第45話 愚鈍な正義

「おはようございます副団長さん! 今日も良い天気ですね」




 衛兵団に与えられた駐屯所。その執務室に出勤すると、朗らかな表情ですでに出勤していた副団長の男に朝の挨拶をするジョージ。




 しかし、その挨拶を受けた衛兵団の副団長は、チラリとジョージの方を見ると明らかに不機嫌そうな顔をして、無言で顔をそむけた。



 もうジョージが衛兵団長に就任してしばらくたつが、いまだに衛兵団は新団長であるジョージのことを受け入れてはいないようだった。




 仕方の無い事だ。彼らの信頼すべき上司であるアリシア・カタフィギオ嬢を追放したのは、ジョージの父であるエドワード・リッシュ・ミラーその人なのだから。




 しかしジョージは、そんな副団長の態度は意に介さないとばかりに、ニコニコと笑いながら席についた。




 団長専用の机の上には、本来であればジョージが本日処理すべきだった書類が、山のように積まれている筈なのだが、どうやら彼が出勤する前に、副団長の彼がすでに書類業務を終わらせてしまったようで、机の上には何一つ無かった。




 自分の仕事を代わりに行ってくれた副団長に、ジョージはねぎらいの言葉をかける。




「おや、私の書類を片付けて下さったのですね。ありがとうございます。しかしお気遣いなく。これは私の仕事なのですから、今度からは私がやりますよ」




 ジョージの言葉に、副団長は不機嫌そうな顔を隠そうともせずに振り向くと、ぶっきらぼうな口調で、かなり面倒くさそうに返答する。




「いえ、貴族の御曹司であるアナタにそんな雑務任せられませんよ」




 貴族の坊ちゃんは引っ込んでいろと、馬鹿にしたような挑発的な副団長のセリフに、しかし当のジョージは穏やかな表情で返答した。




「ありがとうございます。しかし、不要な気遣いです。私は確かに大貴族ミラー家の長子ですが、それ以前にこの衛兵団の長です。衛兵団の仕事は私の仕事・・・アナタの負担を、少しでもこの愚物に背負わせてはくれませんか?」




 自らを愚物と称するジョージの貴族らしからぬ言葉に、毒気を抜かれたようにあんぐりと口を開ける副団長。




 何度かパチクリと瞬きをして、恐る恐るといったようすで口を開いた。




「・・・新団長、前から思ってましたけど、自分の事 ”愚物” とか言うの止めませんか? 仮にも貴族でしょうアナタ? 世間体とかあるでしょうに」



 貴族が偉ぶるのは何もその当人の性格によるものだけではない、民間人と違い、貴族は舐められてしまっては終わりなのだ。



 他の貴族に舐められてしまっては、家そのものが甘く見られてしまうのだから。



 しかしジョージはきっぱりと言い切った。



「事実ですから。私は偉大なる父を見て育ちました。だから誰よりも理解できてしまう。私は父のようにはなれません、私にはそんな才能は、残念ながら持ち合わせていないのです。そして、前任の団長であるアリシア・カタフィギオ嬢にも遠く及ばないでしょう。ですが私は衛兵団の団長です・・・誰が何と言おうと私はアナタ方の命を預かる立場にいる・・・・・・だから背負わせて下さい。こんな情けない団長で大変申し訳ございませんが・・・それでもアナタと供に背負いたいのです、衛兵団の・・・何もかもを」




 呆れたような顔でジョージのセリフを聞いていた副団長は、やがて何か堪えきれないとばかりに吹き出した。




 笑いすぎて目に涙すら浮かべながら、先ほどとは違って砕けたフレンドリーな口調になった副団長が語り掛ける。




「ハハッ、なんだ、思ったよりおもしれぇじゃねえか騎士ジョージ・リッシュ・ミラー! 気に入った。気に入ったよ。良いぜ、今更だがアンタを団長と認めてやるよ!」




 そして副団長はスッとその右手を差し出す。




「カナル・アイスナー。アナタとか副団長さんとか呼ばれると気持ちわりいんでな、カナルと呼んでくれ。衛兵団のみんなはそう呼んでる」




 その申し出に、ニコリと微笑んだジョージは、カナルの差し出された右手をガッシリと掴む。




「ありがとうカナル。これから一緒に国のために頑張りましょう」







 

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語られぬ者たちのサーガ 武田コウ @ruku13

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