第10話 奇襲はお好きですか?

「もう少しだ」


 隊列を組み直し、一党パーティーは暗闇の中を突き進む。

 先頭には槍使いランサー斥候シーフを置き、道案内と罠感知を担ってもらっている。

 続く戦士ファイターは油断なく、かつ堂々と彼らの後について行く。


「待て」


 槍使いが後列に号令を掛ける。

 壁の窪みに身を潜め、目の前に広がる開けた場所を指差した。

 そこは魔物のねぐらだった。

 手前には酔い潰れたゴブリンがいびきをかきながら横たわり、奥には何かの祭壇が設置されている。

 遥か昔には儀式の場として機能していたであろう場所も、今となっては魔物の巣窟。

 神聖は穢され、冒涜の限りが尽くされていた。


「親玉が見当たらないっすね」


巨人トロルなら、祭壇の隣で丸まっているやつだ」


「あの岩っすか?」


「俺たちも最初は数匹の小鬼共だけかと思っていたが、奴等ゴブリン共の掛け声で急に動き出す」


「そうなんすね。それじゃあ、作戦通りで良いっすか?」


 一党の視線を一手に引き受けた戦士は須臾しゅゆ沈黙し、ゆっくりと頷いた。


「作戦通りでいく。女錬金術師アルケミスト


「分かりました」


 腕捲りをし、両手を地面に置く。

 目を閉じた彼女の意識は地中深く張り巡らされた。

 額から落ちる大粒の汗が床に染みを作る。


「槍使いは彼女の護衛を頼む」


「ふんっ、分かってるよ」


神官プリーストは周囲の状況把握」


「分かったわ」


「斥候は俺と切り込む」


「オッケーっす」


魔法使いメイジ、頼む」


 魔法使いが念を込めると、長杖に眩い光が舞い降りた。

 それは赤、青、緑の順に変化し、やがて無色透明に落ち着く。


《悪戯好きな妖精ボギーや 雑音を消しておくれ 仲間の声が透き通るように》


 暗く湿った場所に生息する、悪戯が好きな妖精は魔法使いの声に応えた。

 呼吸音、靴底が擦れる音、小鬼の鼾すら。

 雑音どころか、全ての音を消し去った魔法が講堂中に広がる。

 《静粛ノイズレス》の魔法。

 発動を確認した前衛職二人は短剣片手に飛び出した。


 戦士は逆手に持った刃を喉に突き刺し、まず一匹。

 手製の槍を拾い上げ、心臓を一突き。

 刃こぼれした武器は捨て、転がる棍棒を拾い上げ、一撃。

 脳漿が衣服に飛び散ろうが構わない。

 淡々と、それでいて確実に眠りこけた者を殺していく。

 斥候も流れるような動きでゴブリンの息の根を止めて行った。


 呆然と遠くで眺める槍使いは小さく舌打ちをする。

 自分たちがあれだけ苦労した敵を至極あっさり殺していく。

 一党の構成が違う。ここに辿り着いた時の心境も違う。状況だって同じではない。

 それでも、納得はいかなかった。

 目前で己との差を見せつけられているようで、心の奥底に潜む深淵が邪な考えを囁く。


「むっ」


 あと数匹というところで、魔法の効力が切れ始めた。

 足音や呼吸音が嫌に響く。

 戦士は粗末な斧を握り締め、敵の首筋目掛けて振り落とす。

 先程と打って変わり、断末魔が勢いよく響いた。


「GAGGO!?」


「GAJJOGI!」


 慌てて武器を取り始めた小鬼たち。

 斥候は立ち上がろうとする身体に踵落としを喰らわせ、伏臥ふくがを強制して脊髄にナイフを突き立てる。

 痙攣する様子を確認し、更に力任せに捻る。

 ゴキッと何かが砕けた。

 もうナイフは使い物にならない。

 一切躊躇わず腰から別のナイフを取り出す。


「終わったか」


 無表情の戦士が問いかけて来た。

 返り血を浴びながらも、致命傷成り得る痛手は受けていない様子。

 辺りにはゴブリンの死骸が所構わず転がっている。


「楽勝っす」


「なら、次はあれだ」


 丸まっていた岩は手足を伸ばし、近くにあった巨大な棍棒を拾い上げる。

 巨人トロル

 三メートルはあろう背丈は、なるほど見上げなければいけない程大きい。


「奴等の声で起きたようだ」


「そうらしいっすね」


 錬金術師の準備はまだ終わっていない。

 本番はこれからだ。

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