第8話 拷問はお好きですか?

「う、うえぇぇ……」


 酷い嘔吐に見舞われる女神官プリースト

 無理もない。

 臓物をまき散らして死んだ者を目撃し、その上全速力で走ったのだから。

 途中で吐かなかっただけ上出来である。


「大丈夫か」


「なんで、平気なのよ」


「別に平気では無い」


 背中をさする男戦士ファイターは端的に答える。

 仲間を失った現場を目撃したのは彼女だけでは無い。斥候シーフも、魔法使いメイジだって見ている。

 だというのに……なぜ彼らは平然としていられるのか。本当に同じ高校生なのか。

 彼女には不思議でならなかった。


「歩けるか」


 もう後退は出来ない。

 退路には蝙蝠こうもり型の魔物が待機している。

 あの数を相手に入口まで走り切る自信は無い。一度捕まれば最後、仲間の死と同様の……いや、もっと惨たらしい結末を迎えるかもしれない。彼女は上空からの落下により、地面に叩きつけらた衝撃にて命を落とした。ではもし、生きたまま寝床へ持ち帰られたら? 痛覚を残したまま、魔物たちに肉を啄ばまれるか?

 想像するだけで胃液がこみ上げてくる。


「歩ける、わ」


「そうか」


 幼馴染はそれ以上言わない。弱音を吐いても、状況は変わらないことを自分以上に知っているからだ。


「隊列はどうするっすか?」


「そうだな……斥候、戦士、神官、魔法使いの順でいこう」


 魔法使いの意見に皆頷いた。

 残っているのは四人。

 索敵機能を失った以上、前衛を手薄にする訳にはいかない。

 携帯用照明ランプを前に突き出し、一党パーティーは闇の中を突き進む。

 一歩、二歩踏み出す度に足音が嫌に響いた。

 皆の呼吸は荒い。湿気を含んだ空気は辺り一帯に滞り、首筋付近にじっとりへばりつくような汗を促す。まるで骨まで濡れるような錯覚を起こすジトジト感だ。壁から突出した岩に触れた手だけがひんやり気持ちいい。

 ここまで一本道。

 未だに仲間の姿は見えない。

 もう命を落としてしまったのか。そもそも洞窟からではなく、他の場所から響いたのを聞いたのか。

 誰も口には出さなかったが、我慢もそう続かない。


「止まるっす」


「どうした」


「分岐点っすね。どっちに行くっすか?」


「何か罠は有るか」


「今の所は見えないっすね」


 戦士は腰に下げたランプを手に取り、左右の壁、地面、天井を照らす。

 指で振れた土がホロホロと崩れた。


「戦士さんの見解を聞いても良いっすか?」


「俺なら右を行く」


「その心は?」


「右側の壁には何かを擦って出来た傷が多い。それも最近出来たものだ。逃げた者たちに会えるとすれば、右だろう」


「なるほどなるほど、まあ、自分も右っすね。理由は地面に沁み込んだ血の量っす。明らかに左より多いうえに、戦士さんの意見同様、最近のものが多いっすから」


 斥候と戦士の意見が同じ方角を指すのであれば、後衛職に反論する余地は無い。

 足元に気を付けながら右側の通路を進む。

 すると僅かな光源に照らされた先に自由扉が見えた。

 門番はいない。中から音も聞こえない。魔物の気配はしないが、人の気配もしなかった。


「罠だと思うか」


「どうっすかね。ボクなら扉を開けた瞬間に矢の一本や二本は小手調べに飛ばすっすけど」


「だとすれば先に扉の前で死んでいる者がいてもおかしくない」


「あぁ、確かにっすね。なら大丈夫じゃないっすか」


「分かった」


 少し助走を付け、蹴破る様に部屋の中へ入る。

 矢は飛んでこない。落とし穴も発動しない。

 罠の類は仕込まれていないらしい。


「うぅっ」


 女神官は思わず口を覆った。

 周囲に散乱した肉塊と血の池。腐敗と噎せ返るような肝の汁の臭いは嗅覚を狂わせるには十分だった。

 床に倒れている者が誰なのか。判別しようにも顔面の皮膚が剥がされていてはどうしようもない。

 制服を着ている者もいれば、馴染みの無い服装の者もいる。

 壁には武器や農具で磔にされ、消え入りそうな呼吸をする者。


「奴らにとっての拷問あそび部屋か」


「そ、そんな事言っている場合じゃないでしょ! 早く助けないと!」


「待て」


 駆け寄ろうとする彼女を戦士が止める。


「どうしてよ!」


「ここにいる者全てを助ける気か?」


「当たり前でしょ!」


「なら後回しだ」


「はぁ!?」


 己が無意識に出した激しい叫び声が鋭く鼓膜を震わせる。

 キィッと幼馴染を睨んだ。


「ボクも戦士さんに賛成っすね」


「オレもだ」


 他二人も同意を示す。


「なっ!」


「落ち着け。別に見捨てる訳じゃない。ただ、今のタイミングでは難しいと言っているんだ」


「だ、だけどっ!」


「必要な者には応急処置を行い、部屋の中を探索し、使える道具アイテムを集め、先ほどの左側の通路を進む。途中に生き残りと会う事が出来れば、そいつらも混ぜてこの巣穴の親玉と子分を全滅させる。それからここに戻ってきて、外に運び出す。これが最速だ」


 瀕死の者も合わせるとざっと十数人。

 それに対し、こちらは四人。前には未知の魔物と親玉、後ろには蝙蝠型魔物の待ち伏せ。

 進むも地獄退くも地獄。


「……分かったわよ」


「そうか」


「だったら、早くこの部屋を探索し――」


「神官さんは少し落ち着いた方が良いっすよ」


 ひゅっと風を切り、斥候の腰に刺さっていた短剣が女神官の顔のすぐ隣を通り抜けた。

 断末魔が木霊する。

 後ろを振り向くと磔の後ろに隠れていた小鬼ゴブリンが棍棒を掲げたまま倒れるところだった。

 一瞬にして喉の奥が干上がる感覚。

 あのまま無防備に探索を始めようとしていたら、今頃自分はあそこで倒れている内の一人に。


「アイテムのある場所に敵や罠を潜めるのは死にゲーの常識っす」


 敵のむくろに蹴りを入れながら剣を抜き、血振りをくれて再び鞘へ。

 流れるような動きで武器を回収する姿は素人の動きではない。

 しかも本人は砂を噛むような様子。

 どんな生活を送っていれば、その域に達するのか。


「一先ず敵の気配はしないっすね」


「なら探索だ。俺と神官は右端からやる」


「じゃあ、ボクらは左端からやるっす」


 死体を漁り、背嚢を調べ、使えそうな物は回収する。壁に磔にされた者は下ろし、止血して、持ち合わせの布切れで出来るだけ体温を失わない様に処置する。


「貰うぞ」


 戦士は切れ味の悪くなった剣を捨て、仲間の腰から容赦なく武器を奪った。

 取られた方は何も言わない。いや、何かを言う気力すら無いと言うべきか。

 浅い呼吸のまま、虚ろな目で天井を眺めている。


「生徒の方は大丈夫っすけど、その他は疲労困憊で時間との勝負っすね」


「使えそうな物は回収した。戻って左側の通路を行くぞ」


 全員を今すぐ魔物の巣窟から脱出させたい。

 女神官は名残惜しそうに部屋を後にした。

 必ず助け来るから、と言葉を残して。

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