決意表明。

 広い室内に水の音と女の子のはしゃぎ声が木霊する。プールかと思える広さの浴場。マーライオンかと思えるオブジェから流れ落ちる水は、湯気を伴って延々と吐き出されている。マッパな女の子達がその水を掛け合い、湯船で泳ぎ、歌を歌い。貧相な体格を恥ずかしがって浸かる。と、各々がその水を楽しんでいた。


 あの後、沈黙したままの美冬ちゃんに王様達は気を使いその場は解散となった。そして大部屋を三つ用意してくれて、私達は三グループに分かれる事になった。希望すれば個室も用意するとの事だったが、未知の世界の見知らぬ土地で一人で過ごす夜に不安な事もあり、誰一人として申し出る事はなかった。

 そして今は夕食前のひとっ風呂。温泉と聞いて沈んでいたみんなのテンションがうなぎ登りとなり、ザブザブと泳ぎ出す者も居る始末だ。


 広い浴場の片隅に座って身体を洗っている私。その隣に親友の真希が腰を下ろして、自らの身体を洗う訳でもなくただ眺めていた。

「ふむ、そちも中々にワルよのう」

「お代官様こそ立派なワルで御座いませんか」

 要約すれば、アンタ胸大きいね。いえいえあなたには敵いません。という意味だ。なぜ時代劇風の言い回しかについては言及していない。

「美冬ちゃん相当参ってたね」

「うんー、元の世界に戻るには戦うしか無いんじゃねぇ……」

 お風呂に行く。と、美冬ちゃんに伝えに行ったクラス委員長の小百合の話によると、充てがわれた部屋でベッドに腰掛けて項垂れていたそうである。

「楓はやれそう?」

「え、私? ムリムリムリ」

「だよねぇ……でもさ、もう万が一に賭けるしか無いんだよね」

「それはそうだけど」

「私はやろうと思う。みんなにそれを話して同じ気持ちの人を募ろうと思ってる」

 フンムッと鼻息を吐いて背筋を伸ばす真希。真希の胸部にあるワルがブルルンと揺れた。

「だ、ダメだよそんなの。もし失敗したら何をされるのか分からないよ。エ、エッチな事とかされちゃうかも……」

「……楓アンタ、薄い本の読み過ぎ」

「ぐっ」

「まあでも、ゴブリンやオークの苗床にされるって話はよく見るね」

 真希も私と同じくファンタジーものにはそれなりに明るい。

「でもさ、世界で一番強い人も敵わない私達なら、そんなの楽勝でしょ?」

「それは慢心っていうのよ。行動を阻害する要素なんて幾らでもあるんだから」

「例えば?」

「口を塞げば魔法は唱えられないし、数で圧倒するって手もあるよ」

 口じゃなくても喉を潰されれば無理だし、三十九人しか居ない私達に万の大軍で当たれば、容易に押し潰す事が出来るだろう。そして一番の懸念はパニック状態に陥る事だ。そもそもゴブリンやオークがこの世界に存在しているかどうかも怪しい。

「それに……ひゃうっ!」

 背骨に沿って感じる指先に鳥肌が立った。

「おーおー、敏感だのう。ここがええのんか? ここがええのんか? こうされれば戦えなくなっちゃうんか?」

「ちょ、やめっ、真希っ」

 段々と大胆になっていく真希の手に、身体を捻って抵抗する。お陰で下手なダンスを披露する羽目になった。

「おーいそこのれずれずぅ、ご飯だってー」

「え、ウソ?!」

「マジ!?」

 見れば浴室にはもう誰も居らずに私達だけだった。

「私まだ湯船にも入ってないのに……」

 元の世界でも入った事のない待望の温泉。それが湯気だけを浴びる結果になってしまった。

「考え事しながら身体洗ってるからでしょ?」

「真希が余計な事するからだと思う」

「ま、後でまた入りにくれば良いだけだよ。私も付き合うからさ」

「セクハラしなければ、ね」

 差し出された真希の手を掴んで立ち上がり、脱衣所へと向かった。


 ☆ ☆ ☆


 メイドさんに案内された食堂は、謁見の間の隣室よりは見劣りがする部屋だった。それでもテーブル上に並んだ食事は豪勢の一言。銀の皿に乗せられた見た事もない肉や野菜や果物は、B級グルメに慣れ親しんだ私達を唸らせる。

 王様や教皇さんは別室で食事をしているとメイドさんから聞かされてはいたが、もう一人の姿が見えない事に気付いて小百合に聞いた。

「ねぇ、小百合。美冬ちゃんは?」

「食べたくないって」

「だろうねぇ……」

 隣に座る真希がそう呟く。安易に決める事の出来ない重大な決断。そのプレッシャーが、教師である美冬ちゃんにのし掛かっているだろう事が想像出来る。

「美冬ちゃんにばかり負担はかけられないよね」

「本当に言う気なの?」

「勿論よ。世界が滅びちゃったら私達だって無事じゃ済まない。生きて還る為にはヤるしかないでしょ?」

 真希の言う事は最もだけど、戦うという事は命のやり取りをするって事に他ならない。相手が獣だけなら問題はないのかもしれない。だけどそれが人型かもしくは人そのもの。あるいはもふもふとした可愛ものが相手だったら、私達はそれと戦えるかどうか分からない。その辺を切り捨てられるかが運命の分かれ道になると睨んでいる。

 ガタリッと椅子を後ろへと追いやり立ち上がる真希。元々みんな口数が少なかった事もあり、その音は室内に大きく響く。そして何事かとみんなが一斉にコッチを見て、怖いくらいに視線が注がれた。

「ねぇ、みんな。食べながらでも良いから聞いてくれる? 私ね……戦おうと思う」

 真希の言葉に、みんながざわめき立つ。

「戦うって魔王と?」

「そんなの無理だよ」

 そんな声があちこちから上がっていた。

「ううん。私は可能だと思ってるよ。ここに居るみんなで力を合わせれば、魔王だろうが勇者だろうがきっと倒せる」

「勇者は倒しちゃダメでしょ」

 誰かのツッコミに、僅かに笑いが交じる。

「だってそうしないと、戦って勝たないとみんな還れないんだよ?」

 真希の言葉にみんなが口を噤んだ。みんな分かっているんだ。真希の言う通り戦わなければ私達に未来が来ない事を。

「だけど……」

 静かになった室内で、小学生としか思えない身長の須賀原美羽すがはらみうが呟く。呟いたその後も黙ったままだ。

「美羽が言いたい事は私にも分かるよ。戦争なんて程遠い場所に居たんだもん。怖くないなんてそんなのウソ。私もね、正直怖い。怖くて今も脚がブルブル震えてる。だから無理強いはしない。出来る人だけでやろう? 出来ない人は後ろから私達を支えてくれればいいから。それだけで心強いから」

 シンッと静まり返る室内。固唾を呑んで成り行きを見守る。そして、一人の声で状況が大きく動いた。

「そうだね、やるっきゃないか」

 そう言ったのは、剣道部のキャプテンに就任したばかりの津田心美つだここみ

「そうだよ女は度胸っていうじゃない」

 それに続くのは、心美のライバルといえる江藤まみ。剣道部の主将の座を賭けた勝負に惜しくも敗れた人物だ。その他にも、パシッと掌と拳を合わせてやる気になっている人。ウンウンと頷き、同意を示してくれている人。そして葛藤を続ける人には罵倒を浴びせる事もなく、『前に立たなくていいから、私達を支えて』。と、後ろ向きだったやる気を引き出してゆく。良いクラスに、友人に恵まれたものだと目を細めた。

「本当にやるのね?」

「もちろん。一緒に来てくれるよね楓」

 真希の言葉にため息を吐く。長い付き合いだ。真希の事はよく分かってる。好意を持っている芸能人の遠方のイベントに、お金がないからってヒッチハイクで行こうとしたり。と、どこぞの人造兵器みたいに時折暴走するのだ。それを止められるのは私しか居ない。

「分かった。こんな所異世界で暴走されちゃ堪んないもの。私も行くしかないでしょ?」

「頼りにしてるゼ、我がヨメよ」

「誰が嫁よ。そこは友でしょ?」

「友と書いて嫁と読む」

「いや読まないから」

 先行きに少し不安を感じながら、差し出された真希の手を取り立ち上がった。

 それを見て、他の生徒達も立ち上がる。ある人は勢い良く。ある人はやれやれ、と。そして立ち上がるのが遅い人に手を差し伸べる。それを見て何事かとオロオロしているメイドさんが居た。

「あ、あの。皆様……?」

「あ、心配要らないですから。ご馳走様でした」

「は、はあ……」

「それじゃ、今から美冬ちゃんの所へ行こうっ!」

「うんっ!」

 みんなの気持ちが一つになった。そんな返事が返ってきた。


 ☆ ☆ ☆


 私達は三つの大部屋に分かれたが、美冬ちゃんだけは個室を借りていた。そのドアを叩くと、やつれた印象を受ける美冬ちゃんがドアを開けて驚きの表情を見せていた。

「ど、どうしたのみんな。ご飯食べていたんじゃ……?」

「美冬ちゃん。私達戦うよ」

「それはダメ」

「即答っ?!」

「美冬ちゃん。どうしてダメなのか聞いても良いですか?」

「みんなに戦わせるくらいなら、先生が一人で行くわ」

 美冬ちゃんが言い出しそうな台詞である事は想像していた。

「それこそ無茶だよ」

「そうだよ美冬ちゃん。一人でどうこう出来る相手じゃないよ」 

「みんなで力を合わせれば絶対に倒せるって」

「だけど……」

 視線を落とし、神妙な面持ちになる美冬ちゃん。

「ううん。やっぱりダメ。万が一にでも何かあったら、あなた達のご両親に合わせる顔がないもの」

 美冬ちゃんの言葉に各々が視線を僅かに落とす。戦う。という意思が揺らぎ始めていた。

「美冬ちゃんがダメだって言っても、私達は行くからね」

 須賀原美羽と肩を並べる、我がクラスの低身長ツートップの真鍋可憐まなべかれんが一歩踏み出して告げる。その瞳には強い意志が宿っていた。

「だってこのままじゃパパにもママにも会えないもん。それに、自分の未来を誰かの手からじゃなくて自分の手で掴み取りたいっていうのはダメな事なんですか?」

「真鍋さん……」

「そうですね。幸い、私達にはファンタジーの知識があります」

 進藤真由美がメガネをクイッと上げて言う。

「『達』じゃないわ、それはアンタだけよ」

 一緒にしないで。そうとも取れる言葉を吐いた剣道部副主将のまみ。真っ直ぐに見つめる彼女の瞳を真由美は直視出来ずにいた。しかし、次のセリフで緊張が安堵の表情へと変わる。

「だから教えて。ファンタジーの事」

「う、うんっ」

「よし、じゃあ。今からでも勉強会しよう」

 剣道部キャプテンの心美の言葉にみんなが頷く。

「美冬ちゃんも詳しそうだから教えてね」

「津田さん……」

 美冬ちゃんは私達から目を逸らし、口を真一文字に噤む。そして、ギュッと目を閉じてため息を吐いた。

「……分かったわ」

「先生っ」

「美冬ちゃんっ」

「そうこなくっちゃ」

「だけど、これだけは聞いて頂戴。どんなに優勢だったとしても、先生の指示に従って欲しいの」

「え? 優勢だったらイケイケでしょ?」

 そう聞いたのは親友の真希だ。

「井上さん、そう単純にはいかないのよ。特にこんな世界じゃ僅かな慢心が命取りになる場合が多いわ。小説でもそう書かれているのが定番よ」

 それは作者のさじ加減ではなかろうか? そう思ったが黙っておく事にした。

「ここは映画や小説の中とは違って、カッコよく活躍する事は出来ない世界だと思って。みっともなくても良い、生き残る事を最優先で考えてね」

「はいっ」

 みんなの返事が寸分の狂いなく揃った。

「それじゃあ早速だけど、みんなの部屋でファンタジー講座を開きましょう」

 一人、また一人と、足が大部屋に向けられる。その足取りは、食堂からここまで至った時よりも幾分か軽やかになっている様に思えた。


 ☆ ☆ ☆


 ──翌朝。昨晩遅くまで異世界講座が開かれていた為に、一つの部屋に三十九人が雑魚寝しているという、男子には決して見せられない有様になっていた。

 ある生徒は仲の良い友達の豊満な胸部を低反発枕の代わりにして眠り、ある生徒は他人のスカートの中に頭を突っ込んでいる。私といえば、親友の真希にガッツリ抱き枕にされている始末だ。

「あ……ふ。我ながらよく寝れたもんだ」

 真希に抱き枕にされてどこか安心感もあったのだろう。元の世界と同じ。とまではいかないものの、それなりに清々しい気分で目が覚める事が出来た。

「顔を洗いに行きたいんだけど……行けるのかコレ」

 元々、大人数で寝られないから部屋を三つに分けたというのに、それが一つの部屋に集まっては足の踏み場も有る筈が無い。私は手や足や頭を踏まない様に注意しながら、時には耳元に足場を見出し、時には大の字に寝転がる人の太ももの内側に足を置く。そうしてようやく辿り着いたドア。それを開けると真っ赤な絨毯が敷かれた廊下に出た。

 学校の廊下よりも長い廊下に朝の光が降り注ぎ、窓ごとに光の帯を成して真っ赤な絨毯に注がれている。ケータイが有ったなら写真に収めておきたい所だが、どうやら転移させられたのは服と身体だけらしく、誰もケータイを持っていない状態だった。ポケット内のケータイまでも選り分けるとは、何とも器用で奇妙な召喚陣である。

「う、ん……」

 窓から差し込む朝日の中、手の平を組んで裏返して頭の上へと背筋ごと伸ばす。その際、かかとも一緒に持ち上げる。窮屈な姿勢で縮んでいた筋がグググッと伸ばされてゆく。

「……ん? 何の音?」

 階下から聞こえてくる金属音。そして威勢の良い掛け声。朝日を手の平で遮りながら、窓辺に立って外を見る。

「訓練、かな?」

 校庭程の広さの中庭で、お揃いの鎧を着た人達が、剣を振り、槍を突き出し、弓を構える。自らを研鑽すべく励む姿は、武器を持っている事以外は学校でよく見かけた光景だ。そんな男達に混じって線の細い騎士が居る事に気が付いた。

「へぇ、女性騎士って本当に居たんだ」

 薄い本では何かと冷遇の女性騎士。妄想の中だけだと思っていた女性騎士が居る事に、妙に感心をしてしまった私がいた。直後、臀部で蠢く謎の物体に鳥肌が立った。

「ヘッヘッへ。ネェちゃんいいケツしとんのう」

「ちょ、真希っ! 何処触ってんの!?」

「何処って、お・し・り」

「いや、自分の触んなさいよ。それで、どうしてここに?」

「どうしてって、目が覚めたら居ないから心配になって探しに来たんだよ。で、何を見てたの?」

 真希も手の平で光を遮り、窓の外を眺め見る。

「ああ、この国の兵士かな? 朝早いのに良く励んでるねぇ」

「あんたが言うとエロイんだけど」

「おっ、おおっ。女騎士じゃんっ! 訓練の一環だっていわれてエロイ事されちゃってるのかな?」

「朝から妄想力全開にしないでよ」

「ねね、そばで見学しない?」

「えっ!?」

 突拍子もない事を言い出した真希を大きく見開いた目で捉えた。

「なんて顔してんのよ。戦うって決めたんだから、私達もいずれは訓練をする事になる。その様子を今から見てても問題ないでしょ?」

「べ、別に今じゃなくてもいいでしょ? それにまず、王様に話を通しておくべきじゃない」

「王様だってまだ寝てるよ」

 朝とはいえ太陽は既に山並みをテイクオフしている。世界の危機が迫っているというのに未だ寝ていたとしたら、どれだけ図太い精神の持ち主なのだろう。

「どっから聞いたのよそんな話を」

「んー? 昨日メイドさんが言ってたのを聞いた人が話していたのを聞いた人から聞いた」

「誰なのよそいつはっ」

 そんな話をやり取りしつつも、真希の手はガッチリと手首を掴んで離さない。そうこうしているうちに建物から外へ出てしまった。


 日陰から出た為に光で一瞬目が眩む。それも慣れた頃には、窓から眺めていた時は訓練に励んでいた兵士達も今はその手を止めていた。訓練の合間の休憩時間。という訳ではなく、建物から見慣れぬ服装の若い女が姿を見せた事がその原因だろうと容易に想像出来た。

「どぉもー」

「おい、お前達。一体何者だ?」

 窓から眺めていた時、腕を組んで時折兵士に向かって指差しをしていた、ガタイのいい教官らしき男の人が誰何する。王様に話をしていないのだから、その兵士達にも話は通って無いのは当たり前。当然ながらの誰何だ。

「あ、こんにちは。私達昨日来たんだけど、訓練の様子を見学させて貰えないかなぁって」

「見学、だと?」

 そう言って、頭から爪先まで舐めるように私達を見るガタイのいい教官らしき人。でもその視線は下心からではなくて奇異の視線だ。

「見慣れぬ格好に、分をわきまえない言い回し……もしかして、お前達が異邦人か」

「ぴんぽーん」

「ぴん、ぽん?」

 ぴんぽんとはなんぞや? と、兵士達がざわめいた。そのざわめく兵士達を押し退けて、一人の騎士が現れる。他の兵士達のなんか鉄っぽい鎧とは違った鎧を着込んだ女性。窓から見えた女騎士だ。

「何の騒ぎですか隊長殿」

「ああ、いやな。こいつ等が訓練を──」

「ん? お前達、何処を担当している使用人だ? ここはお前達が来て良い場所ではない。早々に立ち去るが良い」

 隊長さんの言葉を遮り、私達に向かって言った女騎士。ブレザーの制服を使用人さんの格好と誤認した様だ。そのセリフにカチンときたのか真希が一歩前に出る。

「えっと、失礼ですがあなたは?」

「私の名も知らん新参者か? いいだろう教えてやる。私の名はフェデリィ。アールディエンテ王国騎士団の副長を務める者だ」

「おおっ。女性なのに騎士団の副隊長を務めるなんて、よほど優秀なお方とお見受けしました」

「ふっ、当たり前ではないか。私はお前達とは違うのだ」

「ええ、私共とは違い修練に修練を重ねておられた事が、その鎧の上からも滲み出ておられます。女性でありながら男性に勝るとも劣らない修練を積み重ね、にもかかわらずお肌にハリツヤがあって女性としての研鑽も怠らない。バランスの取れた実にお美しいお姿はまさに騎士として、女性としての鏡。ご尊敬致しますわ」

 『褒め殺し』という言葉がある。それがまさに今、目の前で繰り広げられていた。祈る様に手の平を胸元で組んで上目遣いで目を輝かせる真希は、その口から心にも無い事を発し続けていた。女騎士の方も『そんな事はないぞ』と、言葉に出してはいるものの、その顔は満更でもなさそうだった。

「……あの、もしフェデリィ様さえ宜しければ、敬愛の意味を込めて、『お姉様』とお呼びしても宜しいでしょうか?」

「お、お姉様……?」

「ダメなのでしょうか? 私、ひと目見てお姉様を好きになってしまいました。私はこれからお姉様を目標に少しでもお姉様に近付きとう御座います」

 とうとうお姉様扱いし始めた。

「ですから、是非ともお姉様の研鑽なさるお姿をこの目に焼き付けておきたい思ってますの。見学のご許可を頂いても宜しいでしょうか?」

「う、うむそうか? そ、そういう事ならそうだな。隊長殿、この者等に訓練の様子を見学をさせては貰えないだろうか?」

 この女、チョロくない?!

「あ、ああ。ま、まあ邪魔さえしなければ許可しよう」

 口元をヒクつかせながら返事をする隊長さん。この人だけは強引に押し通した事に気付いている様子だ。

「よ、よしそれでは訓練を再開するぞ。お前達はそこの木陰に居るといい」

「有難う御座います」

 真希につられて丁寧にお辞儀をし、隊長さんに言われた通りに木陰に座る。

「いやぁチョロかったねぇ」

「よくもまあ、あんなセリフがポンポン出てくるもんだわ」

「異世界人といっても同じ女だし、何処を責めればいいかくらい分かるよ」

 そんなアドバイスなんぞ要らないと思いながら再開された訓練風景を眺める。若い女の子が見ているとあってか、再開された訓練にはやる気が漲っていた。特に一番張り切っていたのは副隊長のフェデリィさんだ。彼女は『よく見ておけ』と、こっちに向かって手を振っていた。見学する為のダシに使われたのだと知ったらどう豹変するのだろう。

「……アンタ。後で斬られても知らないからね」

「その時は一緒に逝こうぜマイハニー」

「絶っっ対ヤダ」


 ☆ ☆ ☆


 真っ赤な絨毯が敷かれた廊下を三十九人が歩いていた。その面持ちは決意と緊張に満ちていて歩幅も若干大きめ。それに遅れまいと、低身長ツートップがちょこちょことついてくる姿はカルガモ親子に見えなくもない。

 あの後、少し時間を置いて迎えに来た美冬ちゃんに、危機感が足らない。と、こっぴどく怒られた。真希に全てを押し付けようとも思ったが、暴走を止められなかった私も悪いので黙って素直に怒られた。


 通された謁見の間は、昨日と違って人が多かった。玉座に座る王様は勿論、その傍に教皇さんが控え、壁際には臣下であろう人達が並んでいた。その中には今朝会ったばかりの人も居る。

「どうかなされましたか異邦人殿」

 王様の言葉に臣下の人達がざわめく。

「昨日仰っていた件、お受けしようと思っています」

「何?! 本当ですか!?」

 嬉々として、勢い良く玉座から立ち上がる王様。

「はい、私達は戦います。……ですが、その術を私達は知りません。ですから、教えて頂きたいのです。どうすれば戦えるのか。どうすれば生き残れるのかを」

「そうか……相分かった。では。おい、リィネガッハ」

「ハッ!」

 王様がそう言うと壁際に控えていた騎士の一人が返事をして一歩前に出る。朝、訓練で見かけたガタイのいい教官さんだ。

「先程の話聞いていたな」

「ハッ!」

「異邦人殿をそなたに預ける。いくさのイロハを教えてやって欲しい」

「勅命とあらば、謹んでお受け致します」

「うむ。では頼んだぞ」

「ハッ!」

 恐らくそれが敬礼なのだろう。拳を胸元に当てて姿勢を正すリィネガッハさん。

「この者はアールディエンテ王国でも特に優秀な男だ。故に騎士隊長と教練官を兼任させておる。彼に学べば、異邦人殿の不安も解消されよう」

「そうですか。では、宜しくお願いしますリィネガッハさん」

「よろしくおねがいしまーす」

 本来、厳粛な筈の謁見の間という場に、似つかわしくない女の子達の声が響き渡った。

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