第2話 インストール

 Sクリファー・ワン・ラティアの中核となるクオリファー技術は、人間とマシンのインターフェイスを究極にまで進める技術。人間の魂・思考意思をマシン内のフィロソフィー領域へインストールし、量子プロセッサのクオリア機能を介してマシンと一体化し、直接マシンを操作するもの。それを戦闘用アンドロイド筐体へ適用したものがSクオリファー。人の意思が、心が直接動かす、いや兵器と一体化して自身となる最強兵器。ラティア・メルティはその最初の一人としてインストールされた。

 Sクオリファー・ワン・ラティアの外見は、インストール当時のラティア・メルティと全く同じ。しかし外見こそ十六歳の女性ながら、その内には超科学が結集されている。

 動力は疑似モノポリウムリアクター。

 モノポール(単磁極)素粒子を人工的に原子核へ組み込んだモノポリウム。その磁力場を触媒としたモノポリウムリアクターは原子力発電を上回る大出力電源となる。この発電動作を擬似的に再現することで小型化したものが、疑似モノポリウムリアクター。それが動力源として彼女の胸に収まっている。

 全身に張り巡らした有機金属錯体筋繊維は戦闘時に電化し、鋼のように硬化する。疑似モノポリウムリアクターの出力を全身へ駆動し伝え、背筋力五トンのパワーを発揮し、それ以上の力と速度を瞬発させるアルティメット・モードをも可能にしている。

 搭載火力はプラズマホールド装置を使った、大出力プラズマ攻撃兵器・ケルビムソフィアを二基。プラズマ伝送ケーブルを接続することで、中距離攻撃用のプラズマ迫撃砲・ハイパーキャノンを外装兵器として使用できる。

 攻撃兵器以外にも各種センサ、解析システム、変波形磁場形成装置ファンデリック・ミラージュに、統化システムの意識波動帯管制装置をも搭載。それらが身長百六十八センチメートルのボディに収められている。

 本来これらを全部組めば五階建てビル相当の大きさが必要と予想された。しかし科学技術省ラーメド機関の第四知性体・テトラが、人間サイズに作り上げてしまった。拡張カラビ・ヤウ多様体を使った超弦理論十次元空間設計法を駆使して。この設計法は第二知性段階の人間には推測レベルで理解はできても、それを実用で駆使できる者は未だ一人もいない。人間では作り出しようもない、理解の範疇を超えた存在。それがSクオリファーだった。

 けれども。

 その人知を越えた科学の粋の一号機であるラティアが今、居心地悪げにこの高級マンションにいる。戦うことを許されず、軟禁されている。

 実のところ外観は五体満足のようでいて、ラティアの身体内部は至る所機能不全となっていた。度重なる戦闘による破損に故障、消耗部品の劣化が幾つもある。アルスラン帝国の攻撃でフェムルト国内の工業施設がほぼ壊滅していた。機能性素材が入手できなくなり、修理交換のパーツが作れないのだ。それでも自身の不具合を承知の上で、ラティアは戦場へ行こうと志願していた。不具合はプログラム変更やバイパス回路の構築でカバーできる目処があった。けれども上司のロナウ大佐はラティアの言うことを聞いてくれなかった。戦闘不可と断じて、このマンションへ押し込めた。

 Sクオリファーの人工シナプス回路への適合率が高い。それが理由でラティアたちは選ばれた。ラティアは普通科高校に入学間もない十六歳の一般人だった。レイアに至っては中学二年生だった。自分たちがSクオリファーにならなければ、戦場へ行かなければフェムルト共和国は滅亡する。人類は絶滅する。そんな事態が三人に突きつけられていた。そしてインストールされ、戦いに身を投じてきた。

「絶対勝とう。生きて三人で人間に戻ろう」

 自分も厳しかったが、同い年のジャンヌも殴り合いの喧嘩すら経験がなかった。まして、十四歳のレイアに殺し合いをしてこいなどと無理に過ぎた。それでもラティアはリーダーとして二人を励まし、そして二人からも励まされて戦ってきた。

 そうしてこの一年あまり三人で戦ってきた。

 三人の攻撃力は絶大だった。しかし敵も強大であり、かつ国力が違いすぎた。アルスラン帝国は世界規模の大帝国。国力はフェムルト共和国の五十倍以上。押し寄せる敵の大物量を前にしてはラティアたちの戦闘力も『点』に留まった。『面』で分厚く広範囲に押し出してくる敵に、フェムルト各地は今や焦土と化しつつある。Sクオリファーのインストール施設も既に破壊された。人間に、元の体に戻ることはできなくなった。

 遂に、リーダーとしてもっともボディを酷使してきたラティアは戦闘不可の状態となってしまった。そしてジャンヌとレイアの二人だけが戦うことになって、行ってしまった。

 ラティアは残され、ここで一人きりになった。


 キッチンでぼんやり立つラティアの目の前で、レンジにかけたポットがカタコトと白い蒸気を沸き上げている。

「二人とも死ぬな。……生きて、帰ってきて……」

 静かだった室内に、玄関から呼び出しのチャイムコールが鳴った。

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