14:封印竜

 帰りたい。

 クレアに会いたい。

 早く帰りたい。


 俺は今、魔族支配圏のある場所に来ていた。

 魔族も棲んでいない森。


 キュウビに魔王軍からの

 ブラドの情報が入ったのだ。


 俺はブラドを討伐するまで一時的に協力することを

 キュウビの連絡役を通して魔王軍に伝えた。


 そして魔王軍の情報部が掴んだ情報によれば、

 この場所にブラドが潜んでいる可能性が

 高いということらしい。


 俺が家を開けている間はキュウビが俺の姿に化け、

 子狐キュウビ人形を自分で操作して

 やり過ごすという手筈だ。


 とは言っても、クレアの目をそれほど

 長く誤魔化せるとは思っていない。

 持って二晩、

 早ければ一晩ほどしか持たないだろう。

 クレアを見くびってはいけない。

 今日中に片を付ける。


 相手は『不死王』だ。

 魔王軍からも『天魔八将』が派遣された。

 それは……。


「待たせたな魂の盟友よ!」


 何故、木の上に……。


「我は『天魔八将』の封印竜、ドラコ!」


 あ、うん。知ってる。


「さあ盟友よ! 我と共に逆賊を討たん!」


 いつの間にか盟友にされてしまった。


 以前に俺が『天魔八将』を全員返し打ちにした。

 と話したことがあるが、実は俺は

 こいつとは戦っていない。


10年前ーー


「貴様が『銀狼』か!」


「誰だお前は……」


「我は『天魔八将』の一人!封印竜のドラコ!

 貴様の力を見極めに来た」


 元気な子供の様に見えるがドラコといえば

 2000年以上を生きる竜だと聞いたことがある。

 そしてこの膨大な魔力の気配……。

 間違いなく強い!


「いざっ!」


 即座に応戦の体勢を取る。

 しかし……。


「う、くっ! こんな時にっ!

 左目がぁ! やめろ! 邪魔をするなぁ!」


 なんだ!?様子がおかしい。

 いきなり苦しみ出したぞ?

 いったい何が起こっている。


「ハァハァ……なんとか治まったようだな」


 先程まで押さえていた左目には眼帯がされていた。

 あの眼帯はいったい……。


「しかし我が左目が貴様に反応するとは……。

 貴様はもしや転生者か?」


 こいつ! 俺が転生者だとわかるのか?

 まさかこいつも!?


 どうする!?

 同じ転生者と出会う可能性は考えていなかった。

 どう対処する?


 知らない振りをするか?

 いやしかし、転生者に関する

 何か重要な情報を持っているのかもしれない。

 ならば意を決して……。


「……そうだ」


 そう返すとドラコは、

 やっと出会えた同志を見るような目で

 蔓延の笑みを浮かべた。


「やはりか!

 貴様が『銀狼』と聞いた時から思っていた!

 やはり貴様は、前世では我が右腕として共に

 戦場を駆けた友、

 『銀狼騎士ハーティア』であったか!」


 ……誰?


「うっ! 今度は右手がぁ!

 鎮まれぇ! 鎮まるんだ! 我が右腕ぇぇ!」


 こ、これは!

 間違いない……。俺はこの病気を知っている。

 この症状、そう!これは『厨二病』!


 やめてくれ! 俺の黒歴史を刺激しないでくれ!

 俺は、俺はもうあの時の俺じゃぁないんだぁ!


 マ、マズい!

 このままじゃ俺の精神が持たない!

 何とかして奴をこの場から排除しなくては!


「おい……」


 俺は奴の右腕に持っていた包帯を巻いてやった。

 応急手当用のただの包帯だ。


 だが、このアイテムはこいつ好みのものだろう。


「これで少しは持つはずだ……」


 何が持つのかは知らないが、

 とりあえず意味ありげな言葉を使う。


「ハ、ハーティア……」


 よし! これでやつの心は掴んだ!

 あとはこいつが俺から離れるように

 誘導してやればいい。


「その名で呼ぶな。

 俺はもうハーティアではない。

 『銀狼のシリウス』それが今の名だ。

 そんなことより何故、お前がここにいる。

 本来なら俺達はまだ出会うはずではなかった。

 お前にはやるべきことがあるだろう。

 行け! 行くんだ!

 時が来ればまた会える。だから!」


「ハーティア……、『銀狼のシリウス』!

 わかった……。だが、必ずだ!

 必ずまた共に戦場を駆け抜けよう!」


 そう言ってドラコはどこかへ走り去った。


 ふう、何とか上手く丸め込めた。


 ある意味一番恐ろしい敵だった。

 無口設定を忘れて饒舌に話してしまったな。


 アイツとは二度と会いたくないな。


そして再び現在ーー


「やはりまた会うことが出来たな。我が友よ」


「あーそうだな」


「我はこの再開を待ち望んでいた!

 貴様の言った通りだったな!

 ハーティア、いや『銀狼のシリウス』よ」


「あーそうだな」


「我と貴様で悪漢ブラドを討ち滅ぼそうぞ!」


「あーそうだな」


 基本的に『天魔八将』が

 戦闘を前提に行動するときは

 単独行動をするとこが多い。

 戦闘力が高すぎて周囲を巻き込む可能性が

 高いからだ。


 だがよりにもよってコイツと二人きりとは……。


「どうした元気がないぞ? 『銀狼のシリウス』、

 まさか! お前も封印されし力に

 侵されているのか!」


 侵されている。確かに侵されているよ。

 お前の毒気に。


「ドラコ……俺はまた名を変えたんだ。

 今の名は『ウルフ』だ……そう呼んでくれ」


「なるほど『ウルフ』か。

 任せろ、『ウルフ』!

 なに、我らにとって名など記号に過ぎん!

 我らは魂で繋がっているのだ。

 もし何人が現れようとも、

 誰も我らの絆を断ち切ることなぞできはせん!」


 こいつを見ていると胸の辺りがチクチクと痛む。

 やはり俺の中の黒歴史が

 ヤツに反応しているのだろう。


 鎮まれ! 鎮まるんだ! 俺の黒歴史!

 いかん! やつの毒気で俺にまで症状が!


 これ以上、症状が進行する前に

 ちゃちゃっと仕事を片付けて家に帰るんだ。

 そしてクレアに慰めて貰おう!


「ところで、ここにブラドがいるというのは

 確かなのか?」


「軍の情報部が可能性は極めて高いと

 言っていたからな。恐らくは……」


 魔王軍の情報部は優秀だ。

 確かにヤツはここにいたのだろう。


 だけど俺は今、ここにヤツはいないと考えていた。

 ヤツの隠蔽工作は完璧だ。

 このタイミングでヤツがミスをするとは思えない。


 アイツのことだ。

 きっと罠でも張って人を小馬鹿にして

 楽しむつもりなのではないだろうか。


 アイツは性格最悪だからな。

 それくらい普通にする。


 それでも敢えて乗ってやる。

 多少の手掛かりでも見付けられれば僥倖だ。


「ふむ、確かこの辺のはずだが……」


 ヤツはこの辺にある地下施設に潜伏している。

 というのが情報部からの話だ。


「おっ! あれではないか!?」


 明らかに人工的な建物。

 しかし大きさはそれほどでもない。

 扉を開けるとすぐに階段で下に

 降りるようになっていた。


「では行くぞ! 友よ!」


 少年はちょっとワクワクしているようだ。

 いや、少年ではなかったな。


 ドラコが一歩踏み入れると異変が起こった!


「っ! 離れろ! ウルフ!」


 俺は咄嗟に後ろに大きく飛び、

 扉から距離を取った。


 ドラコの足元から魔方陣が展開される。


「ドラコっ!」


 しかし魔方陣は光を放った後、

 何も起こらなかった。


 不発か?


 俺は警戒してドラコに近づいていく。


「大丈夫か?」


 見たところ傷もなく無事なようだ。

 だがドラコからの返事がない。


 おかしく思いドラコを無理やりこちらを向かせる。


 ドラコは自分の腕をしっかりと握り、

 何かに堪えているようだった。


 まさか、さっきの魔方陣は

 精神攻撃系の魔法だったのか!


「おい!」


「う、ウルフ……」


「一体どうした」


「わ、我から離れるんだ!」


「精神攻撃か!?」


「も、もう抑えきれん!

 我に宿る狂乱の魔神が目覚めようとしている!」


 ん? これはぁ……。


「我の力が暴走する!」


 いつものあれか?

 驚かせるなよ。


 それならあの光は一体……。


「離れろと言っている!

 お前が巻き込まれるぞっ!!」


 俺は少し呆れ顔でコイツに視線を向けた。


 その瞬間、ヤツの右手が弾けた。

 代わりに何か別のモノが飛び出してきた。

 その後も左目から、足から、

 口から至るべき場所が弾けて、

 中から次々とそれらが飛び出して来た。


 これはマズい!

 距離を取らねば!


 俺は何とかその場から離脱することが出来た。


 しかしあの場所からはだいぶ離れてしまった。


 もう少し距離を取るのが遅かったら、

 俺はあれらに挟まれてひき肉に

 されていたかもしれない。


 ドラコの中から出てきたのは『竜』。

 それもおびただしい数の竜の首。


 森中から竜の首が覗いている。


 これは『ヒュドラ』だ。

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