15:ヒュドラ

 『封印竜』とはこういうことだったのか……。


 ドラコはその身に確か封印していたのだ。

 この大量の竜の首を。


 竜は数が少ないが生物としては最強とされている。

 魔族でも魔物でもなく

 本来は単独で世界各地に住まう。


 現在、確認されている竜は五頭のみ。

 ドラコはそのひとりであった。


 だがどんな竜かまでは知らなかった。


 この竜達こそドラコの真の姿。


 そして彼の中に封印されていた竜は、

 この森全体を埋め尽くすほどに巨大で大量だ。


 俺は以前にドラコ以外に

 一頭だけ竜と会ったことがあった。


 しかしこの竜の首、ひとつひとつから

 その竜と変わらないほどの魔力を感じる。


 強力過ぎる。

 もしこれが世界に向けて敵意を見せれば

 世界を滅ぼしてしまうのではないかと

 思えるほどに。


「ドラコっ! 俺が判るかっ!」


 俺はその竜達に呼び掛けて見た。

 竜達は俺を視界に入れると次々と襲いかかる。


 速さはそれほどではないが、

 その力は強力無比。


 あの顎に捕らわれれば、間違いなく食われる。


 やはりドラコの意識は残っていないようだった。


 どうする!?

 だがこのまま放置することは出来ない。

 俺に倒すことが、出来るだろうか?

 出来ることなら再度、

 封印するすべがあればいいのだが。


 不意に森の木々に隠れていた竜の首が現れた。

 俺は咄嗟に『牙』で竜の首を跳ねてしまう。


 『牙』は意外とあっさり肉を断った。

 だがしまった。ドラコは大丈夫だろうか?


 他の竜の首が痛がっている様子はない。

 痛覚は共有していないようだ。


 その代わりひとつの異変が起こった。

 先程、跳ねた首の断面から新たな竜が現れた。

 しかも二頭に増えている。


 それらは再び、俺に襲いかかる。

 俺はまたその二頭の竜の首を跳ねた。


 次はそれぞれの首からまた二頭ずつ。


 俺が知っている伝説上のヒュドラと同じ様だ。


 だがそうであるならひとつだけ

 不死の竜の首があるはずだ。


 もしかしたら、

 それを見つけることが出来れば……。


 それがいるのだとすれば

 『あそこ』にいる可能性が高い。


 俺は狼に姿を変えてそこを目指した。

 俺は竜の首から首に飛び移りながら

 目的の場所へ進む。


 いくつもの竜が俺に襲いかかるが、

 一頭もこの姿の俺に噛みつくことは出来なかった。


 あそこだ!


 そこには他の竜とは色の違う白い竜が

 とぐろを巻いて眠っていた。


 俺はまた人の姿になり耳元で声をあげる。


「おいっ! 起きろっ!!」


 反応はない。

 おそらくこれが『不死の竜』なのだろうが、

 全く起きる気配がない。


 仕方がない。


「起きろ! この厨二ドラゴン!」


 俺は『牙』をその竜の体に突き刺した。


「いっっっ! たぁぁぁっーーい!」


 やっと起きた。


「な、何をする我が同志よっ!」


「……周りをよく見ろ」


「ん? こ、これは! そうだった、

 我の封印が解けたのだったな」


 こいつの言っていた言動の数々は

 どうやらただの演技ではなかったようだ。


「いいから暴れるのをやめてくれ」


「それは……無理だ」


「? お前が主人格ではないのか?」


「確かに我がこのヒュドラの主体となる

 首ではあるが、すべてを操ることはできん。

 その気になれば一部の首は思い通りに

 動かすことは出来るが、

 その間は他の首は本能で暴れまわる」


 マジか。

 しかし、これが人のいない森で良かった。


「早く何とかしないと大変なことに……」


 そう呟くドラコの言葉の意味が

 良くわからなかった。

 しかしドラコの視線を追って

 その意味が理解出来た。


 先ほどよりも更に大きく、長くなっている。

 それは少しずつ確実に。

 未だに膨張が止まる気配はない。


 確かにこの森には魔族はいないが、

 このまま大きくなれば近くの集落や村が

 襲われるかもしれない。


「元には戻れないのか?」


「……今のままでは無理だ」


「どうすれば出来る」


「そうだな。しかし出来るかどうか……」


「それでもやらなければならんだろ」


 ドラコは少しだけ考えて、

 再び口を開いた。


「……わかった。話そう。

 本来であるならもっと人と隔離された広い場所で

 時間を掛けて封印していくのであるが、

 今回はそんな時間も移動もかなわん。

 なので別の方法をとる我を再び封印をするため

 我以外の全ての首を切るのだ」


「……全てか?」


 この数を!?


「全てだ。

 残りの首が、我だけになれば封印は容易だ」


 どうやら首の数が問題であるようだ。

 多分、時間を掛けてというのは首ひとつひとつに

 封印を施す必要があるのだろう。


 だが今、それをしていては間に合わない。

 そこで首を一旦、ひとつにして封印をかける。


 だがひとつ、別の問題が生まれる。


「待て、この首は切っても再生するだろ?」


「その通りだ。だから同時に切る必要がある」


 簡単に言う。


 普通ならそんなにこと不可能だ。

 しかし俺は残念ながら普通ではない。


 不可能ではないか……。


「わかった。それで行こう」


「うむ、手を懸けるな……」


 一応、堪えているようだ。


 確かにこいつらは封印されなければ

 ならない存在だろう。

 先ほど教われたのでわかるが、

 勝負に負ける気はしない。

 だがこいつを滅ぼすことが出来るのかは不明だ。

 仮に出来たとしても、

 その時にこの世界が健在なのかも不明である。

 

 コイツ自身、それを理解している。

 それなりに責任を感じているのかもしれない。


「……別にいいさ。俺達は『盟友』なのだろ?」


「ウルフ……。すまぬ」


 だがすべての首を一辺に切るとなると……。


「ひとつ確認したい。お前は不死なのか?」


「ああ、そうだ。

 他の首とは違い増えることはないが、

 どのように切られようと一瞬で再生する。

 再生のスピードは

 他とは比べ物にはならないはずだ」


「……痛みはないのか?首を切られた時は?」


「痛みだと? ……なるほどそういうことか。

 気にするな。これは我の油断が招いたこと。

 その程度の痛みで済むのであれば

 大したことではない」


「……わかった」


 俺は再び狼の姿になり。

 先程の地下施設の入口から中へ入った。


 この首の根元は地面から生えている。

 おそらく身体は地面の下にあるのだろう。


 陸上からでも可能ではあると思うが、

 出来るだけ切り損ねないように

 少し深めの位置に移動する。


 幸い、地下施設は完全には崩れてはいなかった。

 しかしそれも時間の問題かもしれん。

 施設がぐらぐらと揺れている。

 竜の首が動く度に振動が伝わってくる。


 俺は地下施設のひとつ部屋に入った。


 『牙』を十分に振ることの出来るだけの

 スペースがあればどの部屋でも良かった。


 俺はまた人の姿になり『牙』に、魔力を込める。


 標的はすべての首。

 範囲はこの森を多い尽くすほど。


 魔力を溜めながら『匂い』で首の位置を確かめる。


 ……大丈夫だ。

 すべての首は俺の間合いにある。


「……はぁぁぁぁっ!」


 俺は『牙』に溜めた魔力を解放し、

 『牙』を横に薙ぎ払い、円を描くように一周した。


 実際には前方半周と後方半周への

 二連撃ではあるが、

 一つのモーションで攻撃を完結させたため、

 そのようには見えなかっただろう。


 俺は魔力の刃で地下施設と地中を

 首と一緒に切った。


 鋭い切り口であるため、見た目では判りづらい。

 壁には俺が横一閃に入れたに

 刃の起動の線だけが描かれている。


 実際には横に全て切れているため、

 もはや地下施設としては

 使い物にはならないだろう。


 そうそうに調査する必要がある。

 しかしそれは最後まで

 この件が終わったことを確認してからだ。


 手応えと『匂い』で

 すべての首を切り落としたのが判る。


 地下施設の揺れも収まり、

 何とか崩れずに済んだようだ。


 ドラコの方は封印に成功したのだろうか?


 俺はそれを確認するため再び地上へ戻った。


 そこにはあの少年のような姿の

 俺の知るドラコが裸で横たわっていた。


 駆け寄り抱き抱え安否を確認する。

 どうやら呼吸は落ち着いている。

 封印に力を使い果たしたのかもしれない。


 コイツがあのヒュドラだったとはな。

 寝顔を見ているとただの子供なのに。


「……んっ!?」


 そして、そこでひとつのことに

 気がついてしまった。


 コイツがヒュドラであったこと以上の

 驚きを感じている。

 この少年の体には『付いているはずのもの』が

 付いていない。


 お前っ! 女だったのかぁっーー!!

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