Side Story 〈Shizuru〉 episodeⅧ

「こんばんは。もぶ、だよね?」

「え、おお! くもんか! って、お前なんで子ども連れ?」

「え、あ、は、はじめまして……ジャック、です」

「え? ジャック!? え、女!?」


 くもんの半歩後ろに立ったまま、あたしは名乗る。

 あたしが女って気づいたもぶくんは、すごい驚いた顔をしたあと、なんかちょっとニヤニヤ顔に変わった。


 あたしたちを店外で待っていたもぶは、一言で言えばでかかった。横に。

 ひょろっとしたくもんと違って、横に大きい。

 脂ぎった感じの顔であたしを見てくる目は、優しそうなくもんと違って、なんか人を値踏みするような、そんな目。


 履いてるズボンもあたしとくもん二人分が入ってしまいそうなほど大きい。羽織っているダウンジャケットとか、あれ何サイズなんだろう……?


「まさかあのジャックが女とはなー、女なら女って先に言えよ!」

「え、あ、ご、ごめん」


 ぐいぐいとくる大きな声は、ちょっと怖い。

 っていうかこいつ、手に持ってんの明らかに同人誌売ってるとこの袋じゃないの?


「それは俺もさっきびっくりしたけど、ほら、外じゃ寒いからさ。どっかのお店に移動しよ」

「おう、そーだな」


 冬の空気はほんとに冷たくて、その寒さにあたしは身を縮めていたから、くもんの提案は嬉しかった。


 ということでくもんが促したことで、あたしたちは移動を開始。

 先頭をくもんが進んでるんだけど、どこに向かってるんだろ?


 というか、本当ならあたしが予約とかしておくべきだったんだよね……。

 どうしよう、お店とかどこも入れなかったら……!


「しっかしちっせーなー。何センチ?」


 あたしが一人不安でテンパりそうになっていると、くもんの後ろを歩くあたしにもぶが並んできた。

 あたしの2倍以上の大きさに見えるもぶは、ほんと見た目だけでも怖い。

 しかも年は上だろうし、威圧感というか、そんな感じが強い。


「え、えっと、144センチ、だよ……」

「おいおい、それはちいせえな、どれ、そんなちっこい身体じゃ荷物重いだろ? 持ってやるよ」

「え、あっ」


 大した大きさじゃない鞄を、あたしの手から奪うようにもぶが持っていく。

 いや、これはもぶの善意だと思うんだけど……。


「だ、大丈夫だよ、自分で持てるし……」

「いいからいいから、気にすんな」

「え、うん……」


 返してが言えないまま、結局歩く。

 ちらっと1回くもんが振り返ってくれたけど、くもんはそのまままた歩き続けた。

 その歩みは淀みなくて、近くのファミレスやら居酒屋をスルーしていくから、おそらく目的地がある感じがする。


 え、もしかして予約してくれてたり、したの……?


 隣から色々話しかけてくるもぶくんに話を(あたしなりに)合わせつつ、あたしたちはくもんの後をついていくのだった。





「ここで、どうかな?」

「おー? ちいせえ店だな」

「くもん、予約とか、してくれてたの?」


 くもんが案内してくれたのは、電気街から少し離れたエリアのお店だった。

 控えめなお店の看板には海外のビールの名前や、おしゃれな創作洋食っぽいメニューが書いてある。

 普通に歩いてたら、見つけられなさそうなお店。


「あ、ううん。予約はしてないけど、秋葉原は友達と来たりするからね、その時に見つけたお店で、けっこう料理が美味しいから、たまにくるんだ」

「ほー。くもんちゃんと外に出たりするんだな」

「それは俺ももぶに言えることじゃないかな?」

「そりゃそーか。じゃ、とりあえず入ろうぜ」


 そう言ってもぶくんが先頭で入り、くもんが続き、最後にあたしが入る。


「あったかい……」


 10分くらい外を歩いていたせいで、すっかり身体が冷えたあたしにとって暖房のきいた店内の暖かさが嬉しかった。


「こんばんは。3人ですけど、大丈夫ですよね?」

「おお、くもんさん、お久しぶりですね。今日は、新しいお仲間ですか?」

「ええ、せっかくなのでこのお店を紹介しようと思いまして」

「それはありがたい。どうぞ、今日はまだ誰も来てないので、好きなとこに座ってください」


 わ、すごいな、知り合いなんだ……。


 店長っぽい人と話すくもんは、すごくスマートだった。

 そしてくもんたちの会話を聞いていたもぶが好きな席にということでお店の中で一番奥のテーブルに座りに行く。


 奥側が固定式のソファータイプの席で、反対側が普通の椅子。


「ジャックはこっち座れよ」


 ソファー席に一番に座ったもぶが、自分の隣を示してくる。

 意見するのもなんなので、私はもぶの言葉に従った。


 そして正面に、くもんが座る。

 やっぱり、優しそうな顔だなー。


「荷物、こっち置こうか?」

「おう、さんきゅ」


 あたしの鞄はもぶが持ってたから、手ぶらのあたしは渡すものはなし。

 もぶは自分が買った同人誌の入っているであろう袋とあたしの鞄をくもんに渡していた。


「あ、そ、そういえば」

「うん?」

「今、お店の人もくもんのこと「くもんさん」って呼んでた気がしたけど……」

「そういやそうだったな」

「あ、そうか。呼び合う名前があるからあえて名乗ってなかったけど、俺、くもんは本名なんだ。久しいに門って書いて久門くもん久門涼弥くもんりょうやです。改めてよろしくね」

「あ、本名だったんだ」


 ちょっと意外。


「本名か。俺は黒木誠治くろきせいじだ」


 〈Mobkun〉要素がある名前ではないのか。って、そりゃそうか。


 続いてさらっと名乗ったもぶのせいで、あたしも名乗らなきゃいけない空気になる。

 いや、別に教えることに抵抗があるわけじゃないんだけど。


「あ、あたしは、池田しずる、です」

「しずるってどう書くんだ?」

「あ、ひらがな、なんだ」

「ほー、しかしジャックはあれだな、話し方含めてゲームの中とは全然別人だな!」

「それはみんなお互い様でしょ? 中身が男の女キャラだって、たくさんいるだろうし、チャットは得意でも、リアルの会話が苦手な人も多いと思うよ」


 ぐいぐいと話しかけてくるもぶは、やっぱりちょっと苦手。

 でもくもんがさらっとフォローしてくれるのは、ちょっと嬉しい。


「ま、そりゃそーか。さて、何頼む?」

「あ、俺お酒飲めないからウーロン茶頼むけど、二人は気にせず飲んでね」

「なんだ、くもん酒ダメなのか」

「うん、ちょっと体質的にすごく弱くて」

「そ、そうなんだ」


 あたしもお酒なんて、ほとんど飲んだことないけど。

 というか、大学の謝恩会以来。 


 お世話になった教授の手前参加した謝恩会。うん、あれはほんと気まずかった。

 同じ研究室の人と、ほとんど関わってこなかったから。

 ほとんど教授としか、話さなかった時間だったな……。


「じゃあ俺はギネスにするかな、ジャックはどうする?」

「え、ええと」


 あの時はビールしか飲まなかったから、正直ビール以外よくわかんないんだよね……。

 苦くて得意じゃなかったけど、でもわかんないし……!


「あ、あたしは普通のビールにする、かな」

「ビールも色々あるみたいだけど、前に来た女友達は、ベルギーの飲んでたよ。飲みやすいって言ってた」

「ヒューガルデンか」

「じゃ、じゃあそれで」


 流れに任せてあたしはそれを頼んでもらった。

 でも、前に来た女友達、って……彼女とか、なのかな?


 別にくもんが悪いわけじゃないのに、あたしのテンションは急降下。

 勝手に舞い上がっていたあたしが悪いんだけど。


「ジャックは何食べたい?」

「あ、う、うん、ええと」


 でも、落ち込んでる余裕なんてなかった。

 あたしの様子に気づいた気配もなく、くもんに飲み物のオーダーを任せつつ、もぶがメニューを開いて見せてくる。


「好きなの選べよ」

「う、うん。ありがと……」


 サラダとか、あったかそうなビーフシチューとか、あとはオススメって書いてあった鹿肉のローストなんかをとりあえず選ぶ。

 あたしが選んだあとはもぶもけっこうがっつり目に揚げ物とかを読み上げていった。


「そんなに頼むの?」


 もぶくんのオーダーに苦笑いしたくもんは、何も頼まずに今あたしともぶくんが選んだメニューを店長さんに伝えに行く。

 店長さんは厨房に声をかけてたから、そっちには他の従業員さんがいるのかな。


 伝えに言ったくもんは、その人とも少し話をしてた。


 そして飲み物を持った店長さんと一緒に戻ってくる。


「初オフ会に、かんぱーい!」


 もぶの音頭で乾杯し、それぞれ飲み物に口をつける。

 

 あ、これ、飲みやすいかも……。

 次も同じのに、しよっかな。


「いやー、セシルも来れればよかったのになー」

「うーん、一応顔出しての仕事してるんだし、なかなか難しいんじゃないかな?」

「まぁ、セシルがきたらやまYamachanも来てたろうし、それはそれでうざいんだが」

「も、もぶは、やまちゃんと仲悪いよね……?」

「んー。なんかあいつ毎度つっかかってくんだよなー」


 つっかかってくるのはもぶがいつも余計な言葉を言うからだよとか、言えるわけがない。

 ちらっとくもんの顔を見ると、くもんも苦笑いをしてたから、たぶんあたしと同じ気持ちだったんだろうな。


「しかし、集まれる距離でよかったよな。ジャックは、千葉のどこに住んでんの?」

「え、あ、えと、千葉市だよ」

「最寄りは?」

「え、千葉駅、だけど」

「ほー。家族と実家か?」


 その質問は、されたくない質問だった。


「え、あ、うん。実家暮らし」


 そう答えてなんとかはぐらかす。

 お願いだから、これ以上家族のことは聞かないで……!


「ほうほう」

「ジャックばっかに聞かないであげなよ。そう言うもぶは、どこに住んでるの?」

「俺か? 俺は荒川区だぞ。俺もジャックと同じ実家暮らしだ」

「そうなんだ。じゃあ、一人暮らしは俺だけだね」

「お、くもんは一人暮らしなのか。すげえな、飯とかめんどくさくないか?」

「そうでもないよ。料理するのも、ゲームと同じくこなしてくと自分のスキル上がるの分かるしさ」

「自炊すんのか、すげーなー」

「もぶも料理とかやってみたら?」


 もしかして、くもん、助けてくれた?

 気づけば会話はくもんが中心になってるし。

 

 でもくもん、料理できるんだ……やばいな、あたしも一人なのに、全然できないぞ……。




 そんな風に、オフ会はくもんのおかげでけっこう和やかに進んだ。

 ちょくちょくあたしの個人的なことをもぶが聞き出そうとして、くもんが話を逸らしたりとか、冗談を言ったりしてあたしが答えなくて済んだりしたのは、助かった。

 

 くもんはすごい。ほんとにあたしが困ってるのを、何も言わずに察してくれる。

 あたしって、そんなに顔に出てるのかな……?


 とはいえ、もぶも時々すごい口悪かったけど、荷物持とうとしたりとか、メニュー見せてくれたりとか、一応気遣い、なんだよね……?

 そこまで悪いやつじゃないのかな……。

 でも、29歳でニートっていうのをお酒が進んでから堂々と言ってたのは、どうなんだろう。話聞く感じ家が裕福みたいだけど、それに甘え切ってるのは、尊敬できないよ?

 本人曰く「仲間もいる能動的ニート」って言ってたけど、正直意味わかんないし。


 ちなみに料理はすごく美味しかった。くもんの案内は大正解。

 会が進む頃にはあたしも店長さんと少し話ができるくらいにはなれたし、お客さんが全然こなくて心配なるけど、あたしもこのお店がすごく気に入った。

 あたしが予約しなくてよかった、とか思ったり。


 会の後半はやはりというか、もぶがあれこれ仲間たちの文句を言うのをあたしたちが宥めたり呆れたりと、予定通りLAの話で盛り上がった。

 もぶ的にもやっぱりるっさんは神らしい。

 セシルの容姿を褒めちぎるのも、楽しそうに語ってたな。

 その時はくもんも「可愛いよね」って言ってたはちょっともやもやしたけど。でも可愛いのは分かるし、セシルにはあたしも、いつか会えるなら会ってみたいけどさ。



 そうして、あたしたちの時間は、あっという間に過ぎていくのだった。




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以下作者の声です。

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 もぶの過激な暴走を期待された方はすみません。笑

 が、ちゃんと意図はあります。ご安心ください。

 

 この後はシーンごとにepisodeを追加していきますので、もう少しジャックの過去にお付き合いくださると幸いです。


 しかし本編の誰かさんと違って、くもんを動かすのは気が楽です。

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