第9話 負け戦はお好きですか?

 小鬼ゴブリン集団に幾許か遭遇し、制服が返り血で赤く染まり始めた頃。

 再び訪れた二本に分かれる道。

 一番初めに気付いたのはやはり斥候シーフだった。


「左の道は地面の擦り減り具合が他の道に比べて大きいっすね。たぶん本拠地っす。そして真ん中の道からはさっき金属の擦れる音が聞こえたっす」


「えっ!? それって誰か戦っているってこと!?」


「可能性はあるっすね。ただ、ボクらを誘き寄せる罠っていう可能性もあるっす」


 遭遇戦は一度や二度ではない。

 敵も馬鹿じゃない。

 襲って侵入者を殺せないのなら、待ち伏せして殺すことを考える。

 仲間と敵が戦っている様子を演じ、焦って飛び込んできた者たちを一網打尽にする。

 万が一失敗しても先制攻撃イニシアチブを失うだけ。

 リスクはそれほど大きくない。


「どうするっすか?」


「私は助けに行く方に一票よ!」


「俺も救出に一票だ」


「オレはどちらでも構わない」


「じゃあ真ん中っすね。ただ言っておくっすけど、助けたとしても足手まといかもしれないっすよ?」


「あ、足手まといって……!」


「それでもだ」


「その心は?」


「左奥の部屋にいる親玉ボスが予想以上の時、逃げる際に待ち伏せされた方が厄介だ。今のうちに殺した方が安全かつ最短になる」


 戦士ファイターの言う通り、今まで遭遇してきた魔物は蝙蝠型以外全て殺してきた。

 地に足のついた者は一匹たりとも逃していない。


「なるほどっすね。それじゃあ、行くっすか」


 女神官プリーストの怒声など気にも留めない。

 斥候は淡々と携帯用照明ランプを掲げて通路を歩いていく。


「……ありがとう」


「何がだ」


「……別に。独り言よ」


「そうか」


「そうよ」


 鈍感のようで鋭い幼馴染は斥候の後をついて行く。

 迷いの無い足取りはそれだけで不安を払拭する。

 分かっているのか、分かっていないのか。

 見慣れた背中に「ばか」と投げかけた。


「GAGOLJOO!」


「GAHZO!」


 小鬼の声と剣戟けんげき音。

 一党パーティーの内、前衛職の二人が疾走の如く駆ける。

 遅れまいと後衛職も走る。

 汚物と臓物が混じり合った悪臭が鼻を突き刺す。

 暫く進むと小さな影が幾つか視界に入った。


「数は四。斧、斧、剣、棍棒」


「交戦しているのは目視二人っす」


 まずは一匹、斥候の短剣が首を撥ねた。交戦していた者が一党に気付く。敵はまだ気付いていない。

 ゴブリンの手から棍棒が落ちる。

 戦士はすかさずそれを拾い上げ、もう一匹の頭部に叩きつけた。

 脳漿のうしょうが飛び散り、鈍い音が壁や地面に反響する。


「残り二」


 流石にゴブリンも奇襲へ気付く。

 だがもう遅い。

 咄嗟に後ろを振り向いた瞬間、槍が腹に風穴を開けた。

 奇襲による挟み撃ち。

 ゴブリンはブクブクと赤い泡を吹きながら息絶えた。

 残った一匹は敵わないと悟り、脱兎の如く逃げようとするが、小さな土の盛り上がりに躓いて前のめりに倒れる。そこへ無慈悲に振り落とされた棍棒は敵の命を絶つのに十分な威力を備えていた。


「これで四。周囲に影は」


「今のところ無しっす」


 手際の良さ、というべきか。

 棍棒を頭蓋骨に沈めたまま、地面に転がった斧を拾い上げる。

 一度振り、二度振り。

 「ふむ」と納得した幼馴染はそれを握ったまま戻ってきた。


「怪我は無いか」


「大丈夫よ。それよりも、腰に剣ぶら下げているのに必要なの? それ」


「剣はすぐに刃こぼれを起こす。血でも使えなくなる。予備を持っておいて損はない」


「へぇ、そういうものなのね」


 斥候が周辺を一回りし、敵の有無について報告する。

 暫しの休憩。

 二人と四人は一ヵ所に集まり、互いの経緯について話した。


「まずは助かった」


 槍を担いだ男が深々と頭を垂れる。


「困った時はお互い様だ」


 魔法使いメイジはこちらの知る限りの情報を提供した。

 ここは”Kill or Die”という死にゲーの世界に似ていること、真名本名は呪いの類があるため伏せておいた方が良いこと、何人かは近くの街で待機しているということ。

 言葉を失った二人だったが、現実性を帯びないのはこの世界に来てからずっとだ。

 今更恐慌することでもない。


「生き残りは二人だけなのか?」


「正直分からない。あの時、先に走っていた連中はこの洞窟と森の更に奥へ逃げた者、二つに分かれた」


「じゃあ、洞窟に逃げ込んだ者の生き残りは?」


「……ここにいる者だけだ」


 食いしばるように槍の男は吐いた。

 先に訪れた拷問あそび部屋を見れば、想像は容易い。


「最初はもっといたんだ。だけど……」


 必死に逃げて洞窟に入った矢先、仲間の一人が宙高く急上昇して闇の中に姿を消した。

 曲がり角で待ち伏せされたゴブリンに襲われ、無我夢中で応戦した。

 死角から毒の矢を喰らった奴が震え始め、やがて息絶えた。


「ここに辿り着いた時には、俺らを含めて五人しかいなかった」


「五人?」


「あんたら、分かれ道で真ん中を選んだんだろ? 運が良かったな。左の道の奥には……化物がいる」


 敵のねぐらを左と言い当てた斥候。

 魔法使いは遠くで欠伸をしている彼に畏怖を抱きながらも、今この時は口に出さなかった。


「化物?」


巨人トロルさ。俺の背丈ほどの棍棒を振り回していた」


「戦ったのか?」


「正直言えばすぐにでも逃げたかった。だが、ゴブリン共が物陰から姿を現して、入り口を覆った」


 そこからはあまり憶えていない。

 各々が逃げることに必死で、誰がどうなったのか。

 追手を振り切った時には今の二人しか周りにいなかった。


「俺たちは、助かるのか?」


「そのために来た、が。知っての通り、入り口少し手前には蝙蝠の魔物が待ち構えている。全速力で走ったとしても、必ず誰かは捕まる」


「この先だって行き止まりだ」


「あ、あの」


 後ろで話を聞いていた女子生徒が声を振り絞る。

 頬には返り血を付け、スカートだって泥と土で嘗ての清潔さは失われている。


「私、巨人の後ろに扉が有るのを見ました」


「本当か?」


「はい……逃げるのに必死で、一瞬だけでしたけど」


 震えている。

 忌まわしき光景は脳裏にこびり付いて落ちない。


「だとすれば、道は一つしかない」


「あの化物を、巨人を殺し、その扉が外に繋がっているのを祈る、か。冗談じゃねぇ。勝算も無しにまたあの部屋に行くなんて」


「だったらこの部屋で新たな助けが来るのをまた待つか?」


「あんたら、あれを見てないから言えるんだ……傷だってすぐに回復した。槍や剣で刺したところで焼け石に水だ」


 伝承では、巨人トロルの脅威は腕力と再生能力。

 矢を放とうが剣を振ろうが、すぐに傷は塞がる。

 殺すなら即死に匹敵する一撃で鏖殺おうさつするしかない。


「作戦なら、ある」


 戦士の呟きは皆の視線を掻っ攫った。

 槍の男が睨むように顔を向ける。


「作戦はあるだと?」


「勝てるかは知らん。だが、手はある」


「お前、あれを見てないからそんなことが言え――」


「ではその方法を教えてほしいっす」


 明かされた作戦は古典的であり、ゲーム上で親玉ボスを殺すのにおよそ採用される方法では無かった。

 戦士は周りを見渡し、己の手札を確認する。

 遠い記憶の中にいる姉は頭が良かった。たぶん、家族贔屓を抜きにしても。

 そんな姉はいつも、考える事の大切さを説いていた。

 勝算なんて分からない。勝てるかどうかなど知らない。

 それでも、何もしない理由にはならないだろう。

 少なくても彼は――姉がそうしていたように――今でも信じている。

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