第34話 ガルデニック・グエン

「空中戦艦ガイエルドムクスの艦橋以来だな。直接こうして会うのは」

「なぜこんなところにいる?」

「おいおい、今の私はフェムルトの占領総督だぞ。占領地にいるのが当然だろう?」

 突き放すラティアに、グエンの方は気さくな口調で語りかけてくる。

「なぜ繁華街のカフェバーなどに、わざわざ占領府の総督が来たのかを聞いているんだ」

 グエンは指を立てながら頭の中を整理するように、しばらく考え込む仕草をしてみせた。多分にそれもポーズに過ぎず、答えは既に頭の中にある。もったいぶりながら口を開いた。

「人間たちは私を長広舌と言って、ことの外迷惑に思うようだからな。単刀直入に言おう」

「ええ、それが賢明ね」

「実は、かねてよりスフェーンKが大規模テロを行うという情報を得ていてね。よろしくないことに、新渋谷には毒蛇ロナウ・ヘイズも住んでいる。よもや二人が手を組んでよからぬことを画策していないかと気を揉んでいたところ、なんとSクオリファーまで新渋谷に向かったと知った。これは由々しき事態だと、私は粟を食って駆け付けてきた、というところだ」

「それで私へ会いにこの店まで押しかけてきたというの?」

「そうなんだ。君にまで暴れられては、天下の一大事なのでね」

 グエンは困ったように、それでいて洒脱に眉へ指を添え、どこか事態を人ごとのように語りかける。まるで言葉通りにはラティアがゲリラと組むなど、おくびにも考えてなどいない、そう示したかのようだ。しかしグエンを知る限り、いかなる局面でも絶対に油断などできない。常に相手の隙をうかがっている男だ。言葉の端々からどんな陥穽を仕掛けてくるか分からない怪物なのだ。かつて敵対する戦場で何度窮地に追い込まれたことか。

「私の動きを知っていたなら、なぜさっさと逮捕しないの?」

「もちろん、帝国政府は君に帝国軍へ入隊してもらいたいと今も望んでいる。だが、私は友が嫌がることを無理強いするつもりはない」

「友って、誰のことよ?」

「もちろん、君のことだ」

「いつの間にそんなことになったの? ブルーベースの多くの仲間があなたに殺されたし、私もあなたの部下を大勢殺した」

 グエンは両手の人差し指をそれぞれ突き出し、目の前で打ち付け合って見せた。

「戦争は国家と国家がするものだ。そこに出る犠牲者に私情は伴わないというのが私の持論であり、パンゲアノイドも一般的にはそういう気風を持っている。それに……」

 笑みを浮かべながら左手を下ろすと、右手人差し指だけを振るった。

「それだけではない。君ともう一人のSクオリファーであるSクオリファー・スリー・レイアは、あのとき私の親友を救ってくれた。そのことがより強く、私の心にある」

「あの男は助け出したとき、もう死んでいたはずよ?」

「それでも、私を手伝って友を救おうとしてくれた。以来私は君たちを友と見なし、いつか恩を返したいと思っていた。この二か月、君の足取りは逐一報告を受けていたが、手心を加えていた。ささやかながら、君への恩返しのつもりでね」

「治安部隊に私を追わせている、というのも聞いていたけど。あれは単なるデマなの?」

「ここだけの話にしておいてほしい。帝国政府の意向を無視することは、さすがに私もできないのでね。少なくとも表面的にはSクオリファーを逮捕投降させてみせる、というアピールは続けざるを得ないのさ」

 嘘とは言えないまでも全ては語っていないだろう。治安部隊がラティアを捕まえられる可能性はほぼない。グエンはそれを知っていて労を惜しんで恩を着せようとしているだけだ。何かの偶然でラティアを捕まえていれば、そんな『恩返し』などおくびにも出さず、帝国政府へさっさと差し出したことだろう。

 グエンは自身の右手を見ながら指を繰り出した。 

「それにしてもスフェーンKに、ロナウ、ラティア。よくもまぁ揃いもそろったものだ。これはあくまでも仮定の話だが、私がゲリラの指導者で、この三人をそろえればフェムルト全土を灰にしてみせることも不可能じゃない。君もそう思わないか? うん?」

 グエンの意味ありげな笑いを見てボギーが青ざめている。

 表面的な友としての隔意ない言葉使いが、かえってラティアもゲリラに関わっていることを疑わせる脅迫じみた謎かけとして響く。グエンがそうすると巨大な体躯とあいまって凄みを利かせた尋問になり、相手を震え上がらせる。グエンに一度足がすくんだボギーはグエンのペースに乗せられて、顔が青ざめている。

 一方ラティアはグエンの言質から腹の内を見定めようとしていた。グエンは陣頭指揮でゲリラのテロ活動を阻止する気らしい。Sクオリファーを前に単身乗り込んできた放胆さの裏には、本心ではラティアがゲリラでないとする読みがあるのだろう。その一方でこちらを惑わし、嫌疑をかけてくる。そこでうっかりラティアが身の潔白を示さなければならない、と慌てればグエンの術中にはまる。グエンに対して一々申し開きをしていくうちに、使い走りのように操縦されていくことになるだろう。

 ただ、ゲリラたちの活動を阻止しようとしているのはラティアも同じ。ゲリラたちの組織力・拠点数に対して、ラティア一人では手が足りない。治安部隊にラティアの逮捕と、ゲリラの化学兵器製造を天秤にかけさせる。その上でゲリラ退治に自分が手を貸すと言えば、協力を引き出せるはず。そう考えてここで待っていた。

 グエンまでもがこの場に出向いてきたのは想定外だった。この男が治安部隊を率いるのはあまり良い気はしない。ただ、事態は刻々動いていく。硫化ベデロクスの精製は大して時間はかからない。すぐにでもゲリラたちが使い出す可能性がある。

 グエンは約束すればそれは守る。油断ならぬ相手ではあっても『信』はチェニスよりは置ける。チェニスの言うことを当てにするよりはリスクは低い。それにグエンが陥穽を仕掛けてこようと、ラティア自身が油断さえしなければそれで良い。

 敵の敵は味方。この急場でラティアは、かつて敵であったグエンと手を組むことにした。ただし、グエンの言いなりになるリスクを冒すつもりもない。

「私がゲリラと組んでいると言いたいの? 誤解もはなはだしいわ」

「ほう。そう言いきる、根拠を示してほしいものだが?」

 グエンは余裕たっぷりに笑みを浮かべている。

「Sクオリファー・ワン・ラティアがそう告げたのよ。他に何を示す必要があるというの?」

 ラティアは語気を強め、癇癖な少年が自身を誇示するかのように胸を反らせた。グエンの顔色が、さっと変わった。

「私を疑って、総督としての品を下げるつもり? それとも……」

 ついにラティアは吐き捨てるように、なじった。

「そんな大きな身なりで、子供のようにいちいち言って聞かせないと安心できないのかっ?」

「な、なんだとっ?」

 グエンは色をなして、ラティアをにらみ返した。

 ラティアは腰の剣を剣帯から外すと、鞘をつかみ正面にかざし垂直に剣を立てた。そのまま床に剣をまっすぐ、ドンっと突き立てグエンを見据える。

 グエンがのど元に二度三度とせり上がったうめきをこらえていた。

 ここがパンゲアノイドの急所だった。心胆の強さ、潔さを尊び、嘘やこびへつらいを唾棄する。ラティアはパンゲアノイドが惚れ込む戦士としての『型』を示して見せた。更には、パンゲアノイドに対して何の役にも立たない古びた細い剣を示す。それが、かえってそれが武ではなく、精神を問うているのだと強く強調された。

 示されればパンゲアノイドの戦士もそれに応えるのが徳義とされている。いかに策士のグエンもそれには応えざるを得ない。グエンは一度は額に浮かべた癇筋をこらえた。ここで我を忘れてはそれこそ総督としての品を下げ、名声を傷つける。

 グエンはにらみ返す目元を緩め、ゆっくり拍手した。

「……ふふふ。肝の座り具合はパンゲアノイド並みだな。感心したぞ、Sクオリファー!」

 言葉尻に多少の侮蔑を感じつつも、ラティアは依然として表情は変えない。

「私はロナウ・ヘイズがゲリラと接触しているという情報を得てこの新渋谷へやってきた」

 ラティアの言葉に傍らにいたボギーが驚いている。ラティアはボギーの肩に手を掛けて、今は控えているよう合図する。

「お前が協力するのであれば、私がロナウを押さえ、テロ活動も阻止してみせる。どうだ?」

「ふむ。それは、願ってもない申し出だが……」

「ただし約束してほしい。今回ロナウはゲリラ活動に関与していなかったと、無罪にすることを」

「それはどうかな。もしもロナウがゲリラのテロ攻撃に加わっていたとなれば、法に照らし合わせた処分が必要となる」

「二か月もほったらかしの法を、今更生真面目にふりかざしてほしくないけど」

「うむ。法の未整備については残念ながら私も認めざるを得ない。私はこれでも尽力しているのだよ。だが、軍部に根強く残る人間への偏見・不信を排除するのに時間がかかり、かつ帝国の法体系とフェムルトのそれは著しく異なっているのだ。フェムルトの実情に合わせて整合性を持たせるための帝国法務省との折衝は、実に難航し……」

「分かった、もういい! でも、それとあなたが言っていたフェムルト全土が灰になるのと、ロナウの身柄を保証するのと、どっちがいい?」

「よかろう。私としてもテロを阻止することが最優先だ。君が捜査に協力し、ゲリラを抑え込んでくれるのなら、ロナウ・ヘイズの身柄は私が請け負おう」

「OK、交渉成立だな?」

「いやいや、交渉ではない。友の申し出なのだ。私は君の言うことを信じ、申し出を喜んで受け入れたということだよ」

 グエンの笑いにラティアも口元に笑みを漏らすが、グエンの抜け目なく友情を押しつけてくる態度に警戒は緩めなかった。グエンの方もラティアが警戒を緩めていないことは先刻承知だろう。だが二人ともそれには触れない。互いの協力を必要と見ての妥協だった。

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