第42話 要塞

 一方ラムナック大要塞では、全ての警備兵が要塞本塔内各所に閉じ込められていた。ロナウの手引きでラティアの統化から回線を全て遮断し、要塞のシステムを制圧制御したためだった。それを踏まえてスフェーンK達は、なんなくラムナック大要塞内部へ侵入していた。

 ところが要塞敷地内を進んで程なく、突然パンゲアノイドの警備兵が現れ、ゲリラと警備兵の乱戦が始まってしまった。

「畜生、ロックを解除しやがった!」

 携帯端末を確認しながらアゲッツが忌々しげに叫ぶ。一方、ロナウも傍らで端末を操作して状況を確認していたが、やがてスフェーンKに向きなおった。

「潮目が変わった。ちいとヤバイかもしれん。こういうときは引くもんだ」

 毒蛇の嗅覚が危険を嗅ぎ取っていた。けれどもスフェーンKはロナウの指示を聞かなかった。アゲッツたちをロナウに付け、無理やりバンデルツァルクスへ先行させた。ロナウは引きずられながら撤退しろと怒鳴り続けていたが、スフェーンKは無視した。

 この大要塞を目の辺りにしたとき、既にスフェーンKはその威容に心を奪われていた。

 高さ二十メートルの強固な防護壁が周囲を取り囲み、その内側に更に上へ伸び上がるように漆黒の大小構造物が密集し、あきれるほどの数の巨大砲塔群が周囲を睥睨している。中央には巨大な鉱物結晶のような要塞本塔があり、四百メートルもの高さで天に向かってそびえ立つ。そして要塞に寄り添うように、大きな方形をしたバンデルツァルクスの建造ドッグがあった。

 通常の尺度で測りきれないスケールを目の当たりにしたとき、人は別の尺度を持ち出す。スフェーンKの心にはラティアが思い浮かんでいた。ラティアが落とせなかった大要塞。それがスフェーンKの新たな尺度になってしまった。

 当初の作戦計画は空中戦艦バンデルツァルクスを奪い、その火力でラムナック大要塞を破壊することにあった。空中戦艦を奪うための要塞侵入で、要塞はあくまで通過点にすぎなかった。仮にこの大要塞を占拠したところで、数十人のゲリラで維持するのは不可能なことはわかりきっていた。フェムルト征服の象徴である大要塞は破壊し、バンデルツァルクスも要塞破壊後に海へ沈めてしまう計画だった。

 けれどもラティアという尺度を持ち出してしまったが故に、自分の力で大要塞を占拠したいという対抗心が首をもたげてしまった。俺ならできると。警備兵が群がり出てきたのがきっかけとなった。これらを相手に一戦し、要塞本塔まで駆け上がろうと野心が暴発していた。

 スフェーンKは要塞塔に見入られ自身の直情で動いてしまった。その瞬間ロナウすら邪魔になっていた。ロナウを排除し、自ら肉弾戦を展開しだした。スフェーンKの前に群がる警備兵は、ざっと見渡しても十数人にすぎない。まして噴霧させた硫化ベデロクスが充満している。よろめく警備兵たちをスフェーンKは無造作に惨殺し続けた。

 周囲のパンゲアノイド兵は全て打ち倒した。そのはずだった。

 紫の煙が流れる中、奥からパンゲアノイドが一人姿を現した。そのパンゲアノイドは硫化ベデロクスガスが漂う中でも悠然と進んでくる。パンゲアノイドの左腕につかまれていた何かが、スフェーンKに向かって投げつけられた。それを片手で払いのけた瞬間、はっとなった。飛んできたものはロナウを引きずっていったアゲッツの首だった。

 それを見てスフェーンKはようやく気付いた。要塞塔に見入られ自分が心変わりしたことが致命的なミスになってしまったと。乱戦で配下のゲリラが半数ほどに減ってしまっていた。

 目の前に現れたパンゲアノイドは大戦中の帝国情報将校の制服を着て、ほほ笑みを浮かべている。そして、ゆっくり拍手をしていた。

「復讐するのは恥ではない、という人間のことわざを私は知っています。私はあなたの耳にある赤いイアリングの由来を知っています。いや、実にすばらしいですね。死んだ家族の復讐に生涯を懸ける誇り高き戦士! 称賛に値しますよ。我々パンゲアノイド社会とは違い、あなたのような復讐に燃える闘士がたくさんいる。やはり人間はすばらしい」

 そのパンゲアノイドは、くどいまでの低姿勢で語りかけてくる。スフェーンKは、片隅に唾を吐き、パンゲアノイドをにらみ付ける。

「なんだと! トカゲ野郎が何を抜かす!」

 スフェーンKはパンゲアノイドに飛び掛かった。握りしめた機械の右拳をパンゲアノイドの顔面に叩き込む。だがパンゲアノイドはそれ以上の早さで、右拳を左手で鷲掴みした。右拳をつかまれたままスフェーンKは宙づりになった。

 スフェーンKは自身のサイボーグの体に絶大な自身を持っていた。Sクオリファー・ワン・ラティアですら、あしらってみせたボディだった。パンゲアノイドに数倍するパワーを持つこの体は、一匹のパンゲアノイドを殴り倒すことなど造作もないはずだった。

「驚いているようですね。あなたは今、胸中でパニックを起こしているのでしょうが、いやなに、そんな大したことじゃない」

 パンゲアノイドは無造作にスフェーンKを振り回し、その右腕をひねり、ねじきった。

 金属の腕が甲高い音をあげて破壊された。

 右腕を破壊されたスフェーンKは、それでも回し蹴りを左膝側面に打ち込んだ。巨体を支える膝関節でも弱い部分、ここを砕いて反撃しようとした。だがパンゲアノイドは素早く、スフェーンKの脚より高く左足を上げ瞬時に踏み砕いた。

 踏み砕かれたスフェーンKの右足は引きちぎれ、傍らに蹴り飛ばされた。

 スフェーンKが地に伏せている間に、ゲリラが一斉に銃撃を加える。しかし、彼は振り向きさえしなかった。その身体は銃弾を弾き返し、揺らぎもしない。

「私達が人間より科学技術は劣っている。それは事実です。かといって石器時代の原始人ではないのですよ。Sクオリファー技術の全容はいまだ明かではありませんが、肉体を機械化するサイボーグ技術は既に帝国にも、もたらされているんです。そして、体のサイズの違いが、あなたとは決定的な差となる」

 パンゲアノイドの巨大な脚がスフェーンKを踏み潰した。

「スフェーン。ダイヤモンドをも超える輝く宝石にして、その実もろくもある。名前の通り鮮烈な輝きを放ちながらも、もろく呆気ない最期でした。あなたはゲリラ組織へロナウ・ヘイズを抱き込み、Sクオリファー・ワン・ラティアを新渋谷へ、そしてラムナック要塞へと引っ張り出す役目を担ってくれました。狭量な民族主義ゲリラではありましたが、あなたは十分役に立ってくれました。ありがとう。でも、もう用済みです」

 パンゲアノイドは足を除け、丁重に頭を下げた。

 サイボーグのパンゲアノイドの巨体が宙にふわりと浮き上がった。空中戦艦をも空へ浮揚させる、帝国の超伝導マイスナーエンジンによるものだった。その巨体が向きを変え、残るゲリラたちへ高速で迫る。残るゲリラたちも瞬く間に殺されていった。

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