あり得ない事態。

 リィネガッハさんに連れられてやって来たのは、私と真希が訓練の見学をした場所だ。あの時は大勢の兵士が訓練をしていたが、今は誰も居ない。それぞれの職務に就いているのだろう。

「はいこれ」

「なにこれ」

 渡されたモノに思わず聞き返す。前から回ってきたのは、名刺の様なカードと針が一本だ。

「カードは行き渡ったか?」

「はーい」

 元気の良い返事を返す。

「では、そのカードに血を一滴垂らしてくれ」

「……」

 今度は誰も返事をしなかった。

「……え? 血を垂らすって、もしかしてこの針で?」

「ああそうだ教師殿。今渡したカードに血液を読み込ませ、浮かび出た情報から君達に最適な職業を決める」

「なるほど、冒険者カードみたいなモンか」

 そう言った真希は臆する事もなく針を刺し、指先に浮かび上がった真っ赤な珠をカードへと落とした。

「ほらね? こんなの簡単でしょ?」

「かっ、簡単じゃないわよ。料理とかで不意に切っちゃうのとは訳が違うのよ?! かっかっ覚悟が要るじゃない」

 私達の話を聞いていたであろう幾人かの生徒が頷いてくれた。


 左の人差し指をピーンと立て、針を摘んだ右手をゆっくりと近付ける。徐々に荒くなる呼吸。まばたきをも忘れて指先を凝視する。

「ぷっ。楓ってば目寄ってて面白い」

「うっ、うっさいわね」

「手伝ってあげようか?」

「余計な事しないでっ」

 真希の余計な一言の所為で、針先は再び指先十センチ程からスタートをする。八センチ、七センチ。と、近付く毎に息が荒くなってゆく。そして針先が指に二センチへと迫った時、胸部のワルに衝撃が走った。

「あふんっ」

 ビクリ。と身体が反応し、ブヅリ。とした音が聞こえた気がした。

「何するのよっ」

 私は後ろに振り返り、衝撃を走らせた人物、真希に文句を言う。

「ご、ゴメン楓……それ、大丈夫?」

「……え?」

 真希が指差すその先を視線で追って捉える。立った、立っていた。クララではなく針が。持っていた右手を離れても尚、直立していた。

「ひっ、ひぃっ!」

「ああ、慌てなくて良いぞ。今、ポーションをかけてやる」

 リィネガッハさんが壇上から降りて、緑色の液体を傷にかける。滴り落ちていた血は程なく止まり、芯に響く様な痛みも消えていった。指先が元通りに戻ったのを見届けてから、グーに握った拳を真希の頭に落とす。

「あいたっ! 何すんのよ楓ぇ」

「それはコッチのセリフよっ! 何してくれちゃってんの?!」

「だ、だからゴメンって言ったじゃん」

「ゴメンで済んだら勇者なんか要らないよっ」

 『確かに』と、そのやりとりを聞いていた人達から含み笑いが漏れた。

「ところでリィネガッハさん、それは何の薬なの?」

 あっという間に傷を癒した正体不明の液体が入った空の容器を指差す真希。みんなの視線が手に持った容器内に残った緑色の物質に集まる。

「ああ、コイツは『キュアポーション』といってな、まあ回復魔法の簡易版。といった所だ。見た通り軽度の傷なら直ぐに治せる。腕が無くなる様な怪我は無理だがな」

 サラリ。と、とんでもない事を言ったリィネガッハさん。ここはそういう目に遭う可能性がある世界なのだと再認識した。

「で、プレートに文字は出たか?」

「え?」

 慌ててプレートに視線を落とす。まっさらで何も書かれていなかったプレートの表面には、この世界の言葉が刻まれていた。

「はい。出ました」

「それは良かった。出てなければもう一度刺してもらう所だった」

 そう言い残して壇上へと戻るリィネガッハさん。その背を眺め、ハッと気付いた。これで文字が浮かび上がらなければただの刺し損である、と。


「どうかな? 皆プレートに文字は浮かび上がっただろうか?」

 壇上へと戻ったリィネガッハさんは、恐らくは彼自身の物であろうプレートを高く上げる。

「はーい」

 ある人は元気良く。ある人は彼にならってプレートを高々と上げて返事をする。

「ん。それじゃあ、これから君達のプレートを確認させてもらう。まず最初に先生殿から」

 壇上に立ったままの美冬ちゃんは難しい顔でプレートを見続け、リィネガッハさんの言葉も届いていない様子だった。

「先生殿……?」

「え? あ。わ、私から?!」

「ああ、そうだ」

 美冬ちゃんは神妙な面持ちで再度プレートに視線を落とす。

「どうした?」

「い、いえ。ど、どうぞ」

 おずおずと差し出されたプレートを手に取り、隊長さんが唸る。

「おお、治癒士か。傷を癒やし、状態異常を浄化する。戦闘に於いて無くてはならない存在だ」

 生徒からおお~。という感嘆の声が漏れ、美冬ちゃんは安堵のため息を吐いていた。

「じゃあ次はどなたにしようか」

「それじゃあ、出席番号順にしましょうか。最初は、安藤敦子さんから」

「はいっ」

 元気よく返事をした敦子は、書いたラブレター読んで下さい。と言わんばかりにプレートを差し出す。

「お、キミも治癒士か。うんうん、ヒーラーは多いに越したことはない。頑張ってくれ」

「次は五十嵐加奈さん」

「キミも治癒士だな。三人も居れば前線に立つ者も安心して戦えるな」

 へっへー癒やし系女子だ。などと言いながら喜ぶ加奈。

「えっと、井上真希さん」

「はぁーい」

 若干間延びした声で返事をする真希。プレートを差し出すと、リィネガッハさんは目を見張った。

「驚きだな。こうも立て続けに治療士が居るとは」

「えーっ、勇者希望してたのになぁ」

「その勇気は買うが与えられた天職は治療士だ。無茶はしないでくれよ」

「ちぇーっ」

 ボリボリボリ。と、後頭部を掻きながら私の隣へと戻ってくる真希。『残念だったね』と、さっきの意趣返しに言ってやると『ほんとだよぉ』とふてくされた。本気で勇者になりたかったらしい。

「次は……江藤まみさん」

「おいっす!」

 元気よく返事をして壇上に上がる剣道部副主将。多分、ここに居る誰もが彼女は剣士とか戦士だろうと思っていた筈だ。だけど、リィネガッハさんの言葉にみんなが目をむいた。

「君も治療士だと?!」

「えっ?! 剣道やってるのに治療士!?」

「けんどう? それはどういうモノなんだ?」

「あ、えっと。剣術って言えば分かります?」

「ああ、なるほど。君は剣士としての修練を積んでいたのだな?」

「ええ、そうなんですけど……こういう事ってあり得るんですか?」

「まあ、無い話じゃない。幼い頃から剣を習っていた者が天職は実は魔術士だった。又はその逆って話があるからな」

「そうですか……」

 納得がいかない様子でまみは壇上から降りる。何処か肩を落として見えるのは気の所為ではない筈だ。けれど流石に主将の座を争った津田心美まで治療士であった事には驚きを隠せなかった。

「なん、で?」

 告げられた天職にガクリと膝を落とす心美。告げた方も膝は落としてはいないが同じ表情で佇んでいた。

「ま、まさかとは思うが、他にも治癒士である者は居るか?」

 おずおずと申し出るリィネガッハさん。誰からも挙がらぬ手にホッとしたのも束の間、挙げられた手にビクッと反応を示した。

「まさかキミもなのか?」

「あのぉ、私達字が読めないんですけどぉ?」

 こうして普通に話せるから文字も読めるのだろうと思っていたが、プレートに表記された文字は日本語とも英語ともつかない言語で書かれている。

「そっ、そうかすまん。では、プレートを見せてくれ」

 恐る恐る覗いたプレートにリィネガッハさんは治癒士だ。と呟いた。

 その後もプレートを見ては治療士。プレートを見ては治療士と続き、そして私の番となった。

「次で最後ね、渡辺楓さん」

「はーい」

 名前を呼ばれ私は元気無く返事をし、壇上に上がってプレートを見せる。直後にリィネガッハさんは深いため息を吐いた。

「お前もか……」

 何だその言い草は。泣くぞ。

「先生殿、これで全員か?」

「ええ、そうです」

 美冬ちゃんの頷きに、リィネガッハさんはガックリと肩を落とした。

「まさか、この様な事態になるとはな……皆はこのままここで待機していてくれ。国王と相談してくる」

 それだけを言い残し、リィネガッハさんはおぼつかない足取りで建物の中に消えた。そしてその場には私達だけが残された。この手の展開ならば普通、勇者が居て前衛が居てって事になるだろう。しかし、三十九人全員が治癒士ヒーラー。という想定外の異常事態に彼の気持ちも分からなくもない。もしこれが全員勇者だったら(それでも異常だが)彼は手放しで喜んでいただろう。結局その日はそのまま解散となった。


 ☆ ☆ ☆


 ──夜。夕食を済ませお風呂から上がった私達は、充てがわれた三つの部屋の内の一つに集まり、『第二回真由美・美冬ちゃんの異世界講座』を開いていた。しかし、天職の一件で誰も彼もが上の空。折角やる気を出して戦う意志を示したというのにそのやる気がダダ下がりだ。

「どこ行くの楓」

「トイレ」

 どうやらこの世界の飲み物にはカフェインが多く含まれているようで、念願の温泉に入りポカポカだった身体が冷えてしまった事もあってかトイレに立つ人も少なくない。

「一緒に行こうか?」

「大丈夫だよ」

 美冬ちゃんに伝えて部屋のドアを開ける。陽も落ちて三つの月の明かりがあっても廊下は暗い。所々に置かれたランタンの炎がぼんやりと行く手を照らし出してくれていた。魔法による明かりも在るそうだが、効果は一時間ほどで切れてしまい、その都度点け直しても広い城内の各所に点けて回っていたらあっという間に一時間が過ぎてしまうのだそうだ。その点獣油によるランタンの炎は六時間は保つそうで、消えそうになったら獣油を足すだけなので巡回の兵士にも簡単に出来るから使っているだと聞いた。

「無事に帰れるのかな……」

 廊下を歩きながらこれからの事を考える。前線に立つ者が皆無の私達。いかに力自慢よりも強いといってもたかが知れている。全員が治療士である現状は私達を不安の底に突き落とした。

「え……? 物置?」

 トイレだと思って開けたドアの向こうは明かりも何もない物置部屋。月明かりによって見えるのは、木製のバケツやタライとほうきらしきもの。そして、差し込む月明かりの中で舞うホコリだ。

「あれ? 何処かで間違えた?」

 どうやら考え事をしていて道を間違えたらしい。そしてドアを閉めようとした時、誰かの話し声が聞こえて心臓が飛び跳ねる。

「え、あ。すみません。誰か居るんですか?」

 声を発しても室内では特に物音らしい音はしない。それでも聞こえてくる誰かの声。どこから聞こえてくるのだろうと不思議に思い室内に入る。

「ここから……?」

 よく見ると壁には僅かに隙間が空いていて、どうやら声はそこから漏れている様だった。その隙間から聞こえてきたのは王様の声。そして教皇さんの声だ。

「禁術書を解読して別な異邦人を呼ぶしかないだろうな」

「解読している暇はもはやありません。巫女姫によって齎された神託の日はすぐそこなのです」

「しかし、勇者不在で呼んだ者達は全員治療士。なんの役にも立たんだろうが?」

「そこはリィネガッハ等騎士団に前線に立って貰い、彼女等は後方で回復をさせれば問題はありますまい」

「だが彼女等異邦人は我等より遥かに強い。そして、伝承に記された魔王とその配下はもっと強いのだ。リィネガッハは確かに優秀だが無敵ではない。万が一にでも騎士団が壊滅したなら次は彼女達、そして彼女達が敗れし時はこの世界の終わりだ」

「ならばこの際、潔く諦めてしまいますか」

 聞いた事のない男の声が低く響いた。

「シュドゥーゲ伯爵。やる前から諦めるなど以ての外ですぞ」

「いいではありませんか。どうせ何をやってもダメなのですから、盗賊達の間で出回っている薬を使い、兵も民もそして異邦人も楽しみながら滅びを迎えましょう。なに、食事に混ぜてしまえば分かりませんし、見た所全員が絹の様な滑らかな肌を持つ極上の娘。その殆どが生娘のようですから引く手数多に違いありません」

「馬鹿なっ! それは人道に反する行為ですぞシュドゥーゲ卿! 勝手に呼び付けておいて要らないから性奴隷に仕立て上げるなど王国の名に傷がつきますぞっ!」

「何を仰るオコナー教皇。彼女達が使えない以上、この世界は滅亡したも同然。もはや王国も世界も人道すらもありません。ならば最後に、兵にも民にもそして娘達にも良い思いをして貰って死への恐怖を和らげてやるのが余程人道的でしょう? そうではありませんか陛下」

「ん、うーむ……」

「なりません陛下。この様な甘言に惑わされては。ここは最後の一兵に至るまで徹底交戦すべきです」

 使えない私達を薬漬けにして性奴隷にする。伯爵とやらのゲスな提案に良識を押し通す教皇さん。その間で王様が揺れている。実に嫌な話を聞いてしまった。同時に、聞けて良かったともいえる。そんな事も知らずに毎日食事を摂っていたら、確実に薬中毒になってしまうだろう。だけど、聞いてしまった今ならいくらでも対策が出来る。部屋に戻ってからもどうしたものかと考えていた。

「おーい楓? どうしたの? おっぱい揉んでいい? ……じゃ遠慮なく」

 いやらしい手つきで迫る真希の手を手の平ではたき落とす。

「そこは遠慮してよ」

「なんだちゃんと聞いてたんじゃない。どうしたのよトイレに行ってから変だよ?」

「う……ん。ちょっとね」

 ここは王国だ。その長である国王の決定は絶対。もし、あの後にゴーサインを出したとしたら、シュドゥーゲとやらの人物の策が実行に移される可能性が高い。みんなが薬漬けにされるのを分かっていてこのまま黙っているのは罪だ。

「美冬ちゃん」

 講義の途中で手を挙げる。美冬ちゃんと真由美の話に耳を傾けていたみんながコッチを見る。

「はい、どうかしたのですか渡辺さん。分かりにくい所がありました?」

「いえ、そうじゃなくて。実は私、聞いちゃったんです」

 物置部屋で盗み聞きした話をすると、クラス全員に動揺が広がった。

「それは酷い」

「許せない。セクハラだわっ」

 セクハラという概念がこの世界にもあるかは不明だが、そんな声があちこちから上がる。

「今から文句を言いに行こうよ」

 そうだねそうしようという声と共に立ち上がったみんながドアに殺到する。それに待ったをかけたのは意外にも美冬ちゃんだった。

「なに美冬ちゃん。奴等の肩を持つの?」

「いいえそうじゃない。今日はもう遅いしみんなも疲れてる。冷静さを欠いた状態で王様に相対しても喧嘩腰になってしまうわ。最悪、今から野宿する羽目になるかもしれない。だから今日の所は堪えてもらって、明日朝スッキリした状態で言いに行きましょう」

 美冬ちゃんの言葉で暴走しかけたみんなの動きが止まる。そして、誰か発した一言で暴走は未然に防がれた。流石に魔物が彷徨いているかもしれない異世界の地で野宿は嫌な様だ。

「それじゃ、この事は明日問い質すという事で、今日はもう休みましょう」

 ある生徒は大きく頷き、ある生徒は納得出来ないといった風でそれぞれに充てられた部屋へと戻っていく。今日は大の字で寝られそうだとホッとしている反面、王国側との対立に不安を抱いていた。


  ☆ ☆ ☆


 ──異世界に転移されて三日目の朝。私達三十九人は王様の居る謁見の間。その扉の前に集まっていた。扉の前に立つ兵士さんに話を通し、王様との謁見の許可を貰っている最中だ。

「どうぞ異邦人殿。国王陛下がお会いになります」

 中から出てきた兵士さんがそのまま扉を大きく開く。最奥の玉座に王様が座り、その傍らに教皇さんが佇んでいる。その他も昨日見た光景と同じだ。謁見していた臣下であろう人達が壁際に並んでいる。

 ギュッと表情を引き締めて私達は謁見の間に踏み入った。先頭は教師である美冬ちゃん。次いで剣道部主将の津田心美が続き、その隣には副主将の江藤まみが並ぶ。

「これは異邦人殿。この様な朝も早くから何用ですかな?」

「私達を薬漬けにするってどういう事ですかっ!?」

 剣道部主将の津田心美が、自慢の声量で以って問い掛ける。顔に似合わぬ大きな声は、対戦相手を威圧するのに大いに役立ち、幾度となく勝利を掴み取ってきた。その彼女が発する声量に王様も目をクリックリにひん剥いていた。

「な、なんの事ですかな?」

「惚けても無駄です。この耳で確かに聞いたんですよっ!」

 私が盗み聞いたとは言わなかった心美。私の事を庇ったのだろうが、ヤバイ。ちょっとキュンときた。ただでさえ彼女は美形だ。それが男装なんてされた日にゃぁ超美男子になる事請け合いだ。現に学校では学年問わずに彼女のファンが居るくらい人気が高い。

「とにかく落ち着いて下さい異邦人殿」

「内容が内容ですので落ち着くのは無理かと思います」

 教皇さんの言葉に美冬ちゃんが反論する。

「あなた方王国側の決定如何によっては、私達も自身の身を守る為に国を離れる覚悟でいます」

 ざわり。と騒めく臣下達。王様と教皇さんは互いに顔を見合わせた後、王様がため息を吐いた。

「異邦人殿。何処で話を聞いたのかは知りませぬが、我々はそなた達を害するつもりは微塵もありません。そちらのお嬢さんが聞かれた提案についても、今し方却下した所です」

「それは信じても良いのですか?」

「勿論で御座います。慈愛の女神ヴンリィーネ様に誓って」

 胸に右掌を当てて軽い会釈をする教皇さん。頭に乗せた帽子がよく落ちないなと思いつつ、却下した事は本当なのだろうと思っていた。しかし注意をするに越した事はないだろう。

「……そうですか、分かりました。その言葉、信じましょう」

「ご理解頂けた様で何よりです。ところで異邦人殿。来て頂いたついでで申し訳ありませんが、今日より訓練を再開させたいと思っておりましてな」

「訓練……? しかし、私達は戦闘など出来ませんが?」

「ええ、皆様治療士である事はリィネガッハより聞いております。ですから、治療士としての訓練を。という事になります」

 美冬ちゃんの疑問に教皇さんが応え、王様がそれに頷く。

「左様、異邦人殿にはリィネガッハ等前線に立つ者をサポートをして頂く事になるのでよろしくお願いをしたい」

「分かりました。お騒がせして申し訳ありません」

 美冬ちゃんは深々とお辞儀をする。それに倣って私達も頭を下げた。


 謁見の間から退出した私達。ドアが閉められると同時に美冬ちゃんが振り返る。

「どうやら渡辺さんが言っていたのは杞憂に終わった様ね」

「すみません」

「いいえ、謝る事はないわ。『今回は』正しい選択をしただけだから」

 流石は大人の美冬ちゃん。王様達の言った事を鵜呑みにはしていない。

「彼等が誤った選択をしない様に目を光らせておく必要がある事を覚えておいて。そして、私達を害する様な話を聞いたら教えて頂戴」

「はーい」

「わかったぁ」

「ん。じゃ、気持ちを切り替えて訓練に励みましょう」

「おーっ」

 みんな元気よく返事をして、訓練場へと向かった。


  ☆ ☆ ☆


 訓練場へと到着すると、壇上では既にリィネガッハさんが待っていた。

「リィネガッハさん、ずっとここに居たんですか?」

「丁度今しがた兵達の訓練を終えた所でな、今日から君達の訓練を再開すると聞いたから待っていた。とはいえ、魔法に関してはオレは門外漢でな、君達に相応しい人物が来る事になっている」

「相応しい人物?」

「そうだ。王国騎士団の後方支援の総括している者でな、名をペティレッカという」

「ペティレッカさんですか」

「ああ。ヴンリィーネ教会のナンバーツーであるお方だ」

「そんな方が直々に!?」

「事が事だからな」

 確かに、世界が滅びるか否かの瀬戸際に出し惜しみをする方がおかしい。

「お。どうやらいらした様だ」

 リィネガッハさんの視線をみんなが追う。でっか。多分みんなもそう思ったに違いない。デカイといっても背丈の事じゃない。背はクラスで一番の高身長である寺田麻由まゆと同じくらい。教皇さんの様に帽子は被らずティアラの様なアクセサリーを付けている。

 教皇さんとはまた違った金色の糸で縫った紋様が描かれたローブを着ており、そしてそれ等が霞んでしまう程に彼女のワルが揺れていた。ただ前へ進むだけで途轍もない暴力的なまでの揺さぶりを見せていた。

「あらぁ、若いコがいっぱい。これは楽しくなりそうだわぁ」

 鋭い眼光が私の身体を貫き身震いする。コイツはヤバイ。手当たり次第喰っちゃう派だ。そう本能で感じ取った。

「ご足労痛み入りますペティレッカ様」

「あはぁん。随分と余所余所しいじゃなぁいン。私とあなたの仲でしょぉン」

 ザッ。と、みんなの視線がペティレッカさんからリィネガッハさんへと移る。その見事なまでの統一された動きにリィネガッハさんはたじろいだ。

「ち、違うぞ。お前達が思っている様な事ではない」

「あらん。つれないわねぇン」

 壇上へ上がったペティレッカさんは、リィネガッハさんのそばへ寄って胸を当て、着ている鎧に指で何かを描く。爆乳であるが故に指より先に乳が当たるのだ。

「昨晩だってぇ、凄かったじゃなぃン」

 『不潔』、『不潔だわ』。とみんなから声が漏れる。

「だから、お前達が思っている様な事じゃない。ペティレッカ様、誤解を生む様な発言はなさらないで下さいよ。凄かったのはペティレッカ様の治癒力じゃないですか」

「あらん。そうだったかしらぁン」

「そうですよ。負傷した部下をあっという間に治したじゃありませんか」

「そうだったわねぇン。萎えて元気の無かったアナタの部下もギンギンになってたわねぇ。その後、また元気無くなっちゃったけどぉン」

 ペティレッカさんは首を僅かに傾げてその部下に視線を送る。幾人かの生徒が部下イコール息子だと気付いていた。それを悟られない様にする為か、リィネガッハさんは『うぉっほん』と、わざとらしい咳払いを一つ。

「と、兎も角。君達には我々騎士団の背中を預ける事になるんだ。しっかりと励んで欲しい」

 そう言い残してリィネガッハさんは去って行った。逃げたな。と思ったのは私だけではない筈だ。

「ま、いいわん。それじゃぁ、訓練を始めちゃうわよぉン」

 こうして私達の治療士としての訓練が開始された。

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