第9話 出会いの是非ー6

 そしてとうとう猛撃によりが露になった。ティミイは焦り、ムアシェから逃れんと背後のパンの壁を消し当然のように男たちの狙撃の餌食となった。足に石がめり込んで動くことができずエプロンも消失し元の白装束へと姿が戻ってしまった。パンは姿でないと維持ができないのか霧散しそれ以上パンを生み出せないようであった。

 男たちが歓声をあげるなかでムアシェは静かにティミイへと歩み寄っていった。慈悲のこもった瞳ではないがことさらに侮蔑を含んでもいなかった。

「子供といっても『ホワン・カオ』のマスター……こうなっても恨まないでよ」

「子供じゃないです……もう29なんですけど!」

 ムアシェはどう返したらいいかわからず年齢については聞かなかった振りをして、杖を振って壺を宙に出すと中身を倒れた彼女へかけた。どろりとした感触と香り彼が杖へ灯した火でティミイはこれが油であると理解しおののく。焼き殺そうというのだ。

 『プラウ・ジャ』の青年がこの残酷な処刑を選んだことに特に意味はない。すでに何人もの『ホワン・カオ』をこの方法で殺害していた。炎は浄化の意味も持っている。自分本位な考えであったが道をたがえたへの手向けとの思いがある。それまで師にも仲間にも非難を浴びたことはない。

 だが男たちは当然忌まわしい過去を思い出してみるみる消沈した。をムアシェが暗に非難しているようにも受け取れ統制が瓦解し烏合の衆へとなり下がった。そして最も重要なことはもう一人の青年に激しい感情を思い起こさせたことだった。運命を決定づけるのは強い意志ばかりでない。それを受け取る側の劇的反応が作用することもある。

「だあああああああああ!」

 ガインが二人の間に割って入りムアシェを威嚇した。処刑方法とそれによる男たちの乱れが彼の横やりを実現させた。

「このあざを見ろ! うつるぞ!」

 頬の赤いあざを指さしながらガインは叫んだ。真っ先に男たちが悲鳴をあげて散会し、遅れてムアシェ自身も青年に刻まれたそれが意味することを理解して蒼白になり大きく後退した。彼らの動きと確認したティミイさえ恐れる様に心を裂きそうになりながらガインは彼女を助け出さんと抱き起そうとした。

「い、いやああああ!」

 差し出した手を激しくティミイが拒絶する。少年の脳裏で彼女と重なっていた母の姿が自身へと融合した。母へ自分は何と冷酷であったのだろう。それでも救出をあきらめなかったのは、肉親にそれを受けた母に比べれば自分は何と楽なものかと戒めが働いたためである。

「王様‼ 焼いてくだせえ! ”赤手の撫でつけ”だあ!」

「悪夢の生き残りだ‼」

「終わらせてくだせえ‼ 俺たちは命令を守っただ!」

「病は嫌だあああ!」

 男たちの口々の叫びが少年ガインを抉る。彼らにとって10年前の出来事は忌むべき記憶なのだ。村と人々、母が身を顧みず生き永らえさせた少年ガインの命は滅すべきものでしかない。罪悪感も後悔も響からは読み取れない。視界に入れてみれば恐怖と嫌悪があるのみだったろう。

「こんな……まさか! 僕が……くそ!」

 ムアシェは動転していた。男たちの叫びはまるで入ってこない。よりによってに感染してしまったかもしれない。そうなれば『プラウ・ジャ』で築いた地位が全て崩れ落ちる。世界を覆った赤い疫病神がまさかこの片田舎に生き残っていたとは思いもよらなかった。小物を追ってきただけなのにこの悲劇はどうしたものか。自分の浅慮を呪いながらもあまりに理不尽だとも叫びたかった。

「よくも‼」

 すべてを怒りへと変えムアシェは最善と思われる行動をとった。『プラウ・ジャ』の新進気鋭の弟子のひとりとして、おぞましい病原と『ホワン・カオ』の幼くはなかった少女を消さんとした。杖の炎を二人へと走らせる。

 灼熱が二人を呑み込んだがそれでもなおティミイはガインから離れんとしていた。実のところ数日この地に潜伏し症状が出なかったことからティミイはガインは無害ではと判断しつつあった。しかしいざ接近すると本能的な恐怖に支配されてしまう。恥じる気持ちよりも拒絶がどうしても強まった。焼かれながら病を恐れる滑稽を忌みながらも逃れられない。

 怒りと悲しみが極まり身を焼く炎すら些細な痛みがガインに突き刺さっていた。病としかみなされない自身への悲しみ。そしてそうみなす周囲の者たちへの怒り。一体どうすれば良いのか。過去に戻り病を消せと言うのか。それとも炎の轟音に交じる男たちの歓声のように死することでしか価値を見出されないというのだろうか。

「くそおおおおおおおおお!」

 口をのどと肺を焼かれながらガインは叫んだ。魂をすべて吐き出さんとするかのごとき咆哮だった。

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