第41話 いつかは分かる

 廃坑前の広場でゲリラの少年少女たちは全員拘束された。一方、治安部隊もラティアから距離を置いていた。おびえる視線でラティアのことを盗み見ていた。

「部下たちは、どうも血気に逸りすぎたようだ」

 平然と語るグエンを、ラティアはにらみ据えていた。

「だが一方で、君は侵略行為に加えて我々の公務を妨害した。君がなんと言おうと、これは客観的な事実だ。私は君を友と告げたが、これ以上増長するようだと、いかに私でも君をかばいきれなくなるぞ?」

「どこが客観的な事実だというの? 検証もしないまま、こんな年端もいかない子供たちを皆殺しにしようとしたのよ、あなたたちは」

「Sクオリファー、ゲリラはゲリラだ。そして法には従ってもらおう。もしもそれが気に入らないのであれば、私が法を超えた処断を下すことになる。それでも良いのか?」

「それが帝国のやり方かっ? それともグエン、貴様の独断か! 後者なら、私も法を超えて今すぐその首をもらい受けるぞ!」

「法を破ろうというのか、Sクオリファー。それでは人間が我々を揶揄する『蛮族』と変わりがないではないのか?」

 南部フェムルトの全システムを統化しているラティアは、グエンの挑発的な言動にならば統化で実力行使するまで、と喉から出かかる。仲違いなどしていられる状況ではないと承知している。だがやはりグエンとは相容れ難い。こうしている間にもガリラがラムナック大要塞に向かっているのに。早く手を打つ必要があるというのに。

 二人のにらみ合いに、ギランドゥが間に割って入った。

「閣下、この件は一旦置きましょう! Sクオリファーの言うことが確かなら、今すぐにでも部隊をまとめてラムナックへ向かわなければいけません!」

「ギランドゥ、部隊の移動にゲリラどもが足手まといだということがわからんのか!」

「武器を全部この深い谷に投げ落として追い払えば良いだけだ! 殺すな! グエン!」

 グエンと渡り合う間も、背後からゲリラの少年少女たちがラティアを見上げていた。恨みの込められた視線ばかりがラティアに向けられている。スフェーンKはパンゲアノイドの殺害に当たって、天道を正すと言っていた。少年少女たちはそんな歪んだ正義を言葉巧みに刷り込まれている。若さから来る正義感と履き違えた愛国心は、ときに頑迷ですらある。正義のために死ぬなら本望。そんな彼らには、ラティアのグエンへの抗弁もまったく心に響かない。

 グエンとゲリラたちの間で、ラティアは一人だった。

「好きにするが良い!」

 最後に吐き捨てるようにグエンが言い放ち、ゲリラたちの放免が決まった。だがラティアは安堵しつつも、仲間内の険悪な状況に表情は沈んでいた。

「……すまない、言い過ぎたグエン。自分も高ぶりすぎた。許してくれ」

 拍子抜けした様子のグエンにラティアは頭を下げて、背を向けた。それきり皆から離れて一人岩の上に腰を下ろした。両手は力なく膝の上に置かれ、うなだれたまま動かなくなった。

 ボギーはラティアから視線をそらせずにいた。

 だが、傍らにグエンが立ち、ボギーを見下ろしているのに気付いた。

 グエンが、お前が行けとばかりにボギーへあごをしゃくった。

「あれではどうにもならん。なんとかしろ」

「なんとかって言われても……」

 グエンはクックックと含み笑いをしていた。

「なんとも締まらない奴だ。人を守るときは強大な魔性を顕わにするのに、自分自身を責めていとも簡単に折れる。大戦中にそれと気付いていれば、ああも苦労はしなかったものを」

 ボギーはともかくもラティアの元へ歩み寄った。

「ラティア、大丈夫?」

「あ……さっきはありがとう。ボギーは怪我とかしてない?」

「するはずないじゃん。お前に言われて、いち早く逃げてたんだから」

 ボギーが陽気に声を掛けるが、ラティアから反応はなかった。ラティアは沈んだままになっている。この場はとにかく収まった。しかしそれは、戦争の頃と同じ。その絶大な能力を世に必要とされても、行使するほどに人は遠のいた。またその繰り返しをしているのか。味方の治安部隊からは恐れられ敵視され、ゲリラたちからは反感を招いているばかり。

 今、ゲリラたちは身を寄せ合い、ラティアを憎むことで自分たちの鬱屈を散じている。治安部隊は、遠くで再び出撃の鬨の声を上げている。車両が全滅してしまい、ラムナックまで走り抜くのだと勇ましく気勢を上げている。けれどラティアだけは一人、小さくなっている。強くて弱い。一人にはなれても、一人にされるのは怖い。

 ボギーは理解している。ラティアが一人にされることを、遠ざけられることを怖れることを。何も知らぬグエンはそれを性格の問題程度に思って笑っているが。

「ゲリラたちの視線は気にしなくて良い。要らぬ気遣いだと、俺は思う」

「なぜ? どう考えても私のミスだった。私があらかじめグエンに『シナリオ』などとうかつなことを言ったばかりに、あやうく彼らは皆殺しになるところだったのよ。それでなくても彼らは私にだまされたと、頑なに思ってる」

 落ち込むラティアをどう慰めたらいいか。ボギーも思いあぐねた表情をしている。

 ラティアはSクオリファーの人工シナプスへ適合性が高いという理由で、1/25000以下という選定確率に当たってしまった。必ずしも戦いには向かない性格でもインストールされたのだ。誰かを守ろうと鬼気迫るラティアは、それでもなんとかしようと、自身をそうと仕向けて作りあげてきた、二重人格のようなもの。それは本当のラティアではない。元は一人で絵を描くのが好きな子だった。でも今は人から遠ざけられる、拒絶されることをなにより怖れる。Sクオリファーとして作られた自分の葛藤が強さと弱さで心が揺れ動いている。

 ボギーは考え込んだ。考え込んで声音を改めた。低いダミ声で突き放すように言い放った。

「悪い方にばかり考えるんじゃねえ! ゲリラだって、馬鹿じゃあない。いつかはラティアの気持ちが分かる! 今、あいつらが怒っていたって、あいつらを助けようと体を張って戦った姿は、ちゃんと見ていたんだからな」

 ラティアがうなだれていた頭を上げ、怪訝な表情でボギーを見返した。ボギーはこことばかり、ふんぞり返り、力説した。

「おめえは多くの人たちの命を守ろうと戦っているんだ。ラティアがいなかったら、一体どれほどの人たちが犠牲になった? ゲリラたちの誤解の視線を気にすることなんて、これっぽっちもない!」

 ラティアはボギーの顔をじっと見ながら口の中でボギーの言葉を反すうしている。その意味を確かめるように。やがてラティアはほほ笑みを浮かべた。

「ボギー、随分立派なことを言って。ロナウさんのモノマネをしないでよ」

「分かるかい?」

 ボギーはロナウが酒に酔ったときの決まり文句を思いだしていた。ラティアには同い年同士より、大人の慰め文句が良いと思った。それでロナウの言葉や言い回しを使ってみせた。

「ロナウさんの言いまわしそのものだった。酔っぱらってるときにでも言いそうなセリフね。上手だった」

「うん。実はな、これ、よくロナウさんが愚痴ってた言葉だから。元ネタはラティアのことなんだけど」

「私の? 私の何のことを言ってるの?」

「ラティアがロナウさんと喧嘩して、やさぐれてたじゃんか」

「だから、そんなのしてないってば」

「まあ、そう言うならそれでも良いけどさ。ロナウさんはときどき、酔っぱらいながら言ってるんだ。ラティアもいつか俺の気持ちが分かるって。さっきみたいにつぶやいては、肩を落として凹んでるんだよ」

 ラティアの目が大きく見開かれる。

「ロナウさんが……私のことを? まさか」

 Sクオリファーであることで、人とは言い難い戦闘兵器であることで、周囲と微妙な心の距離が生じていた。拒絶されたことにラティアは傷ついていた。戦闘母艦ブルーベースでは、皆よそよそしかった。その中でロナウだけは違った。でもそれはただの変人の気まぐれだった。

「あの粗野な人が人のことを気遣ってるとこなんて、まず見たことないわ」

「違うんじゃないの?」

 ボギーは一体何を言おうとしているのか? いぶかる表情でラティアはボギーをじっと見ている。見つめられてボギーは腕組みをして目を閉じてしまった。

「違うって、何が?」

 ボギーはラティアに問い返されても口をつぐんでいた。何かを口にしかけて逡巡しているようで。やがて目を開けた。

「あの人さあ、とかく口が悪いし、ラティアは随分ちょっかい出されていたみたいだけど」

「うん。迷惑を被ってばかりだけど」

 ボギーは肩をすくめた。

「お前本当はわかってるんじゃないか? ロナウさんがお前を見るときの目は違うって」

 ラティアの視線が泳いでいた。

「変人で片付けたがってるだけなんじゃないか? 確かにあの人の言動は変人だけどさ。ロナウさんに感じてるとこはあるんだろ? でもこうしてほしいて真っ直ぐに言えなくてさ。変人なんだから言ったって無駄と。言って断られるのが怖いって、自分で線を引いてるんだろ?」

 途中からラティアはうつむいていた。

「挙げ句、やさぐれてロナウさんから離れて行っちゃってさ。フェムルト随一の野戦指揮官を凹ませちゃってさ。たはは」

 あの自分を見下してばかりいたはずの男が、自分がいなくなったことに凹んでいた。ロナウはロナウで、ラティアのことを見ていてくれていたのか? ラティアは顔に手を添え、髪の毛先を指でいじっていた。

 ボギーはボギーで、ラティアのあまりに思い詰めた、そして複雑な表情に顔色が変わっていた。ただ、それと気付いても、ボギーは明るく、声を振るってラティアを励ました。

「さあ、切り替えようぜ。ゲリラを止めなきゃ!」

 ラティアは立ち上がってうなずいた。

「ありがとう、ボギー。君がいてくれて助かるよ。いつも」

「そうか。そいつは良かった。こんな俺でも役立てて」

 ラティアは空を見上げていた。そして今度こそと思った。

 彼に会わなければ。会ってあのことをきちんと謝らないと。

「行くよ。ロナウさんを追ってラムナック大要塞に向かう。私がロナウさんを、必ずゲリラから救い出してみせる」

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