第29話 騒乱

 ラティアはゆっくり新渋谷駅へ、新渋谷の市街中心へ向かっていく。やがて道の先には一回り高い高層ビル群がそびえ立つ駅が見えてきた。

 そこでラティアは眉をひそめた。ラティアの脳裏にヘキサセルディスプレイが浮かぶ。その一枚に周辺環境の異常を告げる文字列が赤く明滅していた。周辺の電磁波、温度、気中ガス濃度など、様々なセンサデータがグラフ表示されていく。その中でも電磁波グラフを注視した。特徴的な周期電磁パルスが出ている。新渋谷駅周辺のビルから、そして道玄坂周辺にもあちこちから出ている。全く同じものが二十、四十と。

 突然、駅を囲む高層ビル群に幾重にもせん光が光った。爆発の轟音が響き渡り、ビルから巨大な黒煙が青空へ噴き上がっていく。さらに二度三度、相次ぎ爆発音が響く。ビル壁面が吹き飛び、轟音が高層ビル群に反響しあう。驚きと戸惑い、そして驚愕の叫びが周囲で交錯しだした。周期電磁パルスは時限爆弾のタイマーだった。人々の足がじわりと、ずるずる、やがて雪崩を打って走り出す。四方八方へ当てもなく、ともかく逃げようと錯乱する。

「ヤバイ!」

「おいおい、あぶない、あぶない!」

「テロリストだ!」

「なんだよ、おい! なんだ! なんだ!」

「だめだ! 戻れ! だめだ!」

 人々の叫ぶ声で新渋谷に恐怖と混乱が伝搬していく。

 見上げれば青空にモルタル片やガラス片が舞い、キラキラ光っている。

 ラティアは声を張り上げる。

「近くの建物の影へ逃げて! 早く! こっちへ破片が飛んでくる!」 

 やがて重い風斬り音を上げて、一気にモルタル片やガラス片が降ってきた。人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。ガラスの甲高く割れる音、コンクリート片が重く砕け散る音が続く。鮮血が飛び散る。破片に直撃された人が倒れていく。ラティアも人々とともに建物の陰に待避した。

 警報が新渋谷全域にけたたましく鳴り響く。辺り一帯が騒然とする中、さらに周囲のビルからも壁面がせん光とともにゆがみ、爆炎が吹き出す。爆発は一度起きれば十秒ほど置いて、また次が爆発する。場所はランダムに、何度も繰り返し爆発が起きる。

 瓦礫が散らばる道玄坂路上には大勢が負傷して倒れている。倒れている人々を目の前にしても誰も助けに出ていけない。爆発のたびに落下物が飛来し続けている。建物の影に避難した人々は、身を固くして目の前の惨劇を眺めているばかりだった。

 瞬間、黒髪眼鏡の高校生がフードマントを羽織る女性へ変身した。

 ラティアはマントを翻し、一人敢然と飛び出す。

「強装甲化イオン変換、アップ!」

 柔らかだったラティアの肌が金属光沢を帯び、剛性を強めた装甲へと変化する。

 肩と背中にコンクリート片が二発三発、立て続けに命中するが、剛性を増した肌はそれらをはね返していく。ビルの破片は銃弾のような速度で飛んでくる。命中する都度ラティアの上体や頭は弾かれ、ぐらついていく。それでもラティアは飛来する細かな破片には構わず走った。

 飛来物に左顔面が弾かれる。スカーフが破け散り、頭がぐらつきフードがめくれる。

 ヘキサセルディスプレイに映るレーダーが、飛来する大型の破片を捉える。

 ラティアがラピズラズリの髪を振り、鋭くサイドステップを踏んでかわす。

 さらに続けざまに巨大なコンクリート塊が飛んでくる。二度三度と横へかわしながら、左腕でマントを翻した。素早く腰元に下げていた剣を鞘毎剣帯から外して右手に持ち替える。

 頭上へ振り抜き飛来する小型破片を叩き落とした。

 ラティアは走り、ときにそのテンポを変調させて、あるいは鋭く旋回して身を翻し、軽やかに飛来物をかわす。左右へ鞘を振りかざし、飛来する破片を弾き、弾道を逸らしていく。

 路上に倒れている人へ駆け寄る。両腕で大人二人を抱えて建物の中まで駆け戻る。

「この人たちの手当を!」

 人々に負傷者を託すと、再び落下物の飛来する通りへ駆け戻り負傷者をすくい上げていく。

 今度は倒れているパンゲアノイドのベルトを片手でつかんだ。そのまま左腕一本でパンゲアノイドを肩の高さまで持ち上げる。右手を軽く添えて両肩にパンゲアノイドを担ぎ上げて走る。その姿に周囲からどよめきの声が上がる。

 何者か? 道玄坂の人々の視線が、ラティアへ注がれる。

 Sクオリファーじゃないのか?

 誰かのささやきが、周囲の人々の顔を見合わせる。

 道玄坂に無言の覚醒が伝搬していく。

 人々の視線がラティアの姿にくぎ付けとなる。やがてそれは感極まった声援へと変わった。手拍子と地を踏みならす足音が辺りへ轟きだした。

「Sクオリファーだ! ラティアだ!」

「彼女が生きていた!」

 声をからして彼女の名を叫ぶものがいる。

 人々を助けようと走る姿に涙する人がいる。

 ラティアは戦争で多くの仲間を失ったことを忘れていない。最後の戦いに巻き込んでしまった、ベルトーチカ平原でのチェーホフたちのことを忘れてはいない。その一方でフェムルトの人々も忘れてはいない。押し寄せる五十四万のパンゲアノイド機甲師団に一人戦いを挑んだラティア。その強大な力があったからこそ、帝国も停戦のテーブルに着いた事実を。彼女こそ和平への道をつかみ、引き寄せた英雄だったことを。

 ラティアは髪を振り乱し、人々の声援を背に救助へ走り続ける。

 そのときラティアのヘキサセルディスプレイに真っ赤なハザードシグナルが点滅した。

 瞬間ラティアが上体をひねった。指一本分の合間をロケット砲弾が飛び抜け、衝撃波がラティアの全身を振動させる。ロケット砲弾はその先へ、ビルに命中して爆発を起こした。周囲のビルの窓ガラスが粉々に砕け、ビル側面をはい上がるように爆炎が空へ舞い上がっていく。

 ロケット砲弾は代々木原野でラティアを狙ったものと同じ百式ロケット砲。しかしふり返った先には既に人影がない。

「チェニスめ! ゲリラとグルなのかっ?」

 その間にも周囲にいるパンゲアノイドたちがせき込みだした。ラティアのセンサが通常大気中に存在しない硫黄化合物ガスを検出している。硫黄化合物ガスの主成分は硫化ベデロクス。化学兵器だった。時限爆弾で吹き飛ばされたビル壁面の穴から毒々しい紫色のガスが吹き出し、地表へゆっくり降下拡散していく。

「パンゲアノイドは早く! 駅周辺から逃げろ! あの紫色の煙は有毒ガスだ! 有毒ガスが街中に放出されている!」

 パンゲアノイドが慌てて道へ出て、道玄坂を駆けだしていく。

 そこへ発砲音が続けざまに響いた。

 坂を駆けていたパンゲアノイドが次々に撃たれ倒れていく。

 ラティアは驚き道玄坂の上を見上げた。

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