Side Story 〈Shizuru〉 episodeⅩ
12月31日、大晦日の日。
世間は年末で慌ただしい感じだけど、あたしにとっては特別な日ではない。
何かでかけたりとか、そういうことをする日ではないし。
でも、ちょっとだけ今日は朝から楽しみがあった。
昨日くもんに、お昼から一緒にスキル上げを誘われたから。
とはいえお昼まではまだ時間あるし、やることもないからログインするんだけど。
いつもの感じでPCを立ち上げ、LAにログイン。
まだ午前8時だというのに、うちのギルドは相変わらず人が多い。
中身がいるのが何人かは分かんないけど。
ちなみにうちのギルドは人が多いから、基本全体のギルドチャットで会話はしないルールがある。
ほとんどが個別に話すか、話したいメンバーでパーティを組んで話すかが基本。
幹部による指示伝達は、ルチアーノが運営する攻略サイトとは別のホームページ上で、って感じなのだ。
ほんとは挨拶とか基本だと思うんだけど、MAXが100人超えだから、しょうがないよね。
〈Ume〉>〈Jack〉『おはようございますー』
〈Jack〉>〈Ume〉『お、うめおはよーーーーw』
〈Ume〉>『Jack』『今日のご予定は?』
〈Jack〉>〈Ume〉『お昼からくもんとスキル上げ行くよーーーー』
〈Ume〉>〈Jack〉『ジャックさん樫の杖ですか?』
〈Jack〉>〈Ume〉『そだねーーーー、あとちょいだしーーーー』
〈Ume〉>〈Jack〉『私も短剣180なので、行ってもいいですか?』
〈Jack〉>〈Ume〉『お、いいよーーーー』
〈Ume〉>〈Jack〉『くもんさんは、今盾でしたっけ?』
〈Jack〉>〈Ume〉『そそ。あとはくもんのとことうちからまだキャップなってない子、一人ずつ出せばいい感じかなーーーー』
〈Ume〉>〈Jack〉『適当に声かけてみますね』
〈Jack〉>〈Ume〉『ありがとーーーー』
朝から個別メッセージで声をかけてくれたのは、ギルドのサポーター部門であたしの補佐をやってくれる、一番弟子とも言えるうめ。
女の子の金髪小人族で、色々ついてきてくれる可愛い子。
15,6人いるサポーターをメインでプレイするギルドメンバーたち全員のスキル値を把握してくれてたりして、ほんとに助かってるんだ。
ちなみにこの頃はまだキャラクターのスキルキャップが200で、武器補正で最大270まで上げれたんだったかなー。
その後適当にお昼まで時間をつぶすため、うめと二人で回復アイテムの材料となる素材取りなんかをしながら、あたしはくもんとの約束の時間までを過ごすのであった。
午前11時半。
〈Mobkun〉>〈Jack〉『おっす!』
〈Jack〉>〈Mobkun〉『あ、おはよーーーー』
〈Mobkun〉>〈Jack〉『ログだと饒舌だなw』
〈Jack〉>〈Mobkun〉『う、べ、べつにいいでしょーーー』
〈Mobkun〉>〈Jack〉『おい、ーが1個足りないぞw』
ログインしてきたもぶが、あたしに個別メッセージを送ってきた。
リアルで会ってしまった分、ちょっと話しづらいけど、なるべくいつも通りを意識してあたしはもぶにメッセージを返す。
〈Mobkun〉>〈Jack〉『これから一緒にスキル上げいこうぜ!』
〈Jack〉>〈Mobkun〉『あ、今日はくもんと行く約束してるんだーーーー。もううめがメンバー集めてくれたんだよーーーー』
〈Mobkun〉>〈Jack〉『いやいや、うちのメンバーもジャックに見て欲しいんだって』
〈Jack〉>〈Mobkun〉『いやーーーー、先にくもんと約束してるからーーーー』
〈Mobkun〉>〈Jack〉『それは今度でもいいだろ』
え、何?
普通約束は先にした方を優先するべきだよね?
あたしがもぶのメッセージに困っていると。
〈Mobkun〉>【Vinchitore】『おいサブ盾部門!今日はジャックが指導してくれてるってよ!』
嘘……!?
そのログに、あたしはモニター前で固まった。
ここまでは個別メッセージだったから別によかったけど、今もぶが発言したのはギルドチャットによる全体へのメッセージ。
あたしともぶのやり取りを見てない子からしたら、まるであたしがもぶとそういう話をしたみたいにしか見えないだろう。
こんなやり方、今まで誰もしてないのに。
〈Mobkun〉>【Vinchitore】『希望者は俺に連絡よろしく!』
もぶがそう言ったのだから、きっともぶが率いる格闘とか刀をメインで鍛えてるメンバーが、今もぶにメッセージを送って来てるだろう。
〈Ume〉>〈Jack〉『ジャックさんほんとですか!?』
そのログを見たうめが、すぐにあたしにメッセージを送ってくる。
〈Jack〉>〈Ume〉『ううん、俺は断ったんだけどーーーー』
どうしよう……。
そんなあたしが不安な気持ちになっていると。
〈Kumon〉>〈Jack〉『おはよう。なんかもぶが言ってるみたいだけど、どうしたの?』
そのログを見た瞬間、あたしは泣きそうになった。
でも。
〈Mobkun〉>【Vinchitore】『よし、締め切りだ!メンバー集まったぞジャック!』
最悪だ。
でも、もぶにメッセージを送ったメンバーは、純粋にスキル上げに行きたいメンバーだろうし……そのメンバーは、誰も悪くない。
〈Jack〉>〈Kumon〉『ごめん・・・断ったんだけど・・・』
〈Kumon〉>〈Jack〉『だよね。普通こんなのギルドチャットですることじゃないし』
〈Kumon〉>〈Jack〉『もぶには困ったもんだな・・・』
〈Jack〉>〈Kumon〉『どうしよう・・・』
〈Ume〉>〈Jack〉『ジャックさん、私が声かけたメンバーも、どういうことって言ってます』
〈Mobkun〉>【Vinchitore】『じゃあ参加メンバーは今から誘ってくぞ!』
〈Richard〉>【Vinchitore】『さっきからうるせえ!wそういうのは個別にやれw』
モニターに現れるログたちに、あたしは大混乱。
でも、断ろうにもギルドチャットで断りをいれたら、ログだけ見てるであろう大勢のメンバーがギルドの体制を不審に思うかもしれない。
ギルド全体に迷惑をかけるのは、避けたい……。
〈Kumon〉>〈Jack〉『行っておいで。俺は、また今度でいいからさ』
〈Jack〉>〈Kumon〉『え、でも』
〈Kumon〉>〈Jack〉『大丈夫。もう誰か誘ってたなら、俺がちょっと都合つかなくなったって言ってあげて』
〈Jack〉>〈Kumon〉『うう・・・ごめん・・・』
〈Kumon〉>〈Jack〉『大丈夫だから。ギルドメンバーの誰が強くなっても、ギルドにはマイナスはないからさ』
〈Jack〉>〈Kumon〉『ごめん・・・』
〈Kumon〉>〈Jack〉『大丈夫だって。じゃあ、
そう言ってくもんがログアウトしてしまう。
そしてあたしに、もぶからパーティの誘いが届く。
〈Jack〉>〈Ume〉『ごめんね。くもんが都合悪くなっちゃったみたい』
〈Ume〉>〈Jack〉『あ、そうなんですか・・・わかりました』
〈Jack〉>〈Ume〉『うん、ごめんね』
〈Ume〉>〈Jack〉『大晦日ですしね!私から言っておきます!』
泣く泣くうめにそう言って、あたしはもぶの誘いのパーティに入った。
そしてもぶに志願してきたメンバーと、スキル上げに出発。
くもんが言う通り、参加してきたメンバーに罪はないから、やるべきことはちゃんとやった。
でも、プレイ中ずっと気は晴れなかった。
ごめんねくもん、うめって思いながら、あたしはプレイするのだった。
昨日はいい気分だったのに、年越しは最悪な気分だった。
大晦日の間、結局くもんはログインしなかったし。
でも、年明けからも、あたしはなかなかくもんとパーティを組むことができなかった。
〈Mobkun〉>【Vinchitore】『今日もジャックの指導が受けれるぞ!』
〈Mobkun〉>【Vinchitore】『今日の希望者は誰だー?』
〈Mobkun〉>【Vinchitore】『強くなりたいやつは手上げろ!w』
年始からしばらく、ギルド内ではこんな調子が続いた。
くもんと予定を立てようとしても、もぶが現れるとこうなる始末。
あたしもくもんも、今までの慣例でギルドチャットに発言して言い合うなんてしたくなかったから、どうにもできなかった。
そしてこの件は、年明け最初の幹部会でも話題になった。
〈Yamachan〉『最近もぶマジうっさいんだけど』
〈Mobkun〉『ああ?自分とこのメンバー強くしたくて何が悪いんだよ?』
〈Cecil〉『うちの子たちもジャックと一緒にスキル上げしたいなー』
〈Mobkun〉『セシルの希望なら、俺に言ってくれれば、調整するぞ!』
〈Richard〉『つーか鍛えたいメンバー選抜して指導すんのが基本だろw募集すんなw』
〈Semimaru〉『そうじゃのお。立候補制はいかがなものかと思うの』
〈Yamachan〉『ちゃんとメンバー考えてんのかよ?』
〈Mobkun〉『うるせえな!俺のとこのメンバーを強くする方法を、俺が決めて何が悪いんだ!』
予想通りだったけど、もぶの振る舞いにみんな疑問を持ってくれていた。
この件についてあたしはどの立場で話せばいいかわかんないから、とりあえず黙っていることにする。
〈Luciano〉『落ち着け』
〈Luciano〉『結果的に強くなるのはいいが、聞けばジャックの方のメンバーは誰も誘ってないらしいじゃないか』
〈Luciano〉『どういうことだ?』
〈Mobkun〉『え、あ、いや、それは・・・』
〈Luciano〉『しかもあまりスキル値の調整をしていないと聞いたが』
〈Yamachan〉『全部お前がやりたいよーにやってんだろ、マジうざい』
〈Mobkun〉『ああ!?』
〈Cecil〉『はいはい、喧嘩しないのー』
〈Richard〉『バランスは大事だろ、バランスはw』
〈Kumon〉『幹部なら、責任を持つべきかと』
〈Mobkun〉『おい、俺が無責任だってのかよ!?』
〈Semimaru〉『オフ会で会って仲良くなったのかは知らんが、仲良しこよしだけでやられても困るのお』
〈Yamachan〉『そーそー。ジャックもジャックでしょ。断れよこいつの誘いなんか』
〈Jack〉『え、あ、ご、ごめんねーーーーなんか、輪を乱しちゃってーーーー』
〈Luciano〉『とにかくだ。もぶのやり方は今後禁止する』
〈Mobkun〉『おいるっさん!』
〈Luciano〉『追放されたくなかったら、従え』
〈Mobkun〉『ちっ、わかったよ』
すごく重たい空気のまま、もぶのやり方は禁止ということで幹部会の意見はまとまった。
この時は少しだけ一安心。
これでやっとくもんと遊べるなとか、ちょっと思ったんだけど。
そのあとももぶの振る舞いは直るどころか、正直、悪化するばかりだった。
〈Mobkun〉>〈Jack〉『おう!一緒にスキル上げいこう!』
〈Mobkun〉>〈Jack〉『装備取りたいメンバーがいるから、手伝ってくれよ!』
〈Mobkun〉>〈Jack〉『今何してんの?』
〈Mobkun〉>〈Jack〉『なあ、次のオフ会いつやる?あ、二人でやるか?w』
〈Mobkun〉>〈Jack〉『なあジャック!!』
スキル上げはもぶ以外とも行ったり、くもんともスキル上げに行けたりはできるようになったんだけど、あたしが何をしてても、もぶから頻繁にメッセージが送られてくるようになった。
ギルド全体の活動以外の時に、あたしがソロで何かしてても、そこにわざわざもぶのキャラクターを移動させてくるし。
でも、律儀にメッセージ返さないと何を言われるか分からない恐怖感。
正直、ギルドの幹部とか、そういう肩書がなかったら、あたしはもうログインするのも嫌になってた。
でも、ログインしないと、あたしの居場所はない。
この時ばかりは、リアルに居場所がないことのつらさを、痛感したな。
ログインしてもぶに耐えれば、そこにはくもんやフレンドがいることが、救いだった。
それでも時折襲ってくる辞めようかなという思いはあった。
そう思っては、でもやっぱり、を繰り返す。
そんな日々が、しばらく続いた。
そんな頃だった。
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以下
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補足
個別メッセージとギルドチャットを区別するために、ちょっと普段とは別に書き分けてみました。
なお【Vinchitore】幹部はそれぞれに自分の部門のメンバーを抱えていますが、全員がある程度の意識の高いプレイヤーの集まりなので、既にメイン武器がスキルキャップになっているメンバーもいます。
そのためもぶくんの部門のメンバーであれば、格闘か刀がスキルキャップでない場合は、その武器を鍛えさせたわけですが、他の武器を鍛えたいメンバーもいるので、そういったメンバーも募り、希望する武器を使わせてスキル上げに行っていたようです。
でもスキル帯もバラバラで、編成もしっかりはしていなかったようで、そこまで稼ぎがよくなかったことにルチアーノが怒ったという流れです。
色んな武器を使え、色んな武器の立ち回りを知ることでプレイヤースキルが伸びるともぶくんは考えているようですが、それらについてのアドバイスは基本的にジャックが行い、もぶくん自体は自分の上げたい武器スキルを上げていただけという状況です。
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