Side Story 〈Shizuru〉 episodeⅨ
時刻は22時過ぎ。
他のお店に移動することもなく、あたしたちはずっとしゃべり続けてた。
でも、ちらちらとくもんが時計を気にし出す。
「そろそろお店も閉まる時間だから、でよっか」
「なんだ? もうそんな時間かー?」
「なんだかんだ、ずっといちゃったね」
「明日は大晦日だしさ、お店お休みにするみたいだし、お会計して俺らも帰ろ」
「なんだよ、もう解散かー?」
あたしは合計3杯、同じヒューガルデンっていうのを頼んだ。
もぶは合計9杯、色んなお酒を飲んでた。そのせいか、酔っぱらってる感がすごい。
「なぁ、ジャック、もう1軒行こうぜ!」
「え、い、いや、ええと」
「だる絡みはやめなよ。帰り遅くなったら、家族が心配するかもしれないでしょ?」
「んだよ、優等生かよ、くもんは」
「う、うん。バスなくなっちゃうし、そろそろ帰ろうかな」
くもんが家族が心配するかもって言ってくれて、何も本当のことを話していないことに少し胸が痛む。
でも、バスがなくなるかもってのは嘘じゃない。歩いても25分くらいだから、歩けない距離でもないんだけど。
「じゃあまたオフ会やろうぜ!」
「そうだね、今度はみんなで会えるといいね」
「その時はセシルも来れるといいな!」
「そうだね、やまちゃんもきたら、喧嘩しちゃだめだよ?」
「俺は女には優しいから、大丈夫だろ!」
そう言って大声で笑うもぶ。
ほんと、くもんがいてくれてよかった。
あたしじゃ、もぶ相手にどう話していいか、全然わかんなかったし……。
「それじゃお会計しよ」
「おう、あ、ジャックは出さなくていいぞ!」
「え?」
「ここは男の俺たちが奢ってやろう!」
「え、いや、悪いよ」
「そうだね、企画してくれたジャックへの企画料ってことで」
「え、え?」
まさかのもぶの奢る宣言に、くもんも乗っかる。
企画料って、え、コーヒー代でもう終わってるんじゃ、っていうか、このお店はくもんが教えてくれたんだから、むしろあたしが企画料出すべきだよ……!
「ほい。残りよろしく」
「わ、いいの?」
「気にすんなって!」
そう言ったもぶが、諭吉さんをくもんに渡すのが見えた。
太っ腹な光景なんだろうけど、もぶ、ニートってことは、親のお金だよね……?
会計に割って入ってお金を払う隙を見いだせないあたしは、その光景を眺めるしかできなかった。
「じゃあ、今日はありがとね。またLAで会おうね」
「おう、明日もログインするからよろしく!」
「う、うん。楽しかったよ、ありがとね」
秋葉原駅の改札を抜け、日暮里に向かうというもぶと別れ、あたしとくもんは一緒に総武線のホームへと向かう。
ここからしばし、くもんと二人……!
あ、どうしよ、緊張してきた……!
「お疲れ様」
「あ、う、うん。ありがと」
「ほんと、もぶは見た目は違うけど、中身はもぶだったね」
「う、うん。でも、思ったより優しくて、安心した、かな」
「……そうだね。やまちゃんとのやり取り見てると、怖いくらいだもんね」
「うん……、あ、くもんは、駅どこなの?」
「俺? 俺は東船橋だよ」
「あ、そうなんだ。じゃあ、途中まで一緒だね」
「そうだね。帰りは、一人で平気? バスまだある?」
「え、あ、うん。大丈夫。そこまで、子どもじゃないし……」
「ああ、気を悪くしたならごめんね。でも、やっぱちょっと、心配になるというか……」
「べ、別に謝らなくていいよっ」
小さいことをいじられるのは、もう慣れてるし。
今でも夜コンビニとかに行くときに警察の人から補導されそうになることあるしね……。
そんな会話をしているうちに到着した総武線に乗り、二人並んで座席に座る。
何気なく隣通りに座ったけど、男の人と並んで電車乗るのなんて、父親と乗った時以来じゃないかな……!
「俺さ、ギルドの中でジャックのこと、一番尊敬してるんだ」
「え?」
「あ、ルチアーノさんは別格だよ? あの人が旗を振ってくれてるから、今の俺たちがあるんだし。でも、サポーターメインでやってるメンバーたちだけじゃなく、ジャックが面倒見てくれた他の武器使うメンバーたちも、すぐプレイヤースキルが上がるからさ。ギルド全体を引っ張るのがルチアーノさんなら、底上げを担ってるのはジャックだと思うんだよね」
「え、そ、そんなことないよ……!」
「うめなんて、たぶんジャックの次くらいに上手くなってんじゃないかな」
尊敬してる相手から、まさか尊敬されてるなんて。
くもんの言葉に、あたしはすごくテンパった。
もちろん誉め言葉だから嬉しいけど、あたしだって、くもんを称賛したいことはたくさんあるんだ。
あ、うめってのはあたしの一番弟子的な、【Vinchitore】のサポーターで、たまにあたしの代わりにルチアーノたちとコンテンツに行かせたりもしてる、有能株だよ。
「攻略分析の要は、くもんだし……あ、あたしもくもんのこと、幹部の中だと一番尊敬してるよ」
「え、あ、そうなんだ……ありがとね」
「う、ううん」
「じゃあ、これからもよろしくってことで」
「う、うん」
くもんと二人の会話は、心が落ち着くような時間だった。
気づけば緊張していた気持ちはほどけ、あたしも、いつぶりか分からない笑顔が、出来ていた気がする。
「じゃあ、帰り気を付けてね」
「うん。ありがと」
「一応、家着いたら連絡して?」
「え、あ、うん。わかった」
「ん、じゃあおやすみ」
「うん、おやすみ」
総武線が東船橋に到着し、くもんが電車を降りていく。
再び発車する電車を、それに乗るあたしを、くもんは見えなくなるまで見守ってくれていた。
……疲れた。
こんなに人と話したのは、いつぶりだろう?
でも、悪い疲れじゃない気がする。
というか、くもんが素敵すぎた。
優しくて、気配りができて、もぶ相手にもスマートに対応してくれてたし。
LAで一番尊敬するくもんは、リアルでも尊敬できる人だった。
もし、もっと近づけるなら、そんな欲望が、湧き上がってしまう。
でも、今日行ったお店には、女友達と行ったこともあるって言ってたし、それがもし彼女だとしたら、どうしよう。
……やだな。
あたしは決して可愛いわけではないし、コミュ障だし、魅力のある人間じゃないけど。
それでも、くもんが誰か知らない女の人と仲良く笑ってる想像は、したくなかった。
23時42分。
あたしはギリギリ日が変わる前に帰宅した。
誰もいない家は、やはりいつも通りで寂しい。
でも、もう慣れた。
いつか、くもんともっと仲良くなれた時には、言わないといけないんだろうな。
あたしに家族がいないこと。
実家暮らしだけど、あたしも一人暮らしだってこと。
フリーターじゃなく、もぶとおなじニートだってこと。
っと、そういえば帰宅したら連絡してって言われてたな。
Shizu>ハム文『ちゃんと帰宅したよ。今日はありがとう』23:43
誰かに連絡したのなんて、いつぶりだろう?
あたしのアプリでの会話の履歴は、本当にすかすか。
そこに記されたハム文という名が、くもんのアカウント名。
くもんと言えば公文が一番想像されるから、この名前を付けたっていってたけど、あの真面目なくもんが名づけた名前って考えたら、ちょっと可愛い。
ちなみにあたしはしずるだからShizu。
別に誰と連絡するわけでもないけど、親が呼んでいてくれていた、あたしの愛称だ。
ハム文>Shizu『おかえり、無事でなにより。こちらこそ今日はありがとね』23:45
1分ちょっとしたら返ってきた返信に、少し嬉しくなる。
業務的な連絡なのに、それだけのやり取りが嬉しい。
ハム文>Shizu『明日もログインする?』23:45
っと、あれもう1通。
Shizu>ハム文『うん、するよ!』23:45
ハム文>Shizu『じゃあ、明日お昼からスキル上げ行かない?』23:46
Shizu>ハム文『わかった!』23:46
ハム文>Shizu『ありがとう!じゃあ、おやすみ。ゆっくり休んでね』23:47
Shizu>ハム文『うん、ありがとう!くもんも、おやすみなさい』23:47
なんだろ、こんなやりとり、初めてで。
誰もいない家で、あたしいま一人でにやにやしてるかもしれない。
シャワーを浴びて、家着に着替え、幸せ気分のまま。
その日はログインもせず、ベッドにダイブするのだった。
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