第20話 回想

 ラティアの元上司であるロナウ大佐。戦闘母艦ブルーベース撃沈後も残存するSクオリファー部隊を率いてアルスラン帝国と戦ったフェムルトの英雄とも言われる。

 ロナウの経歴は異彩を放っていた。地球人がこの惑星にたどり着いて、今自分達で三世代目にもなる。その間フェムルト共和国は鎖国政策をとり、国外へ出ることを禁じていた。ところがロナウは禁制を破って単身フェムルトを飛び出した。挙げ句、傭兵としてパンゲアノイド社会を渡り歩いた。その上、生きてフェムルトに帰ってきた。

 彼自身は挑戦こそ生きがいとうそぶく。だが正気の沙汰ではない。人間としてはありきたりな百八十センチメートルの身長でしかない体なのに、大きいものでは四メートルにもなる巨大亜人種パンゲアノイドに混ざって兵卒をしてきたのだ。一体どうやって戦ったのか、生きながらえたのか。ラティアが尋ねると、ココとココよと頭と胃袋を指さして、したり顔をした。

 自称ジュラルミン製の胃袋は、人間が飲めばひっくり返るようなパンゲアノイドの酒やコーヒーでも頓着なく飲む。人間なのにやるじゃねえかと、それで打ち解けあうのだと言う。そうして彼はパンゲアノイドを知ることで、巧みな心理作戦を駆使してパンゲアノイドと渡り合ったという。それが後にアルスラン帝国との大戦でも生きることになる。

 彼は帝国との戦いで優れた戦術手腕を見せた。ラティアの人工ニューロンと量子プロセッサの頭脳が思いつかない咄嗟の機転を利かし、帝国軍を幾度も敗走させた。またときに際どいまでの戦術をも行使し、敵を怖れさせた。知恵と、その裏に毒をはらむ戦術家として、毒蛇と呼ばれた。その作戦能力で大戦終了時にはフェムルト軍の総司令官になり、降伏調印式にも出席する共和国要人にまで上り詰めていた。

 ところが。終戦後、多くの生き残り軍人が占領統治府の現地職員に再雇用されたが、ロナウはあっさり要職の座を捨て野に下った。ほどなく新渋谷で小さなカフェバーを始めていた。

 禁制破りの傭兵、軍の総司令官、そしてカフェバーのマスター。あまりの転身ぶりにラティアもあぜんとしている。さらにはバー経営が順調らしいことをボギーからのメールで知って、舌を巻いた。風来坊や職業軍人が、いったいなんで商売経営のノウハウを知っているのか。


「訳の分からない変人だよね、まったく……」

 知らぬ仲ではない。けれども、わかっているかと聞かれればさっぱりだった。あの奔放・破天荒ぶりをまともに相手をしてはこちらの神経が持たない。踏み込まないよう、あれは変人なんだで済まそうとしていた。けれども軍組織のしばりの中で、二人はSクオリファー部隊のチームリーダーと指揮官。部下と上司の間柄だった。するとロナウ自身が奔放・破天荒ペースでラティアの懐へズカズカ踏み込んでくるものだから、たまらなかった。

 ロナウの飾らない性格は階級を感じさせない。公平さが男どもには人気があった。でも、ときにむき出しになる我の強さや、人の感情を逆なでする品の悪さ、それに辺り構わず吐き出す葉巻の煙。それらがラティアを辟易とさせた。元地味子で繊細だったラティアは、初めの頃などはそれこそ心が木っ端微塵にされていたものだった。徐々に慣れていくに従って苦笑いに紛らわすくらいにはなれたし、ときにその戦術眼に感心もし、ごくごく稀に見せる人への気配りに驚くこともあるにはあったが。

 随分あのズカズカ踏み込んでくる様には鍛えられた。そのお陰からか、あるときロナウが差し出したコーヒーを何気なく手にしたとき、戦場も殺し合いも平気になっていた自分に気付いたりもした。チェーホフらブルーベースの多くの人間がラティアらを嫌っても、ロナウ一人は変わらなかった。でもそれでラティアの変人認識が変わるかと言えば、うーんとラティアは上を向いてしまう。結局は我の強さや品の悪さに辟易とさせられ続けただけだったから。今も苦手だ。たぶん、会えばもやもや、イライラさせられる予感しかしない。

 それに……。

 そしてどうした腐れ縁か。

 チェニスはそのロナウが、由々しき事態にあると告げてきている。民族主義ゲリラのスフェーンKと接触し、合流しようとしていると。

 実のところラティアはそんなはずはないと思っている。終戦時、ロナウはむしろ徹底抗戦を主張する軍人たちを説得する側だった。旧フェムルト軍が混乱なく武装解除が進んだのは英雄ロナウが説得してこそだった。それが今更帝国と対決姿勢を抱くことが考えられない。

「幾ら変人でも計算間違えをするような人ではないし」

 ボギーのことがなければチェニスの進言をまったく無視する気でいた。終戦時、身寄りのないボギーをロナウに頼んだ手前もある。今はロナウがボギーを自宅に下宿させて高校にも通わせている。頼んだきり三か月近くたつ。ボギーの面倒を見てくれていることに礼をしなければならないと思っていた。それで新渋谷行きを決めたのだが。


 あの日ラティアはロナウに総監部の一室へ呼びだされた。事前にロナウがフェムルト軍の総司令になったと聞かされていた。だがその意味するところなど考えていなかった。そんなことは気にもとめずにいた。

 ラティアがラウナバードへ生還して、まだ三日しか経っていなかった。

 猛烈なラティアの攻撃は侵攻軍を足止めするどころか、ベルトーチカ盆地で撃滅するに至った。そこからラティアは作戦を変更した。敗走する敵を追撃して殲滅しつつ、南へ二百キロメートル進み敵のラムナック大要塞へ迫った。疲れを知らぬラティアは、大要塞へ一人決戦を挑んだ。

 しかしチェーホフらの戦死で、補給・修理も断たれて戦ったラムナック大要塞だった。要塞の圧倒的な集中砲火へ、起死回生を狙った一発が仇となった。整備チェックもなく一か八かで放ったケルビム・ソフィアに消耗しきっていた伝導管が耐えきれずに爆発。自爆したラティアは両腕を失い顔面から頭部にかけての三十一パーセントを吹き飛ばされた。

 それでもSクオリファー・ワン・ラティアは機能し続けた。損傷は大きく、いったんは引き下がらざるを得なくなった。しかしベルトーチカから敵は追い払った。再度ラティアはラムナック大要塞へ出撃しようとした。

「戦わないと! 戦うんだ! ラムナック大要塞が健在だ! 敵を追い落とすんだ!」

 頭部の1/3近くを吹き飛ばされてラウナバードへ戻った。たった三日では機能の全てを回復できるはずもない。それでも最低限の修理はできた。腕を付け直し、頭部の表面だけを修復された時点でロナウがラティアに出頭を求めてきた。

 そのこと自体、ラティアはいとわなかった。十分な修理はできていないが使えない機能はやりくりで、どうとでもなる。これまでもそれでやってきた。疑似モノポリウムリアクターは、なおも出力を上げているのだ。自分はまだ戦える。絶対に屈服などしない。多くの仲間を殺された無念を思えと、なお自身を激しく戦いに駆り立てていた。戦場で戦いに、戦いそのものに取りつかれていた、魔性の力に自身の心が覆い尽くされていたことに気付きもしなかった。

 ロナウの居室のドアを開いたとき、ロナウは背を向けていた。暗くなった部屋で窓越しに沈む夕日を見ていた。

 肩を落とした背中だった。ラティアはぎょっとした。

 それを見て瞬時に悟ってしまった。

 わなわなと震えだしていた。

 ラティアへ、ロナウがゆっくり向き直った。

 あかね色の四角い窓以外、部屋にどんな机があり、どんなカーペットが敷かれていたのか、まるで思い出せない。夕暮れどきで部屋は暗かった。いや、ロナウの言葉を聞いて視界が真っ暗になったのかもしれない。

「全軍、即時戦闘停止を命じる。終わりだ、ラティア」

 悔しさに、裏切られたという思いさえ脳裏を過ぎった。苦みが胸へ沸々と沸き上がった。

 ラティアは声を絞り出すようにして、思い直すよう迫った。

「まだです! ……まだ私がいる! 戦いましょう。こんなところで戦うことを止めるなんてできない! 死んでいったみんなが、浮かばれません。……ロナウさん!」

 けれどもロナウは頑として聞きいれようとはしなかった。そして人間の国フェムルト共和国はパンゲアノイドのアルスラン帝国に降伏してしまった。

「お前は人間を守るためにSクオリファーになったんだろう? 戦いたくてSクオリファーになったわけじゃあるまい」

 たった三日前まで全身に返り血を浴びていた。パンゲアノイド兵を八日間、休むこともなく蹂躙してきた。それだけに、ロナウの言葉が自分の戦いが、自分自身が、全てを否定されたかのように思ってしまった。


 あのときのことが、いまだにラティアの胸につかえている。

 ロナウには会わなければならない。会っておきたい。けれど、どうにも気が重くなる。

「はあ……なんだって、こんなことに……」

 昔を思い出し、しょんぼりと手で額を覆ってしまう。

 突然、ラティアはその手を退け振り返った。

 まなざしが引き締まり、緊迫した面に変わった。

 脳裏に急展開したヘキサセルディスプレイが真っ赤なハザード表示になる。

「ラティア指令! ジェットスライダー、滑空出力態勢へ形態変化、エンジン点火、急げ!」

 とっさに雪面を蹴った。

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