17:不安

 ドラコはドラ子だった。


 俺は裸のドラコを抱えて、

 後方で待機していた

 ドラコの軍の駐留所へ向かった。


 念のため、体の方も調べてもらったが

 問題はないとのことだ。


 しばらくしてドラコも目を覚ました。


 俺は改まってドラコに性別のことについて訊ねた。


「お前、女だったのか?」


「そうだ! 見てわからんのか!」


 自信満々にその体を見せつけてくる。


 よし、まずは服を着ろ。


「我らにとって性別なぞ些末事よ。

 我と貴様は魂の楔で繋がりし同志なのだ。

 それに前世でも我は女であり、お前は男であった。

 気にすることはない」


 俺はあまり気にしてはいないが。


 お前は気にしろっ!


 年頃の娘がマッ裸で堂々と言うことではない。


 いや、コイツはもう2000歳を越えているんだった。


 見た目が幼く、言うこともあれなんで

 すぐに忘れてしまう。


 ドラコの着替えを終えた後、

 俺とドラコはあの地下施設に戻った。


 入口にあった設置型の魔方陣は既に消えていた。


 所々崩れてはいたが、

 何とか施設を回ることは出来た。

 仮に探索途中で崩れてきても、

 俺とドラコの魔力なら瓦礫を吹き飛ばして

 外に出ることも容易であっただろう。


 探索の結果としてはわかったことは、

 やはりブラドの罠であったと言うことだ。


 施設の中は完全にもぬけの殻。

 一切の書類も備品も残されていない。

 何かしらの痕跡もなかった。


 ヤツは俺とドラコが来ることを読んでいた。

 現在の魔王軍の配置や、能力、人選を読み

 ドラコが来ることを確信していたのだろう。


 そこであの魔方陣を張り、この場を去った。


 あの魔方陣は、ドラコの本体である

 人格そのものを眠らせるための

 専用の魔方陣だったようだ。


 ドラコ自身、封印が弛んでいることを

 自覚していたが、

 封印の魔法は容易く使えるものでもないので

 先伸ばしにしてこれまで何とかやっていたようだ。


 しかし、不意にあの魔法で意識を失い。

 その反動で封印も解けてしまったとのことだ。


 そして一応、俺はドラコの首を跳ねたことを

 謝罪した。


「あの時、言ったであろう! 気にするでない!

 あの程度の痛み、破瓜の瞬間の方が余程、

 堪えたわ!」


 ちなみにその前世でコイツにその痛みを与えたのは

 俺(ハーティア)だと言う。

 と、いうか俺はハーティアではない。


 そもそも聞いてない。

 そんな話は聞いていない。

 断じて!


 そもそもコイツのいう『前世の話』が

 本当なのかどうか未だに疑問なのだ。


 厨二っぽい言葉、

 「疼く……」や「目覚めるな!」という発言は、

 実際に封印が解けかかっての発言だったようだが、

 それ以外の話に出てくる事件や人物は

 おそらくはこの世界には存在していない。


 時代的にドラコが生まれた頃は、

 まだ話の中のような文明は存在していないからだ。


 もしかしたら俺と同じように別の世界から

 転生した可能性もあるが、

 コイツの見た目と言動がどうしても

 演技のように写って仕方がない。


 結局、その辺はハッキリすることなく

 その場を解散した。


 なんだか完全に骨折り損だった。


 きっと『アイツ』は遠くから覗いて

 楽しんでいたに決まっている。


 考えただけでムカつく。


 とにかく今日は疲れた。


 早く帰ってクレアに癒してもらおう。

 家に着くのは朝方だな。

 まだクレアが起きる前には到着出来そうだ。




クレアの家ーー


 家に着いたのは予定よりも早い深夜だった。

 俺も急いで帰って来たので

 早めに到着出来たようだ。


 俺は魔力でキュウビに呼び掛けた。


(……良かった、帰ってきたわね)


(ただいまー)


(なんか疲れているわね)


(ああ、詳しいことは明日話す。

 そっちはどうだった?)


(……こっちも大変だったわ。

 私もゆっくりしたいから明日にする)


(だな。明日から頑張ろう)




翌朝ーー


 朝だ。

 隣にはクレアが寝ている。


 目覚めて彼女の顔を見るとホッとする。


 この生活を守る決意を、

 改めて固めることが出来る。


 彼女の頬を鼻先でつつく。


「ん? ウルゥ?」


「ワンッ!」

(おはよう! クレア!)


 クレアは目を覚ました瞬間、

 いきなりガシッと頭を掴んだ。


 クレアがジッと俺の目を見ている。

 な、なんだ?


「……良かった」


 なんだか安心するような顔を見せて、

 いつもの様に抱き締められた。


「おはよう! ウル!」



 クレアが朝の準備をしている間に、

 キュウビから昨日の様子を聞いた。


 やはりクレアは勘がいい。

 どうやら俺やキュウビの魔力を感じ取り、

 無意識に区別している。

 魔法の才能があるのかもしれない。


 だがそれは今後は易々と

 入れ替わりは出来ないということだ。


 何かしらの対策を考えないといけないな。



学校ーー


「ーーで、あるからして……」


 周囲の視線が俺に集まっている。

 いつもはもう皆、慣れていたのだが

 今日は俺にいつもと違うことが起きている。


「……あー、クレアさん?」


「何ですか? 先生?」


「あなたはとても優秀な生徒です。

 学業も素行も模範的だと思います」


「はぁ……?ありがとうございます」


「でもぉ、そのぉ……。

 犬は膝の上から降ろしましょうか」


 そうだ。今日の俺は何故か

 クレアの膝の上に乗せられている。

 まるで膝掛けのように。


「あ、大丈夫です。気にしないでください」


「無理だよ! 気になっちゃうよぉ!

 いつもウルフくんは教室の後ろに居たでしょ!

 何で膝の上に居るのぉ!?」


 ああ、いつもは穏やかなあの先生が

 あれほど取り乱すとは……。


「だってウルが私から離れたくないって……」


 言ってない!俺は言ってないぞ!

 どちらかというと無理矢理、

 膝の上に乗せられたよぉ!


「と、とにかく、君は気にしなくても、

 皆が気になってしまって授業に支障で出ています。

 ウルフくんを連れて来ていいという

 許可を出したのは

 授業に支障がないならという約束の元でです。

 このままではウルフくんには

 学校に来てもらうことを控えてもらわなくては

 ならなくなりますよ?」


「……わかりました」


 どうやらクレアも観念したようだ。

 クレアは俺を膝から降ろし、そして……。


 俺を背負った。


「クレアさぁぁぁんっ!!」


休み時間ーー


「どうしたの? クレア、今日はなんだか変よ?」


「……別に変じゃないよ?

 私はウルと一緒にいたいだけなのに」


「うーん、でも今日のは流石にやりすぎだよ?

 気を付けないと」


「……うん」


 確かに何かクレアの様子がおかしいな。

 昨日のことが何か関係しているのか?


 家に帰ってからもクレアは

 ずっと俺にべったりだった。


 俺とキュウビは昨日の情報交換を

 魔力の会話でおこなった。


(そういえば昨日の添い寝(?)の時間は

 短かったわね。

 いつも私が撫でられている時間より

 だいぶ短かったわ。)


 やっぱり何か感じるものが有ったのだろう。


 その夜の就寝前……。


「ウルぅ……」


 ベッドに入ってすぐに呼ばれたのは

 キュウビではなくて俺だった。


 その彼女の表情を見て、

 初めて一緒のベッドで眠ることになった日のことを

 思い出した。


 彼女がまだ学校に上がるより前だった。


 その時まで俺はベッドの下で寝ていた。


『ウルぅ……いっしょにねよぉ』


 彼女はベッドの上から俺の毛を掴んで引っ張る。


 多分、怖い夢でも見ていたのだろう。

 目に涙を浮かべている。


 本当はソフィアさんと

 一緒に眠りたかったのかも知れないし、

 子供ながらに母親に迷惑をかけないように

 考えたのかも知れない。


 でも俺はあの時、

 彼女が自分を頼ってくれたのが

 何よりも嬉しかった。


 今の彼女はあの時の表情に

 良く似ているように感じた。


 俺は誘われるままにベッドに入った。

 彼女の横に彼女に背を向けた形で横たわる。

 いつもならここからクレアになで回されるのだが、

 今日はそれがない。


 後ろから優しく抱き締められている。


「……ウルは今なにを考えているの?

 何か不安なことがあるの? 何か悩みがあるの?」


 彼女がゆっくりと俺に話しかける。


「最近のウルは少し変だよ?

 前よりも落ち着きがないことが増えた。

 前よりも私から離れることが増えた。

 何かあったの?」


 俺は彼女の問いに応えることができない。


 俺は彼女に不安と寂しさを与えてしまった。


 俺は彼女からいいものを

 沢山与えてもらっているのに。


 俺は謝罪の言葉すら伝えることができない。


「ウルとお話が出来たら良かったのに。

 ウルの言葉が解ればよかったのに。

 そうしたらもっとウルと仲良く出来るのに。

 ウルが悩んだり、苦しい時、

 私が慰めてあげられるのに。

 私、ウルのためならなんでもするよ。

 それなのに何で……」


 『話が出来たら』、俺も何度も思ったことだ。


 話が出来たら、もっと彼女を助けてあげられた。

 話が出来たら、もっと彼女に感謝を伝えられた。


 でもそれは叶わない。

 叶えてはいけない。

 俺が彼女と話をするということは、

 それは俺が『ただの犬』でないということだ。


 それを知られれば、

 もう普通に飼い主と飼い犬ではいられなくなる。


 彼女と共に普通に暮らすことは出来なくなる。


 ……やっぱりあの時と同じだ。


 俺が彼女にしてあげられることは、

 彼女が流した涙を舐めてあげることしかなかった。

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