第36話 人間?

 空間分布から、通常の人間意識へ切り替えるとラティアの顔に生気が戻った。人形のように投げ出されていた手足に力が入る。

「よし、統化完了! さすがに南部フェムルト全部は、私の量子プロセッサでも少し時間がかかった。でもここからは早いぞ、本題のゲリラ対策だ」

 ラティアのヘキサセルディスプレイ上には、機械言語の列が流れるようにスクロールしだした。人間の目では識別することができない猛烈な速度で文字列が流れ去っていく。支庁舎内のデータバンクの情報から対人レーダーの情報、監視カメラの情報まで、南部フェムルトのありとあらゆるデータをラティアの量子プロセッサが解析し、対ゲリラ掃討作戦を展開した。

「今ゲリラたち十二の拠点は制圧した。全部で百四十人、誤差±七人ほどを拘束した」

「いったい、何を言ってるんだっ?」

 ラティアは不敵に笑みを浮かべ、ギランドゥに自分の右手を見せてみる。手を握り開けば当たり前のように五本の指が開く。

「簡単なことだ。私はゲリラ拠点の情報を把握していた。南部フェムルトの全てをシステム統化した今、ゲリラ拠点の出入り口を全てロックし、電力を途絶して閉じ込めた。私の手をこうして開いたり閉じたりしたように。ロック機構も送電システムも、今は全て私自身なのだから、彼らは全て私の手のひらの中にあると言うことだ」

 ラティアは今、南部フェムルト全域の動静を、さながらボードゲーム上の全ての駒を俯瞰するゲームプレイヤーように把握していた。

「データは私の名前を付けて治安部隊の共有フォルダに転送した。グエン、ギランドゥ、手配に必要な人数も付してあるから、直ちに指示して急行・ゲリラの身柄を確保してほしい」

 ギランドゥは目をしばたかせている。振り返った先のグエンが苦り切っている。

「Sクオリファー、貴様は今帝国のセキュリティを破り、システム内へハッキングをかけているのだな?」

 グエンはゲリラの制圧だけでなく、その先までを気付いたらしい。

「君のしていることは帝国への侵略行為だ。我々にとっては重大な脅威だぞ」

「すまない。でも一時的なことだ、この件が方付けば全て元に戻す。約束しよう」

 グエンは忌々しげに、ギランドゥへあごをしゃくった。

「ギランドゥ、急げ! ゲリラたちを確保だ!」

 ギランドゥが治安部隊へ指示する。

 まずはこれでゲリラたちへの対処が動き出した。ラティアは並行してもう一つの懸案に取りかかった。グエンに企てを白状させようと仕掛けた。

「実はまだ二つの拠点が手つかずに残っている。新渋谷北のグリンデン廃墟と西方のハルムロア廃坑。どちらも南部フェムルトのシステム系から物理的に分離していて、統化ができない。全くの役立たずの拠点か、私の統化を知る人間が用心して対策したものか。後者であれば、そこが敵の中心拠点で、ロナウとスフェーンKがいるはずだ。残る治安部隊を二手に分けよう」

「よろしい。君がハルムロアに向かえ。ギランドゥに治安部隊を付け、君を補佐させよう」

「それで分かった。ロナウ大佐とスフェーンKはハルムロア廃坑にいるのね?」

「なに、どういうことだ、Sクオリファー?」

「グリンデン廃墟そのものは情報が得られない。でも、交通管制システムで周辺道路状況は把握できる。データをチェックしたが、大量の化学物質を輸送できる車両は確認できなかった。飛行艇が周囲に飛んだ記録もない。それが第一の理由。そして第二の理由で確信した。私が持っていたゲリラ拠点の情報と、新渋谷の管制センターに見つけたゲリラ拠点情報。それらは一致していた。不思議なことだな、グエン?」

 グエンがかすかに表情を揺るがせた。ギランドゥは困惑してラティアへ問い詰めた。

「それは何のことだ、Sクオリファー! 俺はゲリラ拠点の情報など初耳だぞっ?」

「あなたたち治安部隊は、本当に何も知らされていないようね。グエンはとっくにゲリラ拠点を知っていたのよ。そして治安部隊、いやパンゲアノイドが制圧するのでなく、人間側に自浄作用が働いたように世間に示したいがため、私に対処させようと仕向ける。それがグエンの描いたシナリオ。グリンデンにロナウ大佐とスフェーンKがいないことを知っているからこそ、私をハルムロアの廃坑に行かせて、私に彼らを逮捕させようとした」

「ありえんぞ! ゲリラたちの対応は我々治安部隊の任務だ。我々の知らないことを、総督閣下が知りようはない!」

「あら、諜報部ならできるんじゃないかしら? 治安部隊すら知らない化学物質の集積を裏で執行する秘密のセクション、とでも言った方が正確かしら?」

「そんなセクションなど占領統治府には……」

 ギランドゥはグエンへ振り返った。諜報部、秘密セクションなど表に現れることなどありえない。もし実在しているとなれば、それは占領府総督グエンの直轄機関のはずだった。ラティアはそれと察したが故に、この際グエンに洗いざらい企てを吐かせようと迫った。

「あなたなんでしょう? 諜報部のチェニス・ワグルムを私の元へ寄こしたのは?」

「なに? それは一体なんのことだ?」

「この期に及んで、とぼけるのはなしよ。チェニスを私の元へ寄こして操ろうと……」

 ただ、ラティアの説明にグエンは困惑し、片手を額に当てながら答えた。

「少し待ってくれないか、Sクオリファー。君が様々な精霊や魔獣を呼び寄せることができるということは知っている。しかし、降霊術まで使えるというのは初耳だぞ」

 今度はラティアが怪訝な表情になった。グエンは続ける。

「チェニスが私の知っている人物であるなら、彼は既に死んでいる。殺したのは、君だ」

「なんですって! どういうことよ?」

「どういうこともなにも、チェニスは対Sクオリファー戦用の特殊部隊の隊長だった。君がSクオリファー・スリー・レイアとともにガイエルドムクスに乗り込んできて白兵戦となった。その折、君とチェニスは戦っている。彼はそこで死んだ」

「じゃあ、私を新渋谷に招いて、このゲリラ拠点を教えたあの人間はいったい誰なの?」

「人間? チェニス・ワグルムはパンゲアノイドだぞ?」

 ラティアにつきまとうチェニスは人間だった。なぜ人間が死んだパンゲアノイドの名を語る? ラティアはスフェーンKたちゲリラとともに、チェニスについても、フェムルト南部の全てのデータを検索していた。しかし人間チェニス・ワグルムに関する情報は何一つ見つからなかった。身分を隠された男、となれば残る可能性として、グエンが裏で使わした現職の帝国諜報部員ではないかと推測した。しかし彼の正体はそれですらないらしい。

「確かに、私は自身の私的ルートから十四の拠点を把握していた。それは白状しておこう。だがフェムルトを治める総督として誓って言おう。私はそれを君に用立てるつもりは毛頭なかった上に『人間・チェニス』も知らん。知らんが……」

 グエンは話ながら何かに思い当たったようだった。そしてラティアも同じことを考えていた。『人間』を外して、改めて検索したチェニスからの情報で。

「……いたわね、代々木原野に。パンゲアノイドが……」


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