第12話:企業秘密ですぅ

「お疲れ様ですーっ!」


「う、うわぁ!!」

 急に背後から声がして、驚いて飛び上がった。


 慌てて身構えて振り返ると、見知らぬ女の子が浮いていた。その全長は、僕の顔の大きさほどしかない。その背中には、青く輝く、薄い四枚の羽が生えていた。その羽をパタパタと動かし、女の子は飛んでいる。


 短く青い髪の下から、好奇心にあふれた小さく丸い瞳が、こちらを見つめていた。


「そんなに驚かなくていいじゃないですか。ユウトさんが私を呼んだんでしょう」


「お、俺が?」


「ヘルプを押したでしょ」

 呼んだつもりなどなかったが、もしかして、さっき押したアイコンがこの子を呼ぶ機能だったのか。


「ということは、君が僕を助けてくれるってことか?」


「そうです。それが私のお仕事ですからね」


「君は何者だ?」


「私は管理課のシャインです。ユウトさんを担当させていただきます」

 そう言って、女の子が誇らしげにぺったんこな胸を張る。


 そもそも人間と縮尺が違うのでわかりづらいが、その顔つきから、その妖精はまだ幼い少女のように見えた。


「管理課の社員……? 君、あの転生課の女の、会社の仲間か?」


「なにか勘違いしてません? シャインは私の名前ですよ。それで、転生課のアイルさんは、確かに私の同僚です。会社なんかじゃありませんけど」


「それじゃあ、君たちの組織は、いったいなんなんだ?」


「それは企業秘密ですぅー」

 シャインが腕で大きくバツ印を作る。


 この腹の立つ感じ、間違いない、アイルの同類だ。


「いや、企業って言っちゃってるし」


「それは言葉のあやですぅー」

 この一向に話が進まない感じも、アイルにそっくりだ。


 確かに、あらゆる世界の人々の魂が、一企業に管理されているとしたら、たまったものではない。


「シャインみたいな子が、この世界の住人にはみんなついているのか?」


「それはありません。転生課みたいに、ログインの時だけお仕事するわけじゃなくて、転生後もずっとお相手するわけですからね。全員に担当をつけてたら稼働がばかにならないし大赤字じゃないですか」


「稼働っていうな、稼働って」

 本当に、一企業に全人類の命運が握られてたりしないだろうな。少し不安になる。


「ユウトさんみたいに、管理人とか、その世界の運営に深く関わりを持つ人にだけ、管理課のサポートがつくんですよ」


「管理人って、他にもいるのか? シャインも何人か担当しているのか?」


「それは企業秘密ですぅー」


「次それ言ったらクレームあげるからな」


「それはやめてくださいっ。ボーナス下がっちゃうじゃないですか! 特に管理課は、顧客満足度が重視されるんですから」

 シャインが慌てて、左右に飛び回りながら言う。聞いていて、なんだか頭が痛くなってきた。


「君たちにとって、俺は顧客になるわけか」


「顧客でもあり、私たちに近い存在でもあり、微妙な存在ですね。ユウトさんは管理する側でありながら、ユーザとしてこの世界で生きていくことにもなるわけですから」


「ああ、でもそういう人はユグドラシルにもいたな……」

 僕が開発していたオンラインゲームでも、運営に協力するユーザが一定数いた。彼らは普段はユーザとしてゲームを楽しみながら、なにか不具合をみつけると運営に積極的に報告してくる。


 運営としても彼らは貴重な存在で、新しい機能を実装して公開する前に、先に試して評価してもらうこともあった。


「それで、俺の満足度を上げたいなら、なにか僕のためになることをしてもらわないとな」


「私たちのことはあまりお話しできないですけど、この世界のことであればいろいろとお話しできますよ」


「それは助かる。まさにいま、情報収集をどうするか悩んでいたところなんだ」


「なんでもきいてください!」


「そうだな、なにから聞こうかな……」

 聞きたいことは山ほどあった。


「管理人って、どうやって魔物と戦えばいいんだ?」

 あんなキノコに毎回殺されそうになるようでは困る。


「戦い方はいろいろありますけど、管理人魔法を使うのが一番じゃないでしょうか」


「それそれ! そういうのだよ。しかし、ファイアを唱えたけど、なにも起こらなかったが」


「管理人がファイアなんて使えるわけないじゃないですか」


「でも魔法っていったら、ファイアが基本だろうが」


「どこの世界に炎を放つ管理人がいるっていうんですか」


「いや、まあ、それはそうだが……。じゃあ、僕に使える魔法ってなんだ」


「うーん、ユウトさんはレベル一ですからねぇ。使える魔法といえば……スリープとかですかね」


「おお、いい魔法があるじゃないか」

 相手を眠らせる魔法だろう。どんなに自分が弱くても、相手を眠らせて、急所を一撃で突けば、倒せるかもしれない。レベルの低い自分にはぴったりだ。


 しかし攻撃魔法ではないから、別に武具を手に入れないとな。そんな金はないが、エリルは貸してくれるだろうか。どんどん要求される見返りが増えそうで、怖い気もするが、背に腹はかえられない。


「魔法ってどうやったら使えるんだ?」


「唱えるか、それか慣れてきたら意識するだけでも使えるようになりますね。ユウトさんは、ダサくてもまずは全力で唱えてみるのがいいんじゃないですか」


「ダサいって言うな、ダサいって。格好いいだろうが、呪文って」

 この世界の女は口が悪い奴ばかりなのか。しかしアイルと違ってシャインは仕草にいちいち愛嬌があり、許せる気がする。やはり妖精は可愛いものだ。

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