第6話 ガルデニック・ゴレイ

 ラティアはボギーの撃った重砲の爆発音を耳にした。ジェットスライダーはジェットエンジン搭載の自走スノーボード。それに乗り、ラティアは首都ラウナバードからベルトーチカ基地を目指そうと急ぎ疾走してきていた。

「ラティア指令。ジェットスライダー、進路変更だ」

「マスター・ラティア、了解です」

 ジェットスライダーが応答し、ベルトーチカ基地への道を逸れた。爆発音へ向けインターセプトコースを取る。

 森の中へ疾走していく。

 木々の間をスラロームし、背負うハイパーキャノンの下で、紺青色のフード付きマントが風圧に煽られる音を蹴立てる。

 凹凸の雪面から伝わる反動を巧みに膝の上下動で緩和する。

 コブ斜面を低く、滑空するようにジャンプ。着地。

 スカーブで覆った顔から目元だけをあらわにして、緑の瞳が周囲を探る。

 何度目かのジャンプで大木が生い茂る向こうにパンゲアノイド兵の姿を見つけた。

 雪面のあちこちに血しぶきが点在している。

 ラティアがギリッと歯噛みする。

 間に合え!

 ラティアの目が見据える先、少年兵が片手で持ち上げられている。

 さらにパンゲアノイド兵の群れがこちらへ金色の目を向け、駆けてきている。

 ラティアはそのままパンゲアノイド兵の群れへ直進した。

 腰のベルトに装着していた戦斧一双を左右手元で回転させて柄を掴む。かつてのフェノメノン・アックスはもう壊れてしまったが、それでも鉄塊と呼べる大型の戦斧だった。

 突然、パンゲアノイド兵の一人が跳ね飛んだ。強靱な脚力で二十メートル以上の距離を跳んできた。パンゲアノイドは体重が三百キロを軽く超える。それが空から飛んできた。軽自動車が斜め頭上から突っ込んでくるようなものだった。

 ラティアが左右の戦斧を素早く構える。

 相手は戦鎚を振り上げ、落としてきた。

 ラティアは振り下ろしてきた戦鎚を右腕一本、戦斧で力任せに横なぎに弾いた。

 戦鎚が強烈な打突で横方向に吹っ飛ぶ。それを手にしていたパンゲアノイド兵の体が泳ぐ。そこへ間髪入れず、連続動作でラティアの左戦斧が無防備な胴を痛撃した。パンゲアノイド兵は胴を切断され、真横へ数メートル吹っ飛ばされていた。重砲ですら怪我一つ負わなかった、巨体だった。しかし、ラティアが超スピードで振りかざし、背筋力五トンを超えるパワーで斬り付けた刃は、両者が交叉した瞬間にそれを一蹴した。

 走ってきた三人が狼狽した。自分たちよりはるかに小柄なピンクスキンが、パンゲアノイドを一撃で斬り殺すなどあり得なかったからだ。

 一人を切り捨てたラティアはその間にもジェットスライダーを加速した。

 続いて走ってきた三人のただ中へ自ら突っ込む。

 瞬間、ビンディングを外し、ジェットスライダー上で軽く跳ね上がると猛旋回した。

 雪煙が舞い上がり、金属のねじれ、割れる炸音が幾重に混じる。

「ぎゃあああ!」

 絶叫が上がる。

 薄暗がりに敵の武具の破片がボトボトと雪面へ突き刺さる。舞い上がった雪煙が重力に引かれて静かに落ちる中、三体のパンゲアノイドも雪面へ崩れ落ちた。

 Sクオリファーの筋肉に当たる有機金属錯体筋繊維は、反応速度も人間のそれとは違う。そして頭部量子プロセッサの高速演算が、敵との相対距離と速度から瞬時に最短攻撃経路を演算出力し、瞬時に三人へ致命傷となる斬撃を繰り出していた。

 ラティアはジェットスライダー上へ着地し、直進を続けた。その前方にはボギーを片腕で持ち上げるゴレイが立っている。

「ラティア指令。ジェットスライダー、エンジン停止」

 ラティアはゆっくりスラロームさせるとエッジを効かせて止まった。フードをおろし、ジェットスライダーから降りると、戦斧を雪面に置いた。マントの上から背負っていたハイパーキャノン(プラズマ迫撃砲)も降ろした。これ以上戦う意思のないことを示そうとした。

 その様子を見てゴレイがボギーを降ろした。無言のままラティアへ歩み寄ってくる。ゴレイの足は雪から引き抜いては雪を踏みしめ、ラティアの足先は雪に埋もれたまま雪を切り分け。互いの足は苦もなく、悠々と身体を進めながら。

 立ち止まり二人は対峙した。

 見上げるラティアへ、ゴレイも身構えることなくラティアを見下ろした。

 ラティアの背丈はゴレイの半分程しかない。だが臆することなく向きあい名乗りを上げた。

「私はフェムルト共和国軍、首都防衛師団・師団長Sクオリファー・ワン・ラティア」

 凜として透き通るような声音だった。対するゴレイが地鳴りのように低い声で応えた。

「我はガルデニック・ゴレイ。ガルジア三剣最後の一人。ラジェフ将軍、ケイロス将軍を打ち倒したという魔性の機械戦士と剣の試合を所望したい。その一心で砂漠を踏破し北海を越えてやってきた」

 ラティアはそれと聞いて内心ほぞを噛んだ。大軍が迫る火急の事態下で、自分を殺すのが目的でやってきた手練れに出くわすとは。

「復讐のためか?」

 ラティアは内心の動揺を面に表さず鋭い視線で問うた。

「違う。戦士として強者と戦うことのみを望んでいる。人間がどうかは知らぬが、我らパンゲアノイドにとっては戦死した者の復讐など、堂々戦って死んだ者の名誉を汚す行為」

 ゴレイが背負っていた大剣に手をかけようとした。

「待て!」

 ラティアが制した。

「見ればあなたは防護服を破損している。決闘するにも万全ではないだろう」

「負傷はしていない。今ここで出会ったのが幸い。このままやろう」

 ゴレイがいきむと腕がぐんっと膨らんだ。一回り大きくなった腕に超生物パンゲアノイドの迫力を増して感じる。ラティアはひるまず、そして冷静に返した。

「あなたは自らを戦士であると名乗った。誇りある戦士が行きずりの果て、仮にその粗末な身なりを死に装束としてよいのか?」

「我が敗れることなどあり得ない」

 ラティアは提案した。

「明日やろう。あなたが防護服を改めてきた上で……」

 ゴレイは笑い飛ばした。

「明日、ここへ帝国機甲師団が押し出す。今やらねば我はみすみす好機を捨てたと後悔する」

 好機と言いながらゴレイはラティアを指さした。ラティアはゴレイの差し出す指の、その先にあるゴレイの目を見据えて刺すように、静かに返した。

「まるで私が死んで当然とした笑いだな」

 ゴレイの顔色が変わった。

 そしてラティアもゴレイに対して笑ってみせた。味方からも氷の微笑と呼ばれる、相手の心の芯へ冷え染み渡る笑みだった。

「帝国の誇る巨大空中戦艦ガイエルドムクスを撃破したのも私たちSクオリファーだ。機甲師団? それがどうした? 最強戦力の空中艦隊を失った果てに繰り出した二軍ではないか」

 ラティアは胸を反らした。

「約束しよう。明日、私が勝つと」

 ふーむとゴレイはうめくと、パンパンと二度拍手した。

「その剛胆さ、気概。パンゲアノイドのようだぞ、機械戦士。人間らしからぬものだ」

 ゴレイはうなずいた。

「だが我は敬意を表した上でもあえて言う。いかなる手を講じていようと無駄であろう。我から提案がある」

「提案とは?」

「降伏せよ。我が貴様の身は保証しよう。さればまた日を改めて試合することもできる」

「それはできない。私一人が生き延びることなどできない。私の戦いには人類の命運がかかっている」

 ゴレイは大きく目を見開いた。

「たとえ私一人でも絶対に侵攻軍をラウナバードへは行かせない。脅しではない。もしも攻めてくるのなら、帝国史上最大の敗北が待っているだろう」

「そうか。だがいずれが勝つにせよ、明日は大いなる惨劇となろう。魔性の機械戦士よ、心するが良い。パンゲアノイドは科学で人類に劣るとはいえ日々進歩進化している。お前の優れていることは重々承知。だが備えはしてきている。そうでなければわざわざ侵攻しない」

「了解した。帝国の備えに心しておこう」

 ゴレイはやがて独り言のようにつぶやいた。

「それにしても、なぜグエン総司令は翻意したのか……」

「なに? なんのことだ?」

「本来、ラムナックの上陸軍は動く予定ではなかった。にわかに攻めよとなった」

「グエンはそういう奴だ。決して油断はできない」

「そうとは我も知っている。あの男は我々にとっても一筋縄では行かぬ。だが此度は違ったはずだ。まあ、そうした何かの狂いが戦場の当たり前かもしれぬが」

「なぜ、あなたは自軍の内情を漏らす? 今度は私に手加減しろとでも?」

「そういうことではない。他意のない世間話だ。パンゲアノイドとは策士より勇士を好む。敵であってもだ」

 ゴレイは背を向けた。

「全ては明日だ。我と当たるまでは死ぬなよ、機械戦士」

 ゴレイは円盤に乗ると、森の奥へ消えていった。 

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