第7話 出会いの是非-4

 男たちが恐怖も露わにスリングショットを構えて一斉に引いた。ガインは小屋へと飛び込んだが壁も屋根も容易に貫通されて風通しと日当たりが良すぎる環境へと変わってしまった。子供の遊びに用いられるものではない。大型の獣は無理でも鳥を簡単に落とす威力の本格的な武器である。石を弾とできることから戦にも用いれて集団で幕を張れば脅威となる。それでも被弾しなかったことは幸運としか言いようがない。

 小屋が役に立たないと判断してガインは外へ飛び出し囲いを突破して森へ逃れんとした。赤いあざを持つ自分ならば接近された相手は距離を取ろうとするはず。だが外へ出たとたんに巨大な物体に出くわして度肝を抜かれた。小屋を越える大きさでが鎮座していたのだ。焼きたてのその香りと柔らかなに母を思い出すとともにひどく空腹であったことに気づかされる。発端はティミイが干し魚を盗もうとした場面だったと連想する。

 それも一瞬、唖然としていられる時間は短い。スリングショットのひもが音を聞いてガインは咄嗟に頭を守り首を縮め走り出した。新たに石が2発背中にめり込んだ。しかし致命傷にはなり得ず機動力の要の足も無傷にすんでいる。がむしゃらに走り続けた。

 包囲していた一団は突進してくるガインを迎え撃つよりも恐れて退避を優先した。心を抉られたがおかげで青年は追撃を避けて森の中へと逃げ込むことができた。一帯の地形は目をつぶっていても自由に行き来できるほど把握している。男たちの消極的追跡も手伝って彼は見つからぬまま推移を見守れる位置へと辿り着き肩と背中の石をかきだす猶予を得られた。激痛を伴うそれだったがとげが抜けた時のような快感を同時に得る。半身を血にぬらした石を投げ捨ててようやく一息ついた。

 後はこのまま潜伏するために水や食糧を蓄えてあった隠れ家へゆくのみであった。にもかかわらずガインはその場に留まり続けた。なにゆえか? パンの香りが母とティミイを彼の中の結び付けてしまっていたのだ。

 男たちはパンへ石を浴びせた。いずれも深くめり込みはすれ中にいるだろう少女に届いたかは不明瞭である。めり込んだ石らが木の実を混ぜたのようにパンを変えたところで、彼らは徒労感に支配されて互いにこれ以上の攻撃をためらわせた。若い一人がパンをむしろうとして年長に止められていた。

 そこへの乱入者を最初に見つけたのはガインであった。黒装束をまとった青年が囲いの外から現れてパンへと進んでいった。美男子といって良い容貌で日に焼けた男たちとの対比が際立っている。同時に尊大な冷厳さを隠し切れないのは、屈強な肉体もさることながら男たちのへりくだり伺いを立てるかのような態度であった。尊敬からでなく恐れと媚びによるそれは醜悪に映る。

「あっしらはお国に言われた通りにしたんでさ。さっきの奴は生き残りなんかじゃねえ。きちっと焼きましただ」

「そんなことはどうでもいい」

 老人と青年の会話がかろうじて聞き取れる。治癒に向かっていた石がめり込んだ傷が熱くなり血が皮膚を大地に向かって垂れていく感触をガインは味わっていた。は異なる。だがこの集団こそが村を焼いたなのだ。熱と震えそして目が潤んで止まらない。怒り悲しみ恐怖全てが津波のように押し寄せて巨大な渦をガインの中に生み出していた。

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