第45話 迫撃
「待て、ドルス! そもそもが先に攻めてきたのは帝国だった! 我々は自分たちを守るために戦った! 進んでパンゲアノイドを殺してまわった訳じゃ……」
「黙れ!」
ドルスは口元から泡を滴らせ、一喝した。
「嘘つきめ! 私が持ちかけたのはベルトーチカへの侵攻軍の足止めだったはずだ。皆殺しにしろなど誰が頼みましたか? それだけではない。あなたは独断でラムナック大要塞をも破壊しようと、途中から変心した」
「戦いには勢いというものがある。その場その場で状況判断は変わってくる」
「違いますね。あなたは野心からラムナック大要塞攻略へ向かった」
「それは……それは一体なんのことだっ?」
「フン。シラを切る気ですか? まあ、あんな恐ろしいことを口にはできないでしょうね。でも、私は知っている。突き止めた。あなたが真に魔性を秘めた恐るべき存在であると。まさに魔性の機械戦士だったと」
ドルスは憤怒の表情でラティアをにらみ据えている。
「そのくせあなたと来たら……はっ! 今や幼なじみやかつての上司と戯れて! まったく、狂ってる! 何十万人というパンゲアノイドたちを戦場で殺したのに、浮かれ、踊って、コーヒー片手に語り合い。兄を失い天涯孤独となり、耐え難きを耐えて人間をかばった私は仲間から爪弾きにされているというのに。まったくヘドが出る! 方や人間を助けようと働き、方やパンゲアノイドを殺してまわったというのに。カフェバーでロナウやボギーと平和を楽しむあなたを見て、私は憎くなった。当然じゃないですか! あなたに引きちぎりたくなるような殺意を抱くようになった。誰だって、そう思う! それでも、それでも人間である限りあなたを殺すことができなかった! その忸怩たる私の思いを、あなたはわかってらっしゃるか?」
ドルスは百式携帯ロケットランチャーを傍らに放り捨てた。
「兄の遺品である百式で、あなたを吹き飛ばす。それが私の目論見でしたが……」
上体を屈めると折り重なった鉄骨の間に太い腕を突っ込み、鉄骨の山をまとめて投げ飛ばした。鉄骨が枯れた木の枝のように軽々とばらまかれた。床に何度もバウンドしながらドッグに重い金属音を鳴り響かせる。
「ハン! 我ながらどうかしてる! やっと、逃げ回れないよう追い込んだというのに」
ラティアの下半身を埋め尽くしていた鉄骨は、ドルスの腕の一振りで全て取り除かれた。
ラティアは身をすくめた。逆手であるとはいえ、ラティアですら手に負えなかった鉄骨をドルスが容易く払いのけた。
「Sクオリファー・ワン・ラティア! 私を赫怒させた代償を、その身で償ってもらうぞ!」
ラティアは立ち上がろうとして前のめりに倒れかけた。苦痛に顔がゆがむ。
鉄骨の重量がラティアの右足首を曲げてしまった。ラティアは右足を引きずりながら、わずかに後ろへ下がる。そこへドルスの巨体が覆いかぶさるように襲いかかってきた。
「私は死なない! 死ぬもんか!」
ラティアは迫るドルスへにらみ返す。体の向きを変え、左足を軸に踏ん張った。
「うおおおおお!」
両腕を揃え突き出し、ドルスの胸元へ両手掌底打を打ち込んだ。
だが、左足一本では体重を乗せきれない。威力の落ちる掌底打で、ドルスの体は全く揺るがなかった。逆にドルスが大きく振り払った腕がラティアの腹部を捉えた。
一直線に吹き飛ばされ、ラティアは背中から壁に叩き付けられた。
衝撃で視界にノイズが走る。意識が遠のきかける。
落ちるな! 足に力を、力を、力を。
蹴れ、逃げろ、逃げろ、逃げろ。
重心をずらせ、左へ倒れ込め。
そう身をずらした瞬間、ラティアのすぐ脇を不気味な風圧がよぎる。ドルスの巨体が跳び込んできて、分厚い壁が轟音とともに粉砕された。
ラティアの視覚が正常に戻ったとき、崩れた壁の中からドルスがぬっと姿を現した。
「そうだ、いいことを教えておきましょう。あなたと互角以上に格闘してみせたスフェーンKは、私が粉砕しました。始末するのに、一分もかかりませんでした。確かスフェーンKのサイボーグ技術は、あなたより進歩したものでしたよね? 彼の貴い犠牲のおかげで、私はあなたをひねり潰す自信が確信に変わりました」
ドルスが左拳を繰り出す。ラティアは、ファンデリック・ミラージュを発動する。
ドルスに幻覚を見せ、ラティアのいない、あらぬ方向へ攻撃させようとした。ドルスが振りかぶる左拳の軌道から、わずかに体を移動した。
だが繰り出したドルスの拳は軌道を変え、まともにラティアの顔面を捉えた。
ラティアは再び壁に叩きつけられ、驚き、目を見張った。
「無駄です。ファンデリック・ミラージュの原理は知っているのですよ。あなたのモノポリウム・テクノロジーはやっかいですからね。あの電磁波のせいで、ベルトーチカでは体の電子部品がやられてまったく動かなくなりました。ですが、今は備えも万全」
ラティアは右足を引きずり、懸命にドルスから逃れようと後退する。ドルスはラティアをゆっくり追ってくる。
「そればかりではありません。ふふふ、まだお気付きになりませんか? 人間、チェニス・ワグルムの正体を」
「……磁場変動演算プログラムは……ドルス、お前が作動させていたのか」
「ご名答です。人間チェニスは実在しない。あなたの頭の中にしかいない幻影なのです。私が磁場変動演算プログラムを活用させてあなたに見せていた架空の人間に過ぎない」
ドルスがにんまりと笑う。
「あなたを殺す方法をいろいろ考えました。まずシステムそのものである、あなたを外部からハッキングして操縦できないか試してみました。もちろん、人類が持てる科学の粋を結集したシステムです。セキュリティは万全、外部からSクオリファーを人形のように操る、そんな間抜けなことがあるはずがない。……いや、意外にもできてしまった。ごく一部ですが、できてしまった。あなたの頭部領域が一部損傷していた。そのせいでセキュリティが一部、緩んだのでしょうか?」
笑いを浮かべるドルスに対してラティアの表情が凍り付いていく。
「ともかくもそこを足がかりに、磁場変動演算プログラムを動かせるようになり、人間チェニス・ワグルムを、幻影をあなた自身の脳裏に現すことに成功しました」
ラティアに気付かれず、いつも突然姿を現すチェニスはラティアの脳裏にいた。けれどもチェニスの正体以上に、ラティアをもっと恐れさせていることがある。
「同時にあなたの思考をも、全てではないにせよ、一部を読み取れるに至りました。ラムナック大要塞へ向かったときのあなたの邪悪な思考も読み取れた。恐ろしいですね。あなたは自身の、人間の能力を超えた力に自信を深めた。そしてあのとき、ラムナック大要塞を落とした後に革命を起こそうとしていた。かつてSクオリファー・ファイブ・バウンズの目論んだ、Sクオリファーによる、機械が人間支配する独裁を、あなたも考えた。フェムルト共和国を乗っ取り、支配しようとしていた。違いますか?」
「違う! それはお前の思っているようなものではない!」
「ほう。どう違うというのですか?」
「あの戦いは一部の人間の間違った、狭小なナショナリズムが引き起こしたものだった。あのまま政府中枢にラーメド機関が居座る限り人類は破滅してしまう。だから私が彼らを駆逐して政府の方向を正そうとした」
「それが独裁そのものではありませんか。よもや正しいことをすれば法は曲げても許されるとでも? 私は人間の法体系は詳しくはありませんが、根幹は帝国と変わらないはず。国家転覆は反逆罪ですね? 法を犯してまで意を通す、それはあなたがた人類が蔑視する野蛮人だ」
「し、しかし!」
「まあ、お待ちください」
ドルスは歩みを止め、ラティアへ手を前にして遮った。
「私の話を聞いて下さい。反論するなら、その後で伺いましょう.お約束しますよ」
心底おかしいように、押し殺した笑いを漏らした。
「実はこの成功に至った背景、すなわちあなたの頭部に損傷があることから、ふと私は気付いたことがあるのです。突拍子もない気付きでしたが、私は大変興味深いことだと思いました。それを仮説とし、科学的に検証してみました」
ラティアは青ざめ、痛む右足をかばいながら走り、逃げだした。しかしラティアをあざ笑うかのようにドルスが急速に迫った。ドルスは足を動かさず、宙に浮かび上がる。そのまま床の上を滑るように進む。接近し、走るラティアの前へと廻り込み、行く手を塞いだ。
代々木原野では雪原に足跡も熱の痕跡も見つからなかった。一瞬にして姿をくらませたのはチェニスの仲間ではなく、極低温のマイスナー・エンジンで宙を浮揚していたドルス自身。
ドルスは更に拳を打ち据える。ラティアはその都度、倒れんばかりに右へ左へ体をぐらつかせた。倒れたら最後だった。そのときには、ドルスが全体重を乗せてラティアを踏みつぶすだろう。ラティアは崩れ落ちかけながらも、倒れまいと右へ左へ、辛うじて身体を泳がせ、踏みとどまり続けた。
面倒とばかり、ドルスの大きく振りかぶった右腕がラティアを捉える。足が不自由なラティアは逃げきれず、両腕でブロックするが、はるかかなたに吹き飛ばされた。
「どうしましたSクオリファー! 教えたじゃないですか、スフェーンKは私が一分で粉砕したと。スフェーンKより貧弱なあなたは逃げるしかないんです。私のパワーに対抗しようとしても、死期が早まるだけですよ!」
ドルスの金色の目は狂喜していた。その目は興奮し敵をうち倒そうとする獰猛なパンゲアノイドの本性が剥き出しとなった目だった。ラティアは壁を背に、懸命にはい上がる。
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