第44話 愚鈍な正義

「開戦は一週間後だ・・・ジョージよ、もうお前の役割は済んでいる。速やかに衛兵団を捨てて、私と供に来るが良い。明日には帝国の間者が迎えにくる手はずになっているからな。こんな古臭い国からはこれでおさらばだ」




 華美な装飾に彩られた部屋の中、大理石の立派なテーブルを挟んで、二人の男が食事をしながら会話をしていた。




 奥の席に座る中年男の名は、エドワード・リコ・ミラー。フスティシア王国の大貴族、ミラー家の当主である。




 向かい合って座る、がっしりとした体躯の若い男は、エドワードの長子、騎士ジョージ・リッシュ・ミラー。アリシアの後を継いで衛兵団の団長を務める男だ。




 エドワードは王国の貴族でありながら、グランツ帝国と繋がっていた。前衛兵団長のアリシア・カタフィギオを降格させ、自分の息子を衛兵団の長に置いたのも、全ては王国の防衛力を弱体させるため。




 エドワードは優秀な男だ。しかし、自分の息子が無能だということは知っていた。だからこその適材適所、衛兵団を弱体させるという役割は愚鈍な息子が最適だったのだ。




 もう十分役割は果たした。エドワードは明日帝国に旅立つ。無能な息子だが、騎士としての腕はそこそこだ。何かの役に立つだろうと(本人は決して認めないだろうが、幾分かの親子としての愛情もあっただろう)、帝国への避難を誘ったのだ。




 しかし息子のジョージは、何を考えたのかニコリと優しく微笑むとこう答えたのだった。




「ありがとうございます父上、しかし私は王国に残ろうと思います」




 ジョージからの予想外の返答に、エドワードは目を白黒させる。




「・・・・・・王国に残る? 正気かお前? 衛兵団長であるお前が王国に残るという事は、帝国との戦の最前線に立つという事だぞ?」




「ええ、存じております父上」




「・・・生き残れはしないぞ? 帝国は恐るべき殺人兵器を用意している、お前のような愚物が生き残ることはできない」




「そうでしょうね」




「ではなぜだ? お前には自殺願望でもあるのか?」




 エドワードの・・・尊敬する父の質問に、ジョージは真摯な態度で答えた。




「死ぬのは・・・恐ろしいです。私は死を経験したことがありませんが、きっとそれは恐ろしいものなのでしょう・・・。ですが私は逃げません。私は無能で、愚鈍ではありますが・・・・・・それでも私はこの国の、大好きなこの国の、衛兵団の団長でありますから」




 ニコリと微笑んだジョージの顔が、あまりにも清らかで、エドワードはそれ以上何も言うことが出来なかった。




 何度かぱくぱくと口を開いたり閉じたりした後、エドワードは何かを諦めたように呟いた。




「・・・そうか、ならば好きにすると良い」




「ええ、父上。今までこの愚物に目をかけて下さってありがとうございました・・・・・・帝国でもお体に気をつけ下さい。きっと父上の才覚ならば、帝国でもご活躍なさると信じております」




 エドワードは「フンッ」と鼻を大きくならすと、その言葉に答えずに乱暴に立ちあがりる。そして肩を翻してサッサと部屋を出て行ってしまった。




 一人残されたジョージは、父の去ったあとの部屋の扉を眺め、小さく微笑む。




「本当にありがとうございました父上。私は愚物ですが、アナタの偉大さだけは痛いほどわかっております・・・こんな私に、国のために命をかける機会を与えて下さった事、心より感謝いたします」




 自らの死を予感しながらも、それでも愚鈍な正義を貫く若者は、静かにほほ笑むのだった。





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