第37話:職業選択の不自由

 街から離れてきたせいだろうか。スライムを葬って数分進んだところで、三人はまたもや魔物と鉢合わせした。


 現れたのは、僕も見覚えのある魔物だった。ゴブリンだ。三匹が、束になって、顔を寄せ合っている。


 しかし、僕の知るゴブリンと少し違う。身の丈は人間ほどもあり、その手には棍棒が握られている。


「ハイゴブリンですね」

 メアが警戒して杖を構える。


 こちらに気づいたハイゴブリンが、奇声をあげてこちらへ駆けてくる。


「ここは……私の出番かな」

 エリルが、道を塞ぐように、二人の前を行く。そして、祈るように右手を胸の前で握り、うつむく。


 魔力により、エリルの体が淡く輝き、髪が浮き上った。


 三つの白い十字架が、何もない地面からせり上がる。


 ハイゴブリンは突如として現れた異物を警戒し、足を止めるが、その意思に反して見えない何かに引きずられるように十字架へと寄っていく。踏ん張るハイゴブリンの足が、地面に溝を作っていく。


 やがて、十字架に背をつけたハイゴブリンたちは、まるで磁力に強制されるかのように、腕を開いていき、磔にされる。


 拘束の魔法だろうか。そう思った時、エリルが、顔を上げた。


「コンビクション・フレイム!」

 エリルが詠唱する。途端に、十字架が激しく燃え上がった。


 魔物たちが肌を焼かれる痛みに絶叫する。肉の焼ける臭いが周囲に漂う。やがて、魔物たちの声が止み、その体が霧散して消える。


 役割を終えた、黒く焦げた十字架も、同じく消えた。


 僕自身も、ダンジョンでは短剣で魔物の肉を裂き、葬ってきた。しかし、目の前でなすすべもなく焼かれ、苦しむ魔物を見ると、それは生き物の命を断つ行為だというのを再認識させられる。


 あの魔物たちは、どれほどの知性を有しているのだろうか。少なくとも、学習し、連携して攻撃してくる程度には思考力があった。


 転生課のアイルの言葉が思い出される。魂を、それぞれの世界につなぎ、人型に転生させると。いま焼かれた魔物たちも、ユウトの元の世界で人間として暮らしていたかもしれない。そう思うと、なんとも痛ましい気持ちになった。


 だが、この世界で、襲ってくる魔物と戦わずに行きていくのは難しそうだ。なんともやりきれない思いを抱えて、僕は小さく息を漏らした。


「すごく強力な魔法ですねー」

 メアが感心する。僕のように、魔物に対して改めてなにかを思うことはないようだ。それは当然で、これは彼女たちにとって日常でしかない。


「本来もっと強い魔物に使う魔法だがな。スライムを燃やしたのも、これの応用だから、ちょうどいいと思ってな」


「でも女王って感じの魔法ではなかったですね」


「他にも魔法はいろいろあるが。いくつか、ああいった攻撃魔法もある。断罪の女王とでもいうのかな。なにかの処刑を想起させるような魔法が多いんだ」


「それが、職業を詳しく言おうとしなかった理由なんですか?」

 僕はエリルに疑問をぶつける。確かに女王のイメージからかけ離れた衝撃的な魔法だったが、職業を言い淀む理由としては弱い気がした。


「職業にあまり触れたくなかったのは、どちらかというと生い立ちのせいだ。私は女王であって、女王ではない」


「どういうことですか?」


「私は、王制を取る国家で育った。その国には、真の王族がいる。そんな国の有力な貴族の家庭に、女王の職業を持つ女が生まれたらどうなると思う? その国で寵愛を受ける、王の娘、真の王女──つまり未来の女王は、どう思うだろうか?」


「それは……」

 言葉に詰まる。王制というのがどういうものか馴染みはないが、確かに、争いの種となりそうな気はする。


「いまの王家をよく思わない勢力は、私を担ぎ上げようとした。当然、噂は王家の耳にも入ることになる。その気は無いと私が何度断言しようとも、疑いは簡単には晴れない」

 当時を思い出したのか、エリルが苦しそうに顔をゆがめる。


「やがて、どうにもならないほど、騒ぎが大きくなってな。私は追われるようにして祖国を去った。それから、しばらく一人で放浪して、今の街テトラ・リルに行き着いたんだ」


「そんなことが……」

 痛ましく感じる。しかし同時に、過去を明かしてもらえたことに、少し嬉しさを覚えてしまう。


「だから私は自分の職業を好ましく思っていない。どうしてこう生まれてしまったのかも分からないし、それを呪ったこともある。できるだけ隠して生きてきたんだが、ギルド協会に登録した情報がどこかから漏れてな。多くの人に知られることになってしまった」


「それで、協会の冒険者たちが女王と呼んでたんですね。てっきり、エリルさんは本当にどこかの国の女王なのかと勘違いして、不思議に思っていました」


「ただのステータス上の職業にすぎないんだが、珍しいからな。噂になりやすいんだろう。そのせいでテトラ・リルでもいろいろ面倒な目にあったんだが……」


「面倒?」


「……まあ、その話は、いずれまたな」

 自分のことを話しすぎたと思ったのか、エリルが話を切り上げた。


 それぞれの役割。僕が管理人の役割を考えるように、エリルも女王の役割を考えてきたのだろうか。


 生まれつきのステータスの一項目で、人生が大きく左右される。理不尽で、不思議だ。この国の職業とは、いったいなんなのだろうか。その答えは、まだ見つからない。

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