第44話 ドルス・ワグルム

 ラティアのヘキサセルディスプレイにセンサゲージが次々に表示され、計算式が併記し映し出される。鉄骨の重量と位置を計測し、鉄骨にかかる力を計算し、もっとも効果の上がるポイントを割り出す。ラティアは上体をひねりながら鉄骨をつかむ位置を微妙に変えた。

 そのとき、わずかに鉄骨が浮き上がった。だがそれでも足は動かなかった。

「無駄ですよ。あなたのその頭に仕込まれた量子プロセッサが幾ら計算しようと、もうおしまいなんです。空中戦艦ガイエルドムクスでの戦闘で、あなたは同じように鉄片に足を挟まれ動けなくなりましたね? あのときの出来事を再現してみせたんですよ」

「随分念入りに私のことを調べているようだな、ドルス・ワグルム。ガイエルドムクスでの出来事は、チェニスから聞いたのか?」

「ほう……どこまで分かったんでしょうか? 私と兄のことを?」

「グエンからチェニス・ワグルムは私が殺していると教えられた。それで占領統治府のデータバンクから改めて調べた。パンゲアノイドのチェニス・ワグルムについてだ」

「ああ、あのおしゃべりな総督閣下がヒントを与えたのですね。ですが本当のことを言うと、尊敬するあなたが、いつ私の正体に気付いてくれるのかも、楽しみにしていたんですよ」

「尊敬……だと?」

「はい。ベルトーチカ会戦の英雄を嫌うパンゲアノイドなどいません。私も、あれには心震えました。兄の仇であなたを殺したいと思っていた私の執念も、一度は吹き飛んでしまった」

「それでも私を殺そうとするのか?」

「はい。公的な理由がくわわったのです」

「公的な理由だと? 帝国はやはり私を抹殺しようとしているのか」

「いえ。あなたを利用したがる愚かな帝国とは関係ありません。もっと大きな、これは天から課せられた、私の使命と思っています。大戦中、さらには戦後も含めてあなたを観察することで、私の視点はもっと高いところに至った。分からないといった顔ですね? 順を追って説明しましょう。兄の復讐は、私の小さな、あくまで私的なものでした。パンゲアノイドらしくないとお笑いでしょうが、私は割と人間に近い性格でしてね。執念深い。過去を忘れることができない。かつて私は情報将校として、兄とともに空中戦艦ガイエルドムクスに乗船していました。この百式は兄が死んだとき、私も半死半生になりながら遺品として持ち帰った物です」

「随分まわりくどいことをしてきたな。わざわざチェニスの名を語らせた人間を仕立てて、私をベルトーチカへ引っ張り出すなんて」

「兄とともにあなたを殺したくてね。そして戦場での戦いなら復讐とは言いがたい」

「まさか、ベルトーチカの戦いを起こしたのは」

「はい。私が偽の指令を出しました。情報将校ですから、こういうことは得意分野でして」

 ドルスが微笑みを浮かべる。穏やかで知的なで、そして自分を微塵も疑わない明るさで。

「私への復讐のため、人類を皆殺しにしようとしたのか。お前は」

「いいえそんなことはありません。私は人間を救いたくて情報将校をしていた。嘘出任せじゃない、信じてください。本当です。それがこじれて二重スパイ容疑をかけられたくらいですから。ガイエルドムクスへは『保険』のため、半ば人質として乗船させられていたんですよ。結局ガイエルドムクスはあなた方によって撃沈され、兄は死にました。ですが、それでも私の人間を救いたい気持ちに揺るぎはなかった。だから、他の人間に被害が及ばぬよう、あなただけに復讐しようと。あくまで戦争で、決闘で、あなたを始末するつもりでした。ベルトーチカであなたさえ最初にケリを付ければ、皆が救われたはずでした」

 しかしほほ笑みを浮かべていたドルスが、不意に目をそらした。かすかに体が震えている。それはパンゲアノイド特有の、怒りを内に押し殺した仕草だった。ドルスが向き直った。まばたきするのも忘れ、血走った視線をラティアに注いだ。それでも自身を落ち着かせるように一旦は首を振り、再び口を開いた。

「やはり気付いていないようですね。私はね、あなたの純粋さに見せかけた欺瞞が……ゆ、ゆ許せ……許せない……んですよ」

 ドルスはまた全身を激しく身震いさせた。

「あなたは、私が帝国で何と言われていたかご存じですか? 『裏切り者』ですよ。いや『ピンクスキンのご用伺い』と呼ぶ輩もいた。だがそれは違う。私は大戦が始まる前から、人間を敬愛してきました。発展した科学と社会を持ち、実際、私が接触した人間たちは皆、聡明で知的な文明人だった。大戦中、情報将校になったのも、少しでも早く人間が和平に動くよう働きかけたかったからです。私は人間を助けたかった」

 そこまで告げたところで、ドルスは一層体を震わせ出だした。内からこみ上げてくる怒りを押し殺すかのように両腕で体を押さえ付ける。荒い呼吸を整えている。

 突然、ドルスは向きを変え、誰もいない方へ爆発するように罵った。

「違う! 私は裏切り者じゃない! ただ人間と争う無意味を説いてまわったにすぎない!」

 ドルスの視線はラティアを離れている。目に見えない誰かに向かって口論している。

「なのに結果は! 結果はどうだ! 兄は人間に殺された。私は天涯孤独の身になった。それでも人間と争わないと? 兄を殺した相手にまで媚びを売るだと?」

 ドルスは駆け寄るように見えない何者かへ詰め寄る。口から泡を吹きながら。

「違う! だから私は汚名返上をしようとした! 知らぬとは言わせん! 知っていたはずだ! ベルトーチカで、私は帝国の切り札として臨んでいたじゃないか! 近代戦に、お前のような古くさい剣士風情を尊ぶ方が、よほど! よっぽど、帝国への裏切り行為だ! まったく! どうかしてる!」

 ドルスは口元から泡を滴らせ、肩で息しながらラティアへ振り返った。

「そうでしょう? 言ってやって下さい! あのガルジア剣士はあなたに瞬殺された。それをきっかけに機甲八個師団は崩壊。でも良かったですね。奴のおかげであなたは命拾いした」

「ガルデニック・ゴレイのことを言っているのか?」

「そうです。彼が命乞いをしたんですよ。是が非でも先に、我に戦わせろと。司令官が私の投入を決めていたのに。剣士のエゴで五十四万人が死んだ」

 ラティアの表情が凍り付いた。

「あのとき私が戦っていれば五十四万人は死なずに済んだ! 剣士が死んだ瞬間、あなたは新兵器を投入した。そう、あの電磁兵器で私の身体は機能不全となり使い物にならなくなった。たった一つの順番の狂いが、五十四万人を死へ追いやった。あなたはあそこで終わらねばならなかった。戦後あなたは伝説となり、讃えられ、今も生きている。でも、それはあってはならない物語だ! 続いてはいけなかった命だった!」

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