7杯目 酒場でも楽しい話ばかり溢れてない!

 勇者召喚暦二〇二〇年・六月十二日・パラケルスス・天気:雨


 目的地であるフヨイの街には夕方少し前に無事到着。

 今は冒険者ギルドの酒場で明日への英気を養っています! つまり今夜も飲んでる! ヒュ~♪ 野宿じゃないって素晴らしいです!


 けど、問題なく着いて本当に良かった。これも何人かの勇者や聖女たちが根気強く異世界の倫理や道徳を教え広めた成果ですね。

 そのおかげで、数世代前とは人種が違う! と、多くの歴史学者が驚くほどに人々のモラルが向上し、治安などが良くなったんだとか……。


 にもかかわらず、盗賊などが撲滅されないのは、この世界に人を襲う多くの魔物がいるからだといいます。

 誰かを襲い奪おうが、上手く魔物のせいにすれば隠しおおせる。だから、人は悪事に手を染めるのだと。まぁ、酒場での聞きかじりですけど……。


 そんなことを考えながら、目の前に座るネブリナさんに視線を向けます。

 わざわざ相席したぐらいです……なにか話があるんですよね?


 とか思っていると、お酒の入った木杯を一気に呷り、


「貴女のせいで! 貴女のせいで私たちは!」


 目に涙を浮かべて私を見据えてきます……。

 ネブリナさん、もしかして泣き上戸ですか? まぁ、話は聞きますけど……とりあえず飲むのです。ささっ、ぐいーっと。


 適度に酔わせ、普段抑えているであろう感情のタガを緩めて話しに耳を傾けると……なるほど。

 幼馴染みパーティは解散したんですね。で、その原因が私にあると。私があんな詩を広めなければ! 自分が変に目立ったりしなければ! と……。


 確かに一理ありますが……おかげで失敗した依頼を本来ならあり得ないA級冒険者パーティが引き継いでくれたわけですし?

 それであの霊峰一帯の小鬼が殲滅されるなら、新人パーティが一つ潰れるぐらい安いものでは? 貴女たちも全員無事なわけですし?


「一体何様ですか?! 冒険者の活躍で日銭を稼ぐ吟遊詩人のくせに!!」


 激高し、私を掴もうとした瞬間、限界に達したのかテーブルに突っ伏すように沈むネブリナさん……さて、飲み直しましょうか。

 そう思い木杯にお酒を注ぎ足していると、


「騒いでるヤツがいると思えばお前さんかよ、シオーネ。久しぶりだな……」


 声をかけてきたのは頭を丸めた中年男性。健康的に焼けた肌と筋骨隆々の体型からどこか巌のような印象を受けるこの人物はフヨイの街の冒険者ギルドマスター。

 ガンドル・バテス、その人です。面倒なのに出会ってしまいました……。


 露骨に顔をしかめると、楽しげに笑うガンドル氏。てか、なんで隣に座るんですか? そして、私のお酒を勝手に飲まないでください!


 なんてやり取りをしつつ、ネブリナさんについて尋ねられたので、大人しく答えます。下手に隠すと面倒なんですよ、この人。

 そうして話し終わると呆れた様子で苦笑するガンドル氏。


「相変わらず因果なことやってんなぁ、シオーネ」


 大きなお世話です。てか、あれぐらいで解散するなら早晩結果は同じです。むしろ全員が生きてる内に別々の道を進めるのは幸運といえます。

 残っていたお酒を一気に呷り言い返すと、


「それは経験談かい?」


 先ほどとは打って変わり、どこか優しげな眼差しで問いかけてくるガンドル氏。

 いえ、ただの聞きかじりです。さて、明日も早いしこれで失礼しますね!


 ギルドを出て、夜風に当たりながら宿を目指します。

 はぁ~……すっかり酔いが覚めてしまいました……。



 今夜のお酒

 サントルーブルー(麦酒)(度数5):一杯

 北に松 純米吟醸(度数14以上15未満):三本と少々


 おつまみ

 砂ずりの炒め物、青魚の照り焼き、サラダ、ご飯

 

 連続飲酒日数:八日目


 あ、ネブリナさん置いてきた……まぁ、大丈夫でしょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る