自覚

 奏の試合が終わってから、1か月が経った。徐々に気温が高くなってき、夏も本番に差し掛かっていた。この1か月、試合が終わっても奏の朝練が止むことはなく、私も飽きもせずに付き合っていた。それが、私の日課になってしまっていた。今までもなんの変哲もない日常だったが、今は少しだけ充実した変哲のない日常だ。

 そんな日常に、ある時、問題が発生した。クラスの男子、田中君に、放課後、屋上に呼び出された。これはもしかして、学園ドラマなんかで見る告白の呼び出しなのではないかと思いながら、屋上に向かった。仮に、もしそうだったとして、私はなんて返せばいいのだろう。正直、私には好きというものが何かがわからない。もちろん、付き合うなんてこともわからない。屋上の扉の前で、少し考えていたが、結論は出ない。もしかしたら、全く関係ない用事の可能性もある、とりあえず話を聞かないことには何も始まらないと思い、屋上の扉を開けた。そこには、田中君が、既に待っていた。


「田中君、どうしたの?こんなところに呼び出して。」

「如月、俺、如月のこと好きなんだ。だから、俺と付き合ってほしい。」


 やっぱり、そういうことだった。ただ、私は不思議と平然としていられた。返答には、些か、困ったが、少しだけ時間をもらうことにした。好きという感情がわからない中で、お付き合いを始めるというのは相手にも悪い気がする。

 田中君は、わかったとだけ言い、屋上から出ていった。


(よし、今日は、奏と一緒に帰ろう、そして、奏に相談しよう。)


 即決だった。困った時こそ相談できるのが友達だろう。奏を待つ間、何をするか迷ったが、定期試験も近づいてきたので、教室で勉強しておくことにした。19時、そろそろ練習が終わる時間帯だ。練習は終わっても奏の練習はまだ終わらないだろうと思ったが、カバンを持って、体育館へ向かった。体育館へ向かう際中、バスケ部の子達とすれ違ったが、その集団に奏はいなかった。

 体育館を覗くと、やはり奏は、また一人で練習をしていた。私は、靴を履き替え、体育館の中に入っていった。それに、気付いた奏は、練習の手を止めようとしたが、私が満足するまでやってと言うと、大人しく練習を再開した。私も、朝練の時と同じように、壁にもたれかかって、奏を見ていた。しばらくすると、一段落着いたのか、奏が、片づけを始めたので私も手伝った。朝練の時とは違い、片づけるものが多かったが、日々やっている分、問題もなく二人でさっさと片づけた。片づけの後、奏は、着替えることなく、帰り支度をした。この時期は、練習着の方が涼しく、この時間なので注意されることもないそうだ。私達は、体育館のカギを職員室に返し、校門を出た。


「田中君に告白されたんだって?」


 奏がにやにやしながら聞いてくる。どうやら、噂が広まっているようだ。


「うん…。」

「で、なんて答えたの?」

「少し待ってほしいって、だって、好きって何かわからないし、それで付き合うっていうのもなんか変かなって思って、だから、奏に相談したくて…。」

「そんなことだろうと思った。心咲が私の練習終わりを待つなんて珍しいから、なにかあるとは思ったけど。」


 奏には、お見通しだったようだ。事情が分かっているなら、話が早い。まっすぐ聞いてみた。


「奏は、好きって何だと思う?」

「う~ん、私は、一緒にいて楽しい、安心するって思ったり、一緒にいるときとかその人のことを考える時にドキドキしたりすることじゃないかなって思う。」


 一緒にいて楽しい、安心する、考えるとドキドキする、身に覚えのある感情だ。その感情を抱くのは、私の中ではただ一人しかいない。でも、それは同級生の男子でも、先輩や後輩の男子でもない。今、私の隣にいる奏、その人だ。確かに、奏と話すようになって毎日が楽しくなったし、奏といる時は、気負いすることなくありのままの自分でいられた。それに、奏に手を握られた時や、抱きつかれた時に感じた鼓動の高鳴りもそうなのだろうか。でも、もしそうだとしたら私は、奏に恋をしていることになる。それは、絶対にしてはならない大恋愛だ。異性を好きになるならまだしも、同性を好きになるなんてどうかしている。偶々、奏の考える好きが当てはまっただけに違いない。自分に言い聞かせながら、高まる感情を抑えようとしたが、一度考えてしまうとなかなか抜け出せない。抑えては出てき、出てきては抑えを繰り返しているといつの間にか、家の前に着いていた。奏に、好きについて教えてもらってからの記憶がない。


「奏、私、ちゃんと話してた?」

「うん、なんでそんなこと聞くの?」

「ならいい…。」


 無意識のうちにも会話はしていたようだ。とりあえずは一安心だが、奏を見送った後もそのことは頭から離れなかった。夕食を食べている時も、お風呂に入っている時も、部屋にいる時も、寝る直前も、頭の中を巡っている。そして、時々奏のあの笑顔が脳裏をちらつく。もし、私が奏のことを好きだったとして、どうなるというのか。奏は、普通に男のことを好きになり、男の子と付き合い、いずれ男の子と結婚するのだ。私が想いを告げることなんてことはできない。仮に奏に伝えたとして、嫌われてしまったらどうしよう、気持ち悪がられてしまったらどうしよう、そんなことが頭の中を巡る。考えれば考えるほど、奏のことを好きだと思い、その気持ちを伝えることが出来ないもどかしさに悶々とする。次第に、自分の中で、わからなくなってき、自然と涙が溢れてきた。枕に顔を抑えて、必死に涙を抑えようとしたが、とめどなく流れ続ける。胸がぎゅっと締め付けられる、動悸が早くなる。私は泣き続けた、泣いて泣いて、涙を流し続けた。そして、気付いた時には、朝になっていた。いつの間にか眠ってしまっていた。ちょうどいつも起きる時間と変わらなかった、そのまま朝の支度のために下に降り、洗面所に行った。鏡を見て、自分の目が腫れていることに驚いた。泣いたまま寝た上に、枕に突っ伏していたのでひどい顔になっていた。家を出る直前まで、顔に冷水を、少しだけ腫れを引かせた。

 電車で奏にあった時は、昨日ほど気持ちが昂ることは無かったが、それでも鼓動は早くなった。目の腫れを奏に心配されたが、本を読んで感動して、泣いて、そのまま寝てしまったらこうなったと嘘をついた。奏は、それで納得してくれたから、助かった。


「そういえば、田中君のことどうするの?」


不意に聞かれて、私は焦った。田中君には申し訳ないが、すっかり忘れていた。それに、昨日の私はそれどころではなかった。


「断るかな…。」


奏のことを好きである以上、好きでもない人と付き合うのは失礼だと思ったからだ。奏は、そっかとだけ言って、別の話題に切り替えた。

 私は、その日のうちに、田中君に付き合うことは出来ないと伝えた。入学以降、虐められていた私からしてみれば贅沢なことをしたとも思うが、仕方がない。その時の彼は、落ち込んでいたが、これからも友達でいてくれたら嬉しいと言われたので、それにはもちろんと返した。それを聞いた彼は、不安から解放されたようで、明るい面持ちになっていた。

 その日の夜、奏からメッセージが来た。


『田中君には、伝えられた?』

『伝えられたよ』

『そっか、良かったね』


 奏は奏なりに心配をしていてくれたのだろう。やっぱり奏は優しい。好きだと気づくと、小さなことでも良いように見えてしまう、恐ろしい。早くこの気持ちを忘れ去りたいのに、なかなか忘れさせてくれない。

 翌日も、翌々日も、忘れるどころか日に日に気持ちが増していった。

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