STEP:01 I'm Firtst.

この世界の日本には歩く植木鉢プランターなんていない。いや、いなくなったといった方がより正確だ。4年前、この国を襲った歩く植木鉢プランターによる生物災害バイオハザード。これによりあたしが住んでいたこの都市は周囲を完全に封鎖され、外部との出入りを完全に遮断された。


封鎖都市。


それがあたしが2年間過ごした区域の通称だ。

この2年間、あたしは・・・・”あたし”だった。

でも歩く植木鉢プランターがいなくなった世界。

平穏な日常の世界に放り出され、”あたし”は”あたし自身”を見失う。

つまらないテレビ、興味のないニュース、芸能人のゴシップ、ネットで盛り上がるわけわからないトレンドワード。どれも・・・くだらない。大学で行われる意味があるのかわからないつまらない講義は、ただただ時間を無駄に浪費するだけ。


「・・・あたし、何やってるんだろう?」


突然降って沸いた平和な日常に、全然対応ができない。

こんなのあたしじゃない。

そんな日常を送るあたしはその日、路上に転がる猫の死体を見つけた。

ふと思わずあたしはあたしの知る日常に安堵する。

あたしの大好きな死体。でも近くを通りかかった同級生が言い放つ一言にハッとさせられる。


「・・・うわぁ、キモ。朝から嫌なもの見たね」


そうか。

あれはキモいんだ。あれは世間一般的に気持ちが悪いもので、嫌なものなんだ。

あたし、あれ見るの大好きなんだけど。

あたしは異端で、あたしはオカしい。

あたしは異常で、あたしは病気。

こんな自分は間違っている。

そんな風に自分を否定しながらの毎日。

それがあたしの・・・・日常だったじゃないか。


「・・・芽衣子ちゃん?」


あたしの顔を覗き込む加賀美さんの顔はとても心配そうだった。

そうか。これは夢か。

そう思ったらほっと全身の緊張がほぐれた。

今あたしがいるこの都市は平和なんてものとは程遠い。

歩く植木鉢プランターっていうゾンビがうようよいて、今日生き残れるかどうかっていう過酷な日常を送っていた。

いつだって殺るか殺られるか。敵は歩く植木鉢プランターだけじゃない。外部都市とは完全に出入りが遮断されたのだ。食料や住む場所なんかも奪い合いが起きていた。そう、ここは世にいう地獄絵図。でもここがあたしの望む日常。何故ならこんな時代のこんな世界なら、あたしの趣味嗜好は何ひとつ馬鹿にされないし、この世界にはあたしの大好きなものがわんさか転がっている。

死体だ。死体は美しい。

内臓や血管が飛び出ていて、ぐちゃぐちゃになっていればなっているほど美しいし、もっとぐちゃぐちゃにしたいって欲求に駆られる。そんなこと元の世界では決して言えない。けど、ここなら許される。もし、馬鹿にするやつがいるなら殺せばいい。そうそれこそが本当のあたし。

そんな世界で、あたしはやっと・・・・心を許せる仲間を得た。

加賀美さん。

実際に何人殺してきたのかわからないけど、殺人犯として指名手配され、一度は逮捕されたものの脱走してこの世界で生き残った頭のネジが外れた人。あたしの目の前で楽しそうに歩く植木鉢プランターをぶっ殺すその姿にあたしは「自分、息してる」って自覚が持てた。あたしは彼のおかげで自分を曝け出せた。誰を殺すにしても全く躊躇いがないし、この人のぶっ飛び具合は本当にあたしは尊敬してる。本人には言わないけど。

左京。

今時『侍になりたい』とか馬鹿みたいなことを言って、とにかく刀を振り回したいっていう危ないやつ。でも、彼が降るう太刀筋はとっても綺麗で、その刀でぶった斬られる歩く植木鉢プランターたちはとても美しくて見惚れてしまう。ただひとつあたしの趣味を理解してくれないあの性格は全然好きじゃないけど。

鳴海。

承認の塊みたいなやつ。死体の動画をネットに流してそれを見たがる鬼畜どもから金を稼ぐ彼は、全くあたしの趣味を理解してくれないけど、そのほうが再生回数稼げるからって一緒に死体を撮影してくれる。そのくせ危ないことがあったらすぐ逃げだして自分だけは助かろうとする。でも、嫌いじゃない。


そう。今いるこの大事な仲間。

心を開いて話せる数少ない人たち。

彼らとはこんな世界にならなかったら出会えなかったし、きっとお互い、そんな自分を曝け出せなかったと思う。

そう、悪夢だ。平穏な日常なんて。


でもふと・・・考える。


あたしたちはいつまでこんな地獄天国のような世界で暮らせるだろう。

日常地獄に逆戻りする時がくるんじゃないか。

そんな疑問に、あたしは恐怖した。


「ねえ、大丈夫?芽衣子ちゃん?もしもーし?」


心配そうに問いかける加賀美さん。

あたしはあとどれぐらい彼らと一緒にいられるだろう。

この楽しい毎日を、あとどれぐらい過ごせるだろう。

そう思うと、思わず目元から涙が溢れた。


「・・・え!??な、なになに?どしたの?芽衣子ちゃん?」


あたしは思わず加賀美さんの胸に飛び込む。


「え・・・なになに?え?いや、今時のJKに抱きつかれるの悪い気がしないけど。それに何気に芽衣子ちゃん胸あるし」

「うるさい、黙らないとその舌切って背中刺す」

「・・・・あ、だからさっきから背中チクチクするのか」

こんな軽口の叩き合いができる相手、この人たち以外にいやしない。



「・・・あたし、今が、凄く楽しい」



その言葉は本心で、漏れ出たものだった。

「・・・・ここにいるみんなと一緒にいるの、凄く楽しいよ」

「え、え?何これ、愛の告白?え、芽衣子ちゃん?ちょっと包丁ぐりぐりしないで!茶化してごめんって!痛いよ!芽衣子ちゃん!」

「・・・・あたしたち、いつまで一緒にいられるかな」

「ブスブスしないで!ほんとに痛い!!!!芽衣子ちゃん!!!???」

そう。

いつまでもこの日常が続くとは限らないのだ。

あの夢が悪夢ではなく、正夢になる可能性は大いにある。

あたしはその現実がただただ受け入れられなかった。

「・・・・やだよ、あたし。こんな楽しい毎日が、みんなと離れるが、あたし、嫌なんだ」

「ちょっと話聞いてくれるかなあああああああ??????!!!!芽衣子ちゃぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!!??????」



**********



『・・・あたし、今が、凄く楽しい』

そう言う彼女の言葉に俺も同感だった。

こんな世界になってから、俺は人生で初めて言われた言葉がある。


『『『殺してくれて・・・ありがとう』』』


俺からしたらただムカつくおっさん、鬱陶しいおっさんをただ殺しただけだ。

ナイフをダーツのように投げて、喉元に突き刺して、殺した。殺してせいせいした。だって口うるさかったんだもん。だけど、世間が人を殺せば皆俺を悪魔だ!外道だ!と罵倒し、俺を非難する。その時もそうなることだと思っていた。

でも、ありがとう、だ。

あの三人は泣きながら感謝してくれた。

こんな体験、初めてだった。

人を殺すのは大変なんだ。

死体の処理って失火しないと逮捕されて刑務所にぶち込まれて人生終わるんだよ。そうなりたくないんだよ。俺はただただもっと多くの人を殺して楽しい毎日過ごしたい。ただそのために必死になって死体の処理をしなきゃいけないし、目撃者殺したりとか色々苦労があったんだよ。

なんかそれらが全部あの時あの瞬間報われた気がしたんだ。


そう。


俺はあの時、初めて自分が生きていて、幸せを手にした瞬間であり、何より凄い事に誰かのための行動ができたんだ。こんな人殺しの俺が。

感動だった。

思わず泣いてしまった。



「・・・そうだよな。やっと、やっと手に入れたんだ。俺たちの世界を」



ほとんどの奴らにとってみたら最悪な世界なのかもしれない。

でも、俺にとってみたら最高な世界だ。

今まで培ってきた、殺人のスキル。

その全てがこの世界なら活きる。そして感謝される。

やっと!

やっと!

時代がこの俺に追いついたんだ!

でも、いつまでこんな楽しい毎日が続くとも限らない。

それは確かだった。


思い出すのは、あの男。


俺と同じ”ユウ”の名を持つ、あの学生。名前は確か・・・深月みづき ゆう

たかだか手足のない障害者の弟を歩く植木鉢プランターの餌にしたぐらいで俺を殺そうとした気狂きちがい。せっかく助けてやろうとしたのにこの俺に銃弾を放ったあいつ。あのまま奴らの餌になったか、それとも逃げ出せたのか。定かではないが、それでもあいつのような異常なやつがこの世界にはたくさんいて、きっとこの世界を昔のような気が狂いそうになる日常とやらに戻そうとする。

人を殺しちゃいけません。悪いことをしちゃいけません。

そんな世の中に逆戻りするんだ。

なんて息苦しい。吐き気がする。



「・・・あんな不自由なの、まっぴらごめんだ」



だがこの封鎖都市の世界を一歩出れば、それが当たり前の世界。

この封鎖都市の中だけが俺たちの楽園。

いずれ俺たちの楽園が崩されるかもしれないことは明白だった。

大事な仲間があんなにも悲しげな顔をした。仲間じゃないやつなら喜んでもっと痛めつけて楽しんで楽しんでから殺すたのしむんだけど、やっぱり大事な仲間のあんな顔は見たくない。


でも、どうやって?どうしたらいいんだ?

どうしたら俺たちはずっとこの自由で好き勝手にできる世界にいられる?

どうしたらあのクソッタレなこの平和な国、日本から逃れられる?


その時、俺の脳にどうしようもない衝撃的なアイデアが降って沸いた。

神の声を聞くとか天啓を授かったとか、昔のやばい人たちが言いそうな言葉を思わず使いたくなる。


「・・・・あは♡」


やばい。

これ、やばい。

楽しすぎて興奮が止まらない♪



**********



その日の加賀美はえらく上機嫌だった。

「やぁ!鳴海くん!ヘロォー!ヘロォー!グッモーニングだよ!」

まあ、この男が楽しそうでない日はないんだけど。

毎日この男の大好きな人殺し–––と言っても歩く植木鉢プランターだけど–––をしているのだ。機嫌が悪くなりようがない。あえていうなら、機嫌の悪い日なんてののはあの深月とかいうやつに殺されかけた日ぐらいのものだ。

あの時の加賀美はやばかった。

おかげで視聴率が稼げた。本当に、本当にとっても・・・・美味しい思い出だ。

いや、そうではなく。


(・・・・何企んでるんだ?あの男)


大体加賀美が上機嫌な時はくだらん何かを思いついた時だ。

「どうしたんだよ?何企んでるんだよ?加賀美」

「・・・・え?え?わかる?わかっちゃう?やだなー!鳴海くん!察し良すぎー!」

楽し気にそう言う彼はとても興奮様子で一度大きく深呼吸した。

「本当にまさにその通りなんだよ。いやー、我ながらここに思考が辿り着く俺凄いなって」

「勿体ぶらずに早く言えよ」

「えー!もー、せっかちだなー!鳴海くんは。あとでみんなを集めて話そうと思ってるんだけどさ」

その後の言葉は正直俺の理解を軽く飛び越えていた。



「俺、国、作ろうと思うんだ♡」



「・・・・は?」

もうそれは心からの「は?」だ。

もう意味がわからない。何がどうしてその結論に至った?そもそも国作るってどう言うことだ?ってか作れるわけないだろ?ってか何考えてるんだ?この異常者は!!!

ただ、なんにしてもその奇天烈なこいつの行動をカメラに収めるのはとても数字のノリがいいわけで・・・・・


「昨日、芽衣子ちゃん、悪夢にうなされてたろ?

で、考えたんだよ。もしこのまま歩く植木鉢プランターがいなくなったらって。あー、きっと日本の自衛隊が出動して、この封鎖都市の封鎖も解除されて、いつしか元通りの日常がやってくるんだろうなって。

そう考えると、なんだか俺にはやりづらい世界に逆戻りしちゃうなって思ってさ。

で、考えたんだ。

俺たちの、俺たちによる、俺たちだけの国を作ろう。人を殺すことも厭わない。悪なんて言葉が存在しない国を作ろう。力が全ての国を作ろう。何者にも縛られない。何者にも指図されない。どんなものを好み、どんなことをしたって許される。そんな国を作ろう。自分さえ良ければいい。自分を何よりも最優先に考える国を作ろう。

そう、それこそが俺が理想に掲げる、自己最優先アイムファーストだ。


俺は・・・・自分たちの自由を、この手に掴み取りたい」


一体全体こいつはどうしちゃったんだ?

何言ってるんだ?

よくわからん。アイムファースト?なんだそれは?自分を最優先?人を殺すことを厭わない?悪が許される?なんだそれは?一体なんだって言うんだそれは。

それは本当に意味がわからなくてとても・・・・なんだかちょっと楽しそうだ。


「・・・・はぁ?なんだそれ、詳しく話せよ」

「もっちろーん♡」


ほんと、こいつと一緒にいると退屈しない。

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アイム・ノット・ヴィラン 三神しん @secretcat

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