第21話 狙撃

 ジェットスライダー先端を片手でつかみ上げ、闇夜へ、二十メートル以上の高度へ跳ね上がる。両足をビンディングセットすると、爆発的にエンジン点火したジェットスライダーの推進力で、ラティアの足元が空へ、頭が下方へ、空中で身体を逆さにぐるりと回転させていた。

 身体が逆さへ回転していく。視界には雪と地平線と宇宙がぐるぐると巡る。次いで赤く輝く光跡が一直線に頭の下を飛んでいくのが見えた。一瞬間を置き、光跡が雪原に突き刺さる。せん光が、次いで赤黒い爆炎が沸き上がった。

 ヘキサセルディスプレイは真っ赤なハザード表示のまま。ロケット弾の軌跡、弾頭形状、爆発エネルギーデータをセンサが収集。量子プロセッサがデータを解析して型式を特定した。

「百式ロケット砲か!」

 ラティアは回転し続け足元から着地し、片膝立ちの姿勢で次弾に備えた。

 計算した発射地点付近へ、体内のセンサを総動員して、索敵する。

 右目を赤外光まで可視範囲を拡大し、熱源探知モードに切り替える。

 一面視界が青に染まる中、青と緑の織りなすまだら模様が現れる。温度の高い領域は赤や黄色の点に、低い領域には緑や青に。物質の持つ温度別に色合いが変化する。しかし地表には何も見えない。たとえ狙撃手本人が身を隠しても足跡の熱までは隠せまいと思ったが、驚いたことにほんのわずかな熱量さえ、そこには残っていない。

 ノイズ光点の中に一瞬、影を捉えた。距離七千百二十二メートル。さらにジオメトリックセンサーは、それが人間以上の重量物であると示している。パンゲアノイドだ。だがそれも、すぐに丘陵斜面の向こうへ隠れてしまった。

 狙われることは、これまでもあった。ローローエン一派や民族主義ゲリラの逮捕などで多くの逆恨みを受けている。しかし今回は他にも思い当たる者がいる。

 ここには占領統治府の防御線が敷かれていた。ここで立ち止まる必要があることを示したのはチェニスだ。あの元スパイ以外、今夜ラティアが採った新渋谷への侵入ルートを知る者はいない。そうとすれば、チェニスの遣わしたパンゲアノイドということになる。

 ラティアの射撃管制システムが壊れて使えないことは知れ渡っている。目視範囲の近距離ならともかく、遠距離射撃では撃ち合えない。遠距離攻撃は一見、妥当なようにも思える。しかしラティアにはジェットスライダーがある。砲撃など簡単にかわせるし、現にそうだった。

 百式ロケット砲は大戦中に帝国が急遽開発した携帯型の重火砲。帝国がSクオリファーの威力に手を焼いて準備した兵器だった。しかしパンゲアノイド兵は元々飛び道具を好まない上、役に立たなかった。撃っても、Sクオリファーのプラズマシールドに弾かれ、素早い動きに当てることさえ困難。ラティアは空中戦艦ガイエルドムクスに乗り込んだ白兵戦で百式に遭遇した。けれどそのときも何の脅威にもならなかった。

「それに、寒さに弱いパンゲアノイドに雪の中で待ち伏せさせる意味は?」

 日頃のチェニスの計画性に比べてこの杜撰さは腑に落ちない。

「百式ロケット砲で撃ったことを見せつけようとしたのか? でもなぜそんなことを?」

 敵は完全に去ったようだった。ラティアはゆっくり立ち上がった。


 丘陵斜面の裏手には大戦で廃墟と化した都市が放置されていた。彼は慌てふためき、崩れかけの建物影に飛び込んだ。壁を背に興奮で震えながらトレーサーSCC端末を操作した。その表示パネルをのぞき込んだ瞬間、拳を握りしめた。

「やったぞ! 頭部量子プロセッサのエネルギー量は、やはり予測計算範囲内だ。間違いない、ペア構造体側の量子プロセッサは本体とは直接リンクせず、単独でしか機能していない!」

 彼は声を押し殺して嬉しそうに笑った。

「そのものズバリ私が欲しかった、推論を裏付けるデータだ」

 だが、その喜びは瞬時に憎悪へ切り替わっていた。

「ボガード! ロナウ! 何故お前はこだわる! どこまで私を愚弄し続ける気だ!」

 そしてまた声音を変えて、誰も居ない真っ暗な森へ怒り、吠えた。

「黙れ! お前たちが何を言おうと私は信念を曲げない! 私は殺しはしないのだ。人間を殺すなどしてはならない!」

 怒りが裏返ったように冷静な声へと変わる。

「そうだ。待てよ、待て。慎重に、慎重にだ。事は一人の人間の生死にかかわる話なんだ。慎重すぎるに越したことはない。私的な感情は抑えるんだ。事は世界の運命を左右するのだぞ」

 再び変わった声音は醜悪な笑みを含んでいた。

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