第13話:良質な睡眠

 魔法を試してみたいが、かける相手がいない。どうしようか。そう悩んだ僕の視線が、目の前を漂う妖精にとまる。


 あれ、ここにちょうど、魔法の練習にちょうどいい相手がいるじゃないか。魔物を相手にする前に、安全なところで魔法を試したい。いいことを思いつき、ほくそ笑む。


「なあ、魔法を使ったら、ずっと眠りっぱなしってことはないよな」


「ユウトさんくらいの魔力であれば、眠っても、ちょっとした刺激で覚めますよ」


「そうか、いいことを聞いた」

 手をかざす。人生ではじめての魔法だ。高揚感が僕をつつむ。


「あれ、なにをして……」


「スリープ!」

 全力で唱えた瞬間、淡い光が僕を包んだ。


「おお、魔法だ、使え……あれっ……どうして……」

 急激な眠気が襲ってくる。


「なんで使っちゃうんですかー。スリープは、自身を一時待機、睡眠させる魔法ですよ!」

 シャインが慌てて僕のまわりを飛び回る。バカな。そんな使い所のわからない魔法があるはずが……。駄目だ……眠い……。


 そこで僕の意識は途絶えた。


「おいっ!」

 強い衝撃を頬に感じて目を覚ます。


「な、なにが……」

 ぼんやりとしたまま、どうにか目を開くと、目の前に宿屋の親父の顔があった。


「起きろ兄ちゃん、朝だぞ。出かけるんだろ」


「朝っ!?」

 僕は飛び起き、朝の日差しを顔に受け、眩しく顔をしかめた。


「こんなとこでよく大口あけて気持ちよさそうに寝られるな。確かに兄ちゃんには、部屋はいらなさそうだな」

 僕が目覚めるのを満足そうに見届け、親父は昨晩と同じように果物と水を置いて、宿へと戻っていった。


 しまった。貴重な準備時間を、バカみたいな魔法の自爆で無駄にしてしまった。


 焦りながらも、まずは腹ごしらえのため、果物をたいらげて水を飲み干す。


「おはようございますー」

 シャインがぱたぱたとユウトの前に舞い降りて来た。親父がいた時には身を隠していたらしい。


「どうして起こしてくれないんだよ」


「私はあくまでナビゲーターですからね。出すぎた真似はしませんよ」


「それくらいは融通をきかせてだな」


「ルールは守らないと駄目です。それに自分で眠ちゃったんじゃないですか」


「いや、自分が眠る魔法なんて聞いたこともないし」


「寝つけない夜なんかに使い勝手のいい魔法じゃないですかね」


「確かに、元の世界だったらけっこう重宝しそうな……じゃなくて、RPGの世界で自分が寝ちゃう魔法を、どこで使えっていうんだよ」


「そんなの自分で考えてください。文句があるなら、早くレベルあげて、いろんな魔法を覚えてくださいよ」


「だからそのためにも、まずは戦いに使える魔法をだな」


「魔物の目の前でスリープしたら、死んだフリみたいになってやりすごせるんじゃないですか」

 シャインが投げやりに言う。僕の相手をするのが面倒になったようだ。


「そんなにいちいちスリープしてたら冒険にならないし、レベルも上がらんだろうが!」

 魔物と出会うたびに眠る冒険者がどこにいるというのか。なんだろう。アイルやシャインを相手にしていると、本当に話が進まない。


「もう知りません。勝手にしてくださいっ」

 シャインはパッと姿を消した。


「シャインー。おーい」

 呼びかけ、あたりを見渡すが、どこにもいない。ユウトはスーテタスウィンドウを開き、ヘルプボタンを押した。


「なんなんですかー」

 シャインが頬をふくらませながら、再び姿を現す。


「悪かったよ。もう怒鳴らないから、いろいろと教えてくれ」


「いいですけど、もう時間がないんじゃないですか。エリルさんが迎えに来ますよ」


「あれ、どうしてお前、エリルのこと知っているんだ」


「姿を消している時も、ユウトさんのことは見てますからね」


「おまっ……そんなの、プライバシーの侵害だ!」


「大丈夫ですよ。仕事柄、いろいろなものを見るのにも慣れていますから」


「い、いろいろって……」

 男子として、女の子にずっと見られていると言うのは、非常に困る。


「でも私だって、見たくないものは見ないですし、わきまえてますから。それに守秘義務があるから、見たことは誰にも話しませんよ。安心してください」


「ホントにホントだな? アイルとか、組織のやつらにも言わないんだな?」


「あー、そりゃあたまに顧客の噂話くらいはしますけど」


「最悪だっ!」

 自分の知らないところで、女の子たちが僕を肴に笑い話をする場面を想像すると、生きた心地がしない。


「私は口が堅い方ですから。信じてくださいっ」

 シャインが両手の拳をぐっと握って言った。


 文句を言ってもどうにもならないので、諦めることにした。


「あ、来ましたよ」

 シャインがそう言った次の瞬間、小さな電子音が聞こえた。ステータスウィンドウを開くと、エリルからメッセージが届いていた。


 メッセージが届くよりもわずかに早くシャインが気づいたということは、やはりこの妖精はシステムの根本に近い特殊な存在なのかもしれない。


『宿へ来い。三秒で』

 メッセージには、物理的に不可能な指令が書かれていた。

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