死
しんしんと降る雪の下で、美冬は急に夜になった視界に驚いた。
昼間だったはずなのに……と周囲を見回すと、ベンチに座っている老人が見えた。
どこか寂しそうな、満足していそうな顔で静かに座っていた。
どこか心が騒がされた美冬は、状況も忘れて老人に話しかけてみることにした。
「おじいさん、大丈夫ですか?」
枯れ木のような老人は、色の無くなった瞳で美冬を見ると、嬉しそうに微笑んだ。
冷たい空気を感じ、心が乱れるのを押さえて、老人はゆっくりと返事をする。
細い吐息を流し、思いの丈をぶつけるように、最期の言葉を枯れた声で遺す。
「うん……大丈夫。少し、疲れたんだ……もう、帰るよ……」
言葉を終え、息を絶やし、わずかな影も無くなった老人は目を閉じる。
老人の瞼の裏には、美冬の姿がいつまでも残り続けていた。
眠りにつく老人を見た美冬は焦り始める。
「おじいさん? こんなところで寝たら風邪引いちゃうよ? ……どうしよう」
誰か呼んで来ようと考えた美冬は、振り返りながらその場を離れて行く。
夜明けがはじまり、雨雲が晴れ、都市の様子が日差しの下に鮮明に表れていく。
公園にひとり残された老人は、美冬の気配が去ると、静かに崩れ落ちていった。
*
公園を離れ、夏の雪が残る都市を見た美冬は戸惑い、呆然としていた。
「どこなの……ここ……」
一面が雪化粧の都市。見渡す限りが雪に覆われ、美冬の知る景色はどこにもない。
息を呑むほどに美しい、けれど寂しく、恐ろしい景色だった。
何故こうなったか、こうなる前に何をしていたのか、美冬には見当がつかない。
「みんな、どこに消えちゃったの?」
見渡せば、人の姿の無い、朽ちた都市の姿だけが残っていた。
涼しかった空気の中に、薄気味悪い夏の風が吹き込んでくる。
美冬の力を失った雪が溶け、廃墟となったビル街の姿を晒していく。
凍てついていた信号機や電柱が崩れ、黄泉の国に手招きするように折れ曲がる。
溶け落ちる雪の中に見覚えのある景色を見た美冬は、悲鳴を上げた。
「やだ……こんなのダメ、見たくないっ!」
氷に包まれていた間のことも、暴走したことも、美冬は覚えていなかった。
ただ、仲の好かった彼の事を考えていた事は覚えていた。
壊れてしまった不気味な景色の中で、ただ、頼りになる彼のことを思う。
泣き崩れる美冬は、どんな時でも助けてくれた彼に救いを求める。
「助けて……秋人……ッ!」
応える声はどこにも無く、冷たい景色だけが広がっていた。
絶望した美冬の体から、ゆっくりと冷たい風が吹き始める。
全てを凍てつかせる嵐が吹き、世界を飲み込む寒波が始まろうとしていた。
美冬自身も凍てつき、再度、氷の中に塞がっていく。
髪が凍り、重くなった瞼を閉じる。
闇の中、美冬は静かに涙を流す。
凍てつくはずの雫が、何かに触れて消え去った。
そっと目を開けた美冬の目の前で、黒い影が撫でるように踊っていた。
ふたり分に増えていた美冬の影が、冷たい空気に触れ、大きく膨らんでいく。
膨らんだ影は人の姿を取り、美冬に向かって手を差し伸べた。
「ああ……この影は……これからは、ずっと一緒よ。また遊びましょう、秋人」
影の手を取った美冬は、溢れんばかりの笑顔に輝いた。
朝日に輝きだした都市から、溢れだした清浄な空気が広がっていく。
完成した美冬と秋人の力が広がり、空気と影が、どこまでも膨らんでいった。
雪を溶く熱。 祟 @suiside
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます