たに生み出し石の雨を防がんとしたが、先ほどは飛来物を受け止められた生地は新素材を拒絶して包み込むをよしとしなかった。小麦の壁はもはや無力である。はより大きな力を男たちとその武器へ賦与しているのだ。

「王様万歳!」

「二撃目‼」

 パンがさらに生み出される。壁としてでなくムアシェと男たちごと埋め尽くさんとする勢いだった。なんであれ巨大で重量があれば脅威となる。どれだけ頑丈な鎧を着こんでいても己に倍する巨岩を前にしては潰される昆虫になるしかない。

「王様万歳!」

「後退せよ!」

 対するは熟練の兵たちが見せるがごとき陣形演習であった。男たちはムアシェに指示されるままに移動しパンから逃れて撃ち込みを続けた。王と臣下の演目は手を変え品を変えティミイを攻める。彼女も負けじとパンを操り潰し埋め激突させんとしたがいずれも成功しない。技量で完全にムアシェに敗北してしまっているのだ。男たちを一人も手に掛けられずにひたすら攻撃を受け続ける。圧倒的な戦況に男たちは興奮しきっていた。演目の役になりきっていると言ってもいい。

「王様万歳!」

「僕に勝利を!」

 戦いは早くも最終局面を迎えようとしていた。ムアシェが杖を振るって前線に立ちパンを打ちすえた。容易くというのはパンの強度を考えれば当然のことながらムアシェの一撃は強烈であった。一点を打撃と狙撃が集中して小麦の鎧は着実に掘り崩されていく。ティミイの反撃も防御もムアシェに見切られて不発に終わってしまった。

 

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