本当の気持ち

悶々とする日々が続く中、また問題が発生した。

 私を虐めていた子達が、再び私を虐め始めた。急なことで驚き、何故今頃になってまた虐め始めたのか分からなかった。彼女らが、私を虐める中で、女同士でイチャイチャして気持ち悪いというようなことを言っているのを聞いた。詳しく聞いていると、どうやら彼女らの中の一人が、夜、私と奏が手を繋いで帰っているところを目撃したようだった。確かに、私は奏のことを好きだし、手を繋いでいる時だってドキドキする。ただ、それは誰にも迷惑をかけているわけではない。奏に気持ち悪いと言われるならまだしも、彼女たちに言われる筋合いはないと思った。奏に出会う前なら、大人しくいじめに耐えていたが、今回は、強気に出た。私は、私の言い分を伝えた、もちろん、私が奏のことを好きなのを伏せたままで。ただ、こちらが一人に対して、相手は複数人だ、勝てるはずもなく無残にも虐めは続けられた。相変わらず彼女たちは、周りにはバレないようにした。


 彼女たちが去った後、私は一人、屋上への階段を上った。さっきまでの強気とは裏腹に、急に込み上げてくるものがあった。このまま死のうとさえ思った。同性を好きになることがこれほど辛く、奏と手をつなぐだけで気持ち悪いと言われ虐められるなら、いっそいなくなってしまえばいい。このままいけば、もしかしたら奏もいじめの対象になるかもしれない。奏は強いから、一人で何とかするかもしれないが、一度奏の涙を見た以上、奏を苦しめるようなことはしたくないと思った。

 屋上の扉を開けて、ここでは死ねないことに気付いた。屋上は鳥かごのようになっているから、飛び降りることは出来ない。

 その日は、仕方なしに家に帰った。家に帰っても、もう死ぬことしか考えることが出来ないようになっていた。奏を好きになった私が、間違いだったのだ。女子が女子を好きになるなんておかしな話なのだ、つまり、私はおかしいのだ、虐められて当然なのだ。自己否定感がどんどん強くなる。そんなことを、家の中で、一人でうずくまって考えていると、家のインターホンが鳴る音がした。こんな時間に宅配が来るのかとも思ったが、私には関係なかった。


「心咲―。」


 母が下で呼んでいる。何事かと思い、下に降りると玄関には、奏が立っていた。


「長谷川さん、心咲に用があるんですって。上がってもらったら?」

「ううん、お母さん、ちょっと私出かけてくる。奏、着替えて来るからちょっと待ってて。」


 そう言い残して、私は急いで部屋に戻り着替えた。今の心境のまま、奏と話せば確実に正常ではなくなってしまう。それは自分でもわかっていた。そんな姿は、家の中でいたくなかった。かといって、わざわざ学校帰りに来てくれたのに、このまま奏を追い返すのは忍びなかった。

 二人で家を出ると、私達は、あの公園に向かった。公園までの道のり、二人とも一言も発しなかった。公園に着いて、以前のように並んでベンチに座った。


「急にどうしたの?用って何?」


 本当はこんな言い方したくないのに、自然と冷たくなってしまう。


「心咲、今日、また虐められたんだって?」


 私は、奏の質問には答えなかった。答えれば、奏は必ず、私を助けようとする。奏に苦労は掛けたくない。


「やっぱりいじめられたんだね。なんで相談してくれないの?」


 珍しく奏が、声を荒げた。奏の目には、涙が溜まっていた。奏の顔を見ないようにした、見れば、私は必ず泣いてしまう。


「だって、奏に心配かけたくなかったから。奏に迷惑かけたくなかったから。」

「私は別に、心配をするのだって嫌じゃない、迷惑だなんて思わない!」

「奏が良くても私は、嫌なの。」


 私も自然と声が大きくなる。今回のことは、奏に大きく関係することだ。責任感の強い奏に話せば、必ず自分を責める。それだけは、何としても避けたかった。だが、想定外のことが起こった。


「心咲、私、心咲がいじめられた理由知ってるんだよ。」


 急に奏の、声のトーンが下がった。


「えっ、なんで…」


 私は、焦った。私がいじめられた理由を知っているなら、奏は今、どんな気持ちでいるのか。


「奏がいじめられてたって、夏希から聞いたの。あの子たちと心咲が、一緒に教室を出ていくの見て、夏希、後をつけたんだって。そしたら、心咲がいじめられ始めたけど、自分は怖くて、止めることができなかったって、一部始終を泣きながら教えてくれた…。だから、私は全部知ってる、私のせいで心咲がいじめられたことも…。」


 私がいじめられていたことを奏が、知っている理由はこれで分かった。しかし、最悪の結果だった。奏を巻き込みたくないと思っていたが、既に巻き込んでしまっていた。


「心咲、私、今日ね、本当はこれから私達、もう関わらないようにしようって言いに来たんだ…。」


 その言葉に、耳を疑った。


(今、私ともう関わらないって言った?)


 そんなことは、断じてごめんだ、今なら間違いなくそう言える。関わることが無くなったら、奏のことを好きな気持ちを忘れることが出来るかもしれない。虐められることも無くなるかもしれない。でも、そんな形で終わらせるのは嫌だ、奏とはずっと友達でいたい。その気持ちは確実にあった。


「私は、そんなこと許さない。私のためを思って言ってくれるなら、そんなのは私のためじゃない。私は、奏と一緒にいたい。」

「でも、私のせいでいじめられるんだよ、私が余計なことしたから…。」

「余計な事なんかじゃない、奏が私を思ってしてくれたことだから、私は気にしない。奏は、私を何度も助けてくれた、最初にいじめから助け出してくれたのも奏だった、私が私を変えることをできたのも奏のおかげ、今日だって、奏が来てくれなかったら、どうなっていたかわからない。奏は、必要なんだよ。私にとって、いじめられることよりも奏が、私の前からいなくなる方がよっぽど嫌だ。」


 気付かないうちに、涙が頬を伝っていた。奏が私をそっと抱きしめた。


「心咲、ごめんね…。私のせいで、こんなことになったのに。」


 私を抱きしめる力が強くなり、奏の声は震えていた。奏の胸の中は、とても温かい。どんなことでも受け止めてくれる、そんな気がした。


「奏に伝えたいことがあるの…」


 私は、心に決めた、奏に想いを伝えよう。今なら、もう怖くない、断られることなんて目には見えている。だからこそ、想いだけでも伝えたかった。心臓の音は、手を当てなくても聞こえる。奏が、首をかしげながらこちらを見る。


「私、奏のことが好き…」


 奏は、最初、キョトンとしていた。次第に、顔が赤くなり、下を向いて涙を流し始めた。奏は何も言わない、私もどうしたら良いのかわからない。しばらく、様子を見ていると奏は突然、私をまた抱きしめた。


「私も心咲のことが好きだった!」

「は、へ、えっ!?」


 どこから声が出たのか自分でもわからない。今、彼女は何と言ったのか。私の聞き間違いだろうか。


「奏、今なんて?」

「だ・か・ら、私も心咲のことが好き、大好きなの!」


 抱きしめていた手を放し、涙を流しながらも、いつものように笑った。


「私ね、1年生の頃、奏とクラスが一緒で、一人でも凛としていた心咲に何故か惚れたんだ。でも、心咲は私のことなんて興味ないと思っていたし、女の子が女の子を好きになるなんて変だって思ったから、自分の気持ちずっと押し込めて過ごしてたの。2年生になった時に、たまたま、心咲が虐められてるって聞いて、居ても立っても居られなくなって、勝手に動いちゃったんんだ。そしたら、心咲の方から、声を掛けてきたから、びっくりしちゃって。」


 私も驚かないわけがない。告白のし返しをされるとも思ってなかった、それにまさか奏は1年生の頃から私のことを好きだったなんて、考えられるはずもなかった。

 一呼吸おいて奏はまた続ける。


「心咲とは、どうすることもできないと思ってたけど、どうしても心咲と近づきたくて、ちょっと調子乗って、手つないだり、抱きしめたりしちゃった。ごめんね。」

「ううん、嬉しかったし、ドキドキもした。私もたくさん悩んだ。私は、奏のことを好きなんだって気付いたのは、田中君に告白された時だった。奏が好きについて教えてくれた時に、全部当てはまるのは奏だって思った。でも、私も奏と同じように、女の子同士の恋愛なんてしちゃダメなんだって思ってたから、どうすることもできなくて。奏が私のことを好きって言ってくれて本当に嬉しかった。自分だけじゃなかったんだって、思えた。」


 私も、自分の思いを奏にぶつけた。奏の行為は、全部わざとだったのか。まんまと策にはまってしまったような気もするが、結果的には良かったから、良しとしよう。


「ねぇ、私達付き合う?」

「えっ、いいの?私は付き合いたい、もっと奏といたい、もっと奏のこと知りたい。」


こうして、私達の、秘密の恋が今、始まった。


 後日談だが、私を虐めていた子達は見事に退学処分となった。退学理由は、もちろん私を虐めていたから。奏がバスケ部の友達に協力を依頼して、動いてもらった。証拠を集め、教師に突き出した。さすがの彼女たちも証拠を押さえられた以上、白状し、めでたく学校を去ることとなった。

 それからは、また私の日常が戻った。ただ一つ、私には、秘密の彼女がいる、誰にも話すことは出来ないけれど、いつも一緒にいてくれる、最愛の彼女が。


「奏、ありがとう。」


隣を歩く奏に呟く。

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ありがとうをあなたに 村木 岬 @MisakiMuraki

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