第46話 S001L-B

 立ち上がりかけたラティアに、ドルスが体当たりをしてきた。そのままラティアの体はドルスに押し込まれ、壁の中にめりこんだ。崩れ落ちる瓦礫の中、ラティアはついに倒れ込んだ。砂塵が猛然と吹き上がる中、ドルスは無造作に足をつかみ、彼方へ放り投げた。ラティアは床に全身を激しく叩きつけられた。うめきとともに吸い込んだ砂ぼこりに激しくせき込む。

「どうです、少しはこたえましたか? 実はね、あなたをひと思いに殺したくているのを、一生懸命我慢しているのですよ。私の怒りをあなたによく味わってもらおうとね。生かさぬように殺さぬように。どうです、絶妙な加減でしょう?」

 ラティアは不自由な足を引きずり、壁に手をかけながら懸命にはい上がる。

 ラティアは剣に手をかけた。細く、長い剣が鞘からゆっくり抜かれる。その剣は地球伝来の古い剣。柄も鞘もところどころ表面がはげ落ちている。何の変哲もない古びた剣にすぎない。

「そんな剣では、私はおろか普通のパンゲアノイドさえ殺せませんよ?」

「この剣はかつて私を、人間として、大切な人間と見なしてくれた人から手渡された。私の精神そのものだ。お前がそれを否定するなら、私はこの剣とともに戦う」

 それを握る両手はラティアの行く末を悟り、震えている。

「ほう……機械が恐怖で震えている。けれど、それはあなたの量子プロセッサが論理演算して人間らしくふるまわせている、フェイク。見せかけだけの感情なんでしょう?」

 ドルスの侮辱に覚悟が決まる。震えは、恐怖から沸き上がる怒りに変わっていく。

「……私は……人間だ……」

 ラティアは剣を正面に構えた。

「いいや、あなたは人間ではない。人間のまねをした機械だ」

 ドルスは怒りの表情から一変し、静かに、哀れむようにラティアを見下ろした。

「先ほどの話の続きです。人間チェニスの幻影を作り出した『ごく一部の領域』、それはなんらかの物理的な破壊を受けたメモリバンクとその制御領域の残骸、それと独立した大容量外部通信回線が有りました。ところが全く同じ機能のシステムがもう一セット、あなたの頭部に存在していました」

 ラティアの怒りの表情が一瞬にして狼狽へ変わった。その手は怒りから、動揺・脅えの震えへと変わった。

「それらは壊れた領域より一回り小さなサイズのシステムでした。試しにハッキングしても、そちらは全く入りようがない。そこは正常に機能しているということです。ただし、大小二つのシステムは完全には独立していなかった。壊れた大きなシステムの領域から小さなシステムへ干渉させることまではできた。干渉された結果、あなたはいわば無意識のうちに私によって操作され、このドック内部奥深くへやってきた。ところで、大小二つの同じようなシステム領域の存在。これは一体、何を意味しているのでしょうか?」

 ラティアはドルスの言葉を半ばからは聞いていなかった。真実を、日頃ラティアが意識しまいと心の奥底にしまい込んでいる真実に、ドルスは迫っている。

「私はこれをシステム本体とバックアップの関係ではないかと仮定しました。正常に動いている小さい方の領域について、量子プロセッサと付随回路群、メモリバンクがあるだけと計算した概算値と観測したエネルギー量がほぼ一致した。またそこに、人間の霊魂を納めるような特殊構造を動作させるエネルギー量は観測されなかった。では、インストールされたはずの人間の霊魂はどこに納められているのか? 破壊された大きなシステムのどこかにあった、としか考えられません。そこまで考察したところで、私は恐るべき結論にたどり着きました。良いですか、科学的検証の結果から得られた結論です。チェニスやフェムルトの魔獣などといった幻とは違う。よほど恐ろしい、真実の結論です」

 ドルスの声に、恐怖がラティアの体を硬直させていた。

「小さなシステムの名称はS001L-B。それがあなたの正体。すなわち、あなたは人間ではない。あなたはバックアップ・システムなのですね?」

 剣が、ラティアの腕からこぼれた。それは床ににぶい音を立てて弾けた。

 静まりかえったドックに、ラティアの押し殺した悲鳴が小さく漏れた。

 目を閉じ、両手はすがるように耳を塞いでいく。

「ラティア・メルティは既に死んでいる。死んで、あなたが置き換わった」

 壁を背にするラティアの体が、床へ崩れ落ちた。

「あの大きなシステム、S001L-Aにこそ、ラティア・メルティの霊魂が存在していた。何が原因で壊れたのかまでは知りません。ですがメインシステムが破壊されて以降、バックアップシステムであるあなたは、ラティア・メルティの記憶を引き継ぎ、ラティア・メルティのふりをしている。それがSクオリファー・ワン・ラティアという機械の正体」

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