第11話 ボス戦はお好きですか?

 大気を揺るがす咆哮は果たして、外にまで届いただろうか。

 巨人トロルはデカい図体を屈強なる足腰で持ち上げ、辺りを見渡す。

 小鬼ゴブリンの死骸と餌だった躯。

 それに見慣れない生きた人間が一人、二人。

 武器おもちゃを手に取り、我が寝床を荒らしに来たと見た。

 つい今しがた来た者とは別のようだが、関係ない。

 鍋の具材の足しにしてやろう。


 人の背丈ほどある棍棒は風を切り、威嚇するように地面に叩きつけられた。

 振動が足裏から膝に伝わる。

 戦士ファイターは腰から剣を抜き、油断なく――素人なりに――構えた。


「今ので外にいた小鬼ゴブリン共が押し寄せてくるかもしれない」


「それは厄介っすね」


 糸目に角眼鏡を掛けた斥候シーフは不意に入り口へ視線をやった。

 青ざめた顔で床に手を付く女錬金術師アルケミスト、緊張した面持ちで武器を構える槍使いランサー、その後ろで周囲を懸命に確認する女神官プリースト

 術を使い果たした魔法使いメイジは拾った棍棒を不格好に構え、敵襲に備えてる。

 すぐに挟み撃ちとはならないだろうが、時間を掛けてよくなる訳でも無い。

 全ては錬金術師の腕と戦士かれの作戦に掛かっている。


「行くぞ」


「了解っす」


 疾走の如く駆けた二人の刃がトロルの腓腹ひふくを切り裂く。

 傷を付けられない訳では無い。

 だが、切り口はすぐに白い蒸気を上げながら塞がれていった。

 伝承で謳われた超再生の能力。

 かつて神が岩山の奥に封印した己の秘密を護衛させるため、岩に命を吹き込んで誕生したとか。

 嘘か真か、神々の時代から生き長らえる者。

 ゲーム上でも健在である。


「やっぱり生半可な攻撃は効かないっすね」


「だが無意味ではない」


 彼らの役割は時間稼ぎ。

 敵の意識を己に集中させること。


「MAGAGJGGGOOA!」


 怒気が込められた雄叫びは再び大気を揺らす。

 ちょこまか動く虫けらの如く、足元で二人は一撃離脱ヒット&アウェイを繰り返した。

 一寸先に巨大棍棒が落とされれば、そのすぐ横を通り抜け、すれ違い様に刃を走らせる。

 血振りを喰らわせる時間は無い。

 そのまま投げ打ち、地面に転がる武器を手に取る。

 ゴブリンが抜け穴を作る時に愛用する円匙スコップ

 贅沢は言ってられない。

 刃先を小鬼の排泄物に突っ込み、すぐさま敵の頸椎けいつい目掛けて放つ。

 投擲とうてきの訓練などしていない。

 動き回る敵に狙い通りの成果は得られない。

 それでもトロルは大きい。

 外す道理は無かった。


「っ、来るわ!」


 遠くを見つめる女神官が叫んだ。

 洞窟の外で徘徊していた魔物がわんわん喚き散らしながら戻ってきたのだ。

 槍使いは慣れない得物を鋭く突き、地面にぶつけて音を出しながら、ゴブリンを威嚇する。

 魔法使いだって黙って死を待つのは性に合わない。

 赤黒く染まった棍棒を半狂乱で振りかざす。

 皆が必死で、誰一人とて余裕など無かった。


「うっ゛!」


 遠くから山なりに射られた矢。

 殆どは壁に当たったり、届かなったり、ゴブリンに刺さったりと散々な結果だった。

 しかし、下手な鉄砲も数撃てば当たる。

 運悪くと言うべきか。

 ここにきて決定的失敗ファンブルである。


「だ、大丈夫!?」


「う、うくっ……!」


 錬金術師は右肩に刺さった矢を力一杯引き抜く。

 涙がポロポロと落ちる。

 叫び声を上げれば敵が喜ぶ。

 それだけは我慢ならなかった。

 肩を抑え、浅い呼吸を何とか整えようと必死に心を静めた。

 昨日から戦闘と逃亡の連続。

 ちょっとしたきっかけで疲労の波が押し寄せて来る。


 ―――だめ、まだ皆戦っている。自分の役割を果たさないと……!


 朦朧とする意識の中、靄のかかった視界はどこまでも意識を遠のける。


「う、うらぁぁあ!」


 槍使いは視界の端に錬金術師が倒れるのを確認した。

 彼女は作戦の要。

 意識の消失を責められる筈も無かったが、希望亡き道は精神力をごっそりと削っていく。

 このままジリ貧になるのか。

 押し寄せるゴブリンは幸い通路幅によってこちら側を攻めあぐねている。

 今すぐ拮抗が崩れる訳でもない。


 ―――だからといってどうする?


 時間の経過は彼らの味方ではない。

 絶望が、無明の闇が、漆黒が。

 深淵に後ろ髪を引っ張られ、彼は今にも泣きだしそうだった。


「錬金術師さんが倒れたっす」


「……そうか」


 互いに背中を合わせ、呼吸を整える。

 無数に与えた傷は癒え、苛立ちだけを増幅させた巨人は自慢の巨大棍棒を振り落とした。

 講堂全体が揺れる。

 心做しか、床下でエコーが掛かったような響きが木霊した。


「お前は、あっち側の援護に回れ」


「一人で大丈夫っすか?」


「……独りには慣れている」


「くくっ、そっすか」


 斥候は巨大な腕を駆け上がり、二刀の刃で敵の眼球を抉った。

 これには思わず巨人も後方へ仰け反る。


「それじゃあ、よろしくっす」


 一時的に視力を失った敵を目前に戦士は考える。

 自分にはトロルと対等に渡り合えるほどの膂力はない。

 退路では一党が戦闘を行っている。

 錬金術師は気を失った。

 腰には剣が、手には粗末な槍。

 前門のトロル後門のゴブリン

 考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ。

 姉は言っていた。

 壁にぶつかったらまず考える。考えても分からない時はもっと考える。それでも分からない時は更に考える。そうして得た手掛かりはきっと、壁を乗り越える為の助けになる。


「GAAFAGGOOO!」


 虚ろな瞳が一つ、戦士を捉える。

 抉り取られた両目を瞬時に回復させることは出来なかったらしい。

 両目の再生は一旦諦め、片目の視力回復に力を絞る。


Kill or Die殺すか、死ぬか、か。なら、道は一つだ」


 穂先を青緑の醜い顔に向ける。


「俺の為に死ね」


 火蓋は切られた。

 天空と冥界に坐する者は各々の骰子さいころを持ち出し、喜々として盤面上へ投げる。

 出目は如何程になるものか。

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