領域災害と呼ばれた、東京を覆う寒波の発生源。

 その中心地は小さな公園だった。

 闇に閉ざされた公園の中から、冷たい風が吹き始める。

 風の中心には氷の中に閉じ込められた女の子――美冬がいた。


 黒い男――秋人の力で抑えていた力が、凍てつかせる美冬の領域が広がった。

 塵ひとつの存在も許さぬ、澄んだ凍土の嵐が巻き起こる。

 水分を極限まで涸らした秋人の体が、氷に覆われていく。

 秋人の吐息の白さも既に無く、痛んだ臓器の血も既に渇ききった。

 しわがれた老人のような声で、秋人は呟いた。


「ただいま、美冬。遅れてごめん」


 秋人はこれまで何度も挑戦したが、ここまでは辿り着けなかった。

 霊峰の修行で人体を極限まで苛め抜き、特殊な呼吸で力を増して挑んだ。

 これが最後の挑戦だろう。美冬の領域から逃れる体力など、既にない。

 上半身は凍てつくに任せ、影の力で足の氷だけを消して美冬に近寄る。

 死地において、秋人は体の苦しみを忘れ、胸中は歓喜に溢れていた。


 この風、この空気、清浄な凍気のすべてが愛おしい。

 目を氷で覆わせて閉じ、闇の中で美冬との出会いからの全てを追想した。

 人の接近を許さぬ美冬の力の全てを受け入れ、秋人は前へ、前へと進んだ。

 冷たい氷に触れ、視界を失った秋人の心に、美冬の笑顔が映った。


 深呼吸をする。内臓が凍てついていく。肺の機能だけを守り、残した。


「コォ――……」


 最期の内息の力を影に伝えると、足元の影が静かに膨れ上がっていく。

 空気の流れが僅かに和らぎ薄れる中で、美冬の氷を黒い影が覆い尽くした。

 全てを美冬に捧げた秋人の影が氷を包み込み、ゆっくりと消していく。


 氷が小さくなり、周囲を包み込んでいた吹雪が静まる。

 秋人は影だけを残し、公園の隅へとおぼつかない足取りで離れていった。

 氷中の美冬が動き始めると吹雪は消え、静かに舞い散る雪だけが残った。

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