16:ウルフの不在

 彼が行ってしまった。


 ブラドの消息を情報部が掴んだと

 知らせが入ったからだ。


 彼が言うにはおそらく、

 そこにブラドはいないだろうけど、

 少しでも手掛かりが欲しいので

 そこへ行くとのことだった。


 私は彼に頼まれてお留守番。

 本当は一緒に行きたかった。

 けど……。


数時間前ーー


(んじゃ、行ってくる。

 あとは手筈通りに。ふたりのことよろしくなー)


(えっ! ちょ、ちょっと~!)


 もう、なんなのよ!

 あれが私に物を頼む態度!


 でもあの人、

 ちょっと素直じゃないところあるから、

 本当は……。


『お前にはここに残ってふたりを守って欲しい。

 お前にしか頼めないんだ。

 俺は必ずお前の元に戻ってくる。だから……』


 そ、そんなこと言われたら

 やらない訳にはいかないじゃないのよぉ!

 ※言っていません。


 でもこの姿はなんだか落ち着かないわ。


 彼に頼まれて今は彼の姿に化けている。

 我ながら完璧な化けっぷりだ。


 これだけ完璧なのだから問題ないわよね。


 ……本当に完璧。

 今なら私の思い通りに『彼』を動かせる。

 『彼』を、思い通りに?


 私は不意に自分の身代わり人形に目をやった。


 …………。


 だ、ダメよ!私!

 いくらなんでも『そんなこと』出来ないわ!

 そ、そんな……最低よ!


 それに『そんなこと』をしたと

 彼にバレたら私、生きていけない!


 このことは忘れましょう!

 記憶の奥底に重石を乗せて沈めるのよ。


 ……落ち着いてきたわ。

 もう一度、整理しましょう。


 彼が言うにはクレアがいち早く気づく

 可能性があることを懸念していた。

 だけど私はこれでも自分の術に自信を持っている。

 そう易々とはーー


「ウルー!早く行かないと学校に……」


 そうか、今は私が彼なんだから

 『ガッコウ』に行かないといけないんだった。


 テクテクとクレアの横を通り、

 扉に向かおうとするがクレアが付いて来ていない。


 ん?どうしたのかしら。


 後ろを振り返るとそこにはクレアの顔があった。

 黙ってこちらをじっと見つめている。


 えっ?なに?ど、どうしたの?

 どこか間違えてる?


 私は自分の変化にどこか不備がなかったか

 確認するが、

 何処にも不備は見つからない。


 では何故、彼女は

 こちらを見つめているのだろうか。

 ただただ何も言わずじっと……。


 目が怖い、目が怖い、目が怖い。


 私はこの目を知っている。

 これは彼に対してクレアが異常な愛情を

 表にするときの目だ。


 まさかいきなりバレて……。


「クレアー。早く行かないと遅れるわよー」


「……はーい!わかったー」


 クレアはトタトタと部屋を出ていった。


 た、助かった。


 彼の言う通りだった。

 クレアを甘く見すぎていた。


 これは計画を一旦、見直す必要があるわ。

 彼は明日には帰ってくるはずよ。

 とにかく今日一日、今日一日を乗り越えるのよ!


 それから登校中、学校にいる間、

 彼女は今も何も言わず

 私をじっと見続けたままだった。


「どうしたの?クレア」


「ねえ、マリア。今日のウルなんだか変じゃない?」


「ウルフが?」


 あれは確かクレアの友人のマリアだ。

 何度かクレアと一緒にいるところを見たことがある。

 彼女も私を見ているようだ。


「んー、どこも変には見えないわよ?」


 どうやらマリアには

 私は普通に『彼』に見えている。

 やっぱりクレアだけが勘づいているみたいだ。


「そうかなぁ……」


「クレアはどこがいつもと違うと思うの?」


「んー、言葉にし辛いんだけど……

 何て言うか女の匂いがするっていうか……」


「ア、アハハァ……でもウルフとクレアって

 いつも一緒でしょ?

 ウルフが浮気する時間なんてないと思うけど?」


☆マリアの豆知識☆

 マリアは最近、クレアの更正を

 諦めかけているぞ!

 諦めるなマリア!負けるなマリア!


「そうなんだけど……。そうじゃなくて。

 ウル自身が女の子っぽいっていうか……」


「ウルフ自身がぁ?

 うーん、そういうの良くわからないけど、

 でももしかして……」


「え、なに?」


「実は『心は女の子』だったりー、とか?」


「……えっ?」


「人でもいるでしょ!そういう人。

 だからウルフもそういうのに

 目覚めちゃったんじゃないかなーって、

 ……あれ?クレア?」


「ウ、ウルに限ってそんな……でも今のウルから感じるこの感覚は確かなもの。それにもしそうだったなら、私はウルを受け入れられるの?ウルを女の子として見ていけるの?いえ、ダメよ、クレア。受け入れないと。だってウルには私しかいないんだから。例え誰もそれを受け入れられないとしても、私は、私だけは受け入れてあげないと……。でも良く考えて。もしウルが女の子の心を持っているなら、今までとは違うつきあい方が出来るんじゃない?そうよ。だって女の子同士なんだから。身体は男の子でも心は女の子なんだから。だから『あんなこと』しても、『こんなこと』しても大丈夫よ。問題ないわ。だって同じ女、女の子同士なんですから。それにーーー」


「あのー、クレア?冗談だから。

 冗談だからね?だから戻って来て!

 クレア!クレアぁ!!」


 その後もクレアは私をじっと見つめていた。


 でもなんだか先程までとは別の種類の

 熱の入った視線も混じっているような。


 これは気のせいなんだろうか……。

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