最終話 恒久的命題と輝ける未来への展望


「…………整理しよう。俺は上島だ。しがない係長の上島。そしてあいつは、生意気な僕っ娘部下、宮下……だったはずだ。だったはずなのに…………それもすべて、演じていた、だと……?」


「……あの、すみません」


「はい……って、え! ファっ、ファミマのえぐちさん!? こここ、こんにちは! 本日はお日柄も良くいい天気ですね!」


「すみません、お見かけしたのでつい声をかけてしまって。お仕事中ですか?」


「いや、ままごと中でした。あ、いや休憩中です! 決して人間に擬態していた軟体生物とままごとしていたのではありません……!」


「そうですか。えっと、あの。毎日買い物に来てくれてありがとうございます。実は、その、殺し屋風のかっこいい人だなって、ずっと思ってたんです。今日はいったい何人を闇に葬ってきたのかなって。お客さんに対してこんなこと思ったりして、ファミマの店員失格だなって思ってたんですけど……」


「かっ!? ……いやそんな、私はかっこよがられる程のかっこよさなど持ち合わせてはいません。少し人殺しが上手いだけの男です。それに、えぐちさんは素晴らしいファミマの店員です。客の呼吸を読んで絶妙なタイミングで繰り出される「有料ですが袋にお入れしますか?」には客への配慮と地球環境への思いやりが溢れているのが伝わってきますし、あなたの笑顔に元気をもらっている客がたくさんいます。もちろん、私もその一人です」


「ありがとうございます。嬉しいです。私の名前、覚えてくれてるんですね」


「覚えてるどころか毎日反芻して、勤務時間とかも全部ばっちり、あ、いやあの」


「よかったら、お名前を教えてくださいませんか?」


「上昇気流の上、ウレシャス半島の島と書いて上島です」


「上島さん。あの、よければその、ファミマ以外の場所で時々お話ししたりとか、できませんか?」


「喜んで! いや、ごめんなさい! いや、ぜひ! いやいや私には妻と娘が! いやいやいやでもちょっとした雑談くらいなら! いやいやいやいやファミマという一線を越えるのはだめだと思います! いやいやいやいやいや別になんにもやましい気持ちとかそんなにないのだし! いやいやいやいやいやいや私は清く正しく美しいファミマの客でありたいのです! いやいやいやいやいやいやいや」


「はい、ストップです」


「はい、一旦ストップしましょうそうしましょう!……って、え?」


「上島さん、キャラがいまいち定まっていませんね。特に殺し屋という設定がまったく活かしきれていません。現実味のない設定だからこそ、細部の詰めが必要なのです。もう一度練り直してください」


「お、お前まさか、ファミマのえぐちさんではなく……?」


「宮下改め、擬態型軟体生物です」


「わかっていた。わかっていたのだ、どうせそんなことだろうと。しかし、微かな希望にすがりたかったのだ。平凡な毎日を退屈だと思ったことはない、むしろ幸福だと受け止めている。だが、いつか不意に訪れるかもしれない夢のようなときめきを、ほんの少し、信じていたかったのだ」


「こういう感じでまたちょくちょく上島さんの調査にやって来ますので、その時はよろしくお願いします。次あたり、ファミマのアルバイト中にちょっとした失敗をしてしまい落ち込みながら帰宅しているえぐちさん役で現れますね」


「だっ、誰がバイト帰りのえぐちさんと偶然会ったので少し話をしていたらふと元気のない表情を見せて「実は今日失敗してしまって……」と話し出したえぐちさんに対しそれなりの修羅場をくぐり抜けてきた大人として励ますでも慰めるでもなくごく自然な前向きさでもって勇気付ける言葉を送り最終的には笑顔になったえぐちさんから信頼と同時にファミマの常連客に向ける以上の特別な感情を勝ち得るシチュエーションを希望してるだって!? はい、ぜひお願いしたい! そして空気が和んだのも束の間、数人の屈強な男達が俺とえぐちさんを取り囲む。そいつらは、先日俺が依頼を受けて殺した某組織の人間の、その下に属する人間だった。つまり復讐。俺を消しに来たのだ。俺は横で震えるえぐちさんに言う。『私は決して死にません。すべての弾を動体視力により完璧に捉え、この銃で迎撃します。もちろんあなたも、死なせない……!』瞬間、放たれる弾。すべての弾道を完全に読み、迎え撃つ形で発砲する俺。威力を殺され、砕け散る弾は鉄の塵となって闇夜を舞う。奇襲を無効化され唖然とする敵の間を、俺はえぐちさんの手を引いてすり抜ける。夜の中を走りながら、俺は言う。『月が綺麗ですね』」


「まぁまぁの臨場感はありますが、登場人物の言動がシチュエーション成立のための道具になってしまっているのが難点です。やはり虚構が現実を凌駕してひとつの実存的世界観を作り上げるためには、展開ありきの登場人物ではなく、登場人物ありきの展開でなければいけません。もちろんそれを演じる役者としての上島さんの表現力が必要になってくることは言うまでもありませんが」


「非常に難しいが、今ならわかる気がする」


「頑張ってください。では、また次回のままごとで」


「あぁ。ありがとう、宮下改め、擬態型軟体生物。じゃあ、また…………。


 ……光の速さで消えていった。いったいどこからどこまでがままごとだったのか、もはやわからないな。しかし、どんなに冴えない毎日だろうと、現実を生きようじゃないか。ここが俺の生きる場所だ。なんか、石ももらったし。給料三年分…………悪くない。ん? あれ、なんかこれ、裏にネジが付いてる? あぁこれよくクリスマスツリーなんかを彩ってるLEDライトだ。その電池式のやつが内蔵されてるんだな。はは! 宮下ぁ!」


「呼びましたか?」


「光の速さで戻ってきたな。いやこれおもちゃじゃん」


「虚構とは、必ずしも現実の対極に存在するものではありません。それは互いに互いを内包し合っているのです。現実の模倣としての虚構が必ずしも真に対する偽であるとは限らないのと同じように、逆もまた然りなのです」


「その心は」


「おもちゃです」


「お前の何がままごとでも、これだけはままごとであってほしくなかったというのが正直なところだ」


「それを三つ集めれば本物の宇宙石と交換できますので頑張ってください」


「ポイント制だったか。それは頑張るっきゃないな」


「それでこそ私の尊敬する、豚もおだてりゃを地で行く上島さんです」


「頑張るっきゃない!」


「では、また」


「あぁ……。また、光の速さで消えていった。あいつには振り回されてばかりだ。しかし、演じずには生き抜けない現代社会において、こうした意識の変容はもしかしたら僥倖となり得るのかもしれない。ところで結局えぐちさんという実体は存在しているのか否か。今日、仕事帰りにファミマに寄ってみよう。そうだ、殺し屋の設定をもっと詰めなければ。ひとまず革手袋を新調しよう、もっと禍々しく黒光りするやつに。それから、ジンバブエ・ドルを財布内へ補充だ。念のため、パキスタン・ルピーも。さてその前に、係長上島としてのしがない現実を処理しよう。――さぁ、午後の仕事へ向かうとするか」


「上島さん。あげるの忘れてました。これどうぞ。私の作ったたこ焼きです。はい、あーん」


「うおぉっ、そんな上空から放つな! あ、あーん! ふんがぁ! 熱っ! うまっ! 熱~~~っ!!」


〈了〉

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上司と部下が臨場感を追求しながらままごとをする話 古川 @Mckinney

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