異世界転移したらクラス全員が治療士でした。~まともなファンタジー路線かと思いきや、どうやら違う様です~

ネコヅキ

異世界転移。

 ……眠い。お昼を食べた後ってどうしてこうも眠くなるのだろう? 調べてみると血糖値が下がるからだ。と、書かれてはいるが、果たしてそれだけだろうか? 窓から差し込むポカポカ陽気。午後イチの苦手な英語。図書館にも似た静かな室内にチョークの単調な音だけが響いている状況。眠くなりそうな要素だらけだ。

 私以外の他の人も同様なようで、時折頭がカクン。としている人や、下を向いたまま口から雫を落としてノートをべこべこにしている人。果ては教科書を立てて完全に睡眠モードに入っている猛者まで居る。これが共学だったのなら少しは男子の目を気にしているのだろうが、女同士だから遠慮がない。


 一心不乱に黒板に書き続けていた美冬ちゃんがチョークを置いて振り返る。美冬ちゃんこと城東美冬ちゃんは、今年配属された英語の教師で私達の担任の先生。胸は平均サイズだけれどスタイルは抜群で私達と歳が近い為に、誰かが呼んだ『美冬ちゃん』がそのまま浸透した。カレシは居ないとの事。

「さて、この訳を……ナニコレッ!」

 美冬ちゃんが驚きの声を上げたのと同時に幾人かが目を覚まして顔を上げ、その中の幾人かが再び夢の中へと戻っていく。それ以外の人達は、呆然と眺めていたり、目を擦って再確認していたりと、目を白黒させていた。

 午後の教室を襲った不可解な出来事。それは、床から天井へと昇ってゆく光の粒子。最初は一つ二つだったものが徐々に増えていき、瞬く間に数え切れない程の光の粒子が立ち昇る。

「先生っ! 床がっ!」

 それは誰の声だったろう。誰かがそう叫び、叫んだ人物を確認するよりも先に、示された場所に誰もが視線を落とす。床で輝く見た事もない文字。それが円を成して教室全体を覆っていた。

「これってまさか! みんな避難を! 早く教室から──」

 美冬ちゃんの言葉を遮るように光が爆発した。


 ☆ ☆ ☆


 ヒヤリと冷たい風が頬を撫で、ブルリと震えて目が覚める。そこはポカポカで快適な教室ではなく、苔の匂いがする薄暗く湿気の多い洞窟の様な場所。まるで闘技台の様な円形状の台座を六本の古ぼけた柱が囲み、外壁には松明がグルリと置かれている。その台の上に私達は倒れていた。

「みんな無事!? 全員居る?!」

 いち早く目が覚めたと思しき美冬ちゃんが、未だ目を覚まさない生徒を起こして回っていた。

「委員長の多々良さん。どう? ちゃんと全員居るかしら?」

 座り込んで呆けていた小百合が美冬ちゃんに名指しされた事でハッと我に返り、慌てて人数を数えてゆく。

「はい。三十八人。クラス全員居ます」

「そ、良かった。みんな、慌てないで落ち着いて。パニックを起こさないように注意してね。何があっても先生が守るから」

 フンムッ。と鼻息を荒くする美冬ちゃん。新任で頼りなさそうだった先生が今は頼もしく思えた。

 私はスッと手を挙げて、心の中の疑問を口にする。

「どうしました渡辺さん」

「さっき、『これってまさか』とか言ってましたけど、この不可解な状況をご存知なんですか?」

 光の爆発に巻き込まれる直前、美冬ちゃんはそう言っていた。私以外にも聞いていた人が居たようで、周りからは、『そういえば……』と声がする。

「いえ、知ってるって訳じゃないの。ただ良く似た話を読んだ事があるからつい、ね」

「良く似た話ってぇ何ですかぁ?」

 加藤睦美が間延びした声で尋ねた。

「いやその、ラノベでよく見掛ける異世界転移ってヤツよ」

 美冬ちゃんの答えに、一部からは『ああ』や『そういえば』といった声がする。残りは美冬ちゃんにそんな趣味があった事に驚く者や腐女子認定している者も居た。

「じゃあ、ここは異世界って事ですか?」

「そうね。少なくとも教室では無いことは確かだわ」

 壁に置かれた松明だけが光源の薄暗い洞窟の様な場所は誰がどう見ても教室では無い。

「とにかく、身体が冷えないようにみんなで温め合いましょう」

 ポカポカ陽気だった室内は、今や肌寒く感じていた。それが陽の光を遮っているからか、他の要因かは分からない。ただ、まだ冬服であった事が有り難かった。これが夏服ならば歯を鳴らして凍えていた事だろう。

 そして多分、美冬ちゃんが言ったのはそれだけじゃない。みんなの胸中にあるのは、不安。退屈だけど平和な日常が崩れ、薄暗い洞窟の中よりも暗い不確定な未来が一寸先にはある。少しでもそれを和らげようと、みんなは身体を寄せ合い、結果あちこちでハグをし合う光景が広がっていた。

「楓ぇ、ギュッとしていい?」

 だからそう言ってきた親友の真希も不安なんだと理解出来た。

「うんいいよ。一緒に居よ」

 隣に腰を下ろした真希をギュッと抱きしめる。共学ではいざしらず、女子校ならハグは日常茶飯事だ。真希は抵抗なく受け入れて頭を私に預けてきた。

「私達、どうなっちゃうのかな……」

「私にも分からない」

 物語には様々な結末がある。諸悪の根源を打ち負かし、元の世界へ帰還した話もあればそのまま居着いてしまう話もある。そして、それらを果たせずに死んでしまう場合も。

「みんなはここに居て。私は出口がないか探して来る」

 そう言って美冬ちゃんが立ち上がるが、生徒達の中からは『危ないよ』という声も上がる。

「大丈夫。先生に任せて」

 ニッコリと微笑んで壁に向かって歩き出す美冬ちゃん。だけど彼女は分かっていない。唯一の大人である美冬ちゃんに何かあれば、ギリギリ平静を保っているみんながパニックに陥る事は目に見えている。だから私はその事を伝えようと口を開きかけたその時、岩壁が左右に分かれて差し込んだ外光が私達の目を眩ませた。


 岩壁が開かれた場所には三人の人影があった。背丈は三人共ほぼ同じ。私達よりも高く、だけど高過ぎない。恐らくは百七十くらいと思われる。裾がやや汚れた白いローブを頭からスッポリと被っていてその顔は見えない。

「お待たせして申し訳ありません。異邦人の方々」

「あなっ! あんな達は何者なんでつかっ! わたっ私達をどうするつもりなんでちゅかっ!」

 突然の事で美冬ちゃんも驚いたのだろう。誰何する言葉は噛みまくりだった。

「突然のお呼び立て、誠に申し訳ありません異邦人殿。私はこのアールディエンテ王国で大司教を務めておりますカタリバと申す者。国王陛下、並びに教皇様の命により、異邦人の皆様をお迎えに上がりました」

「迎え……?」

「左様です。詳しい話は国王陛下より御座います故、どうぞ我等について来て頂きたく」

 カタリバと名乗った男が丁寧にお辞儀をすると、残る二人も揃ってお辞儀をする。そして三人が外へと出て行こうとした所で美冬ちゃんが呼び止めた。

「ちょっと待って下さいっ!」

「何でしょうか異邦人殿」

「あなた達は一体何者何ですかっ?! ここは何処なんですかっ?! 私達をどうするつもりなんですかっ!? 答えてくれなければここから動きませんよっ!」

 美冬ちゃんもだいぶ落ち着いたのだろう。二度目の誰何は噛まずに言えた。三人の中央に立つ白ローブの男は、少し考える仕草をした後に振り返ってフードを下げる。

 陽の下に曝け出されたその顔は、白髪の短髪で青い瞳を持ち、頬が少々痩けているが整った顔立ちをしている。そして最も驚く部位はその耳だ。まるでナイフの様に先が尖ったその耳は、映画に登場する『エルフ』と呼ばれる種族によく似ていた。

「分かりましたお答えいたします。ここはルードンヌ。異邦人殿から見れば異世界。と言えるべき場所で御座います」

「ルードンヌ……?」

「左様です。異邦人殿は我々を警戒しておいでの様ですが、我々は皆様を害する様な事は御座いませんので、ご安心下さい」

「それは、信じれるのですか?」

「勿論で御座います。我等は王の命により、皆様をお迎えに参っただけで御座います。ただ、場所が場所ですので少々お時間が掛かってしまった次第です」

「場所……?」

「はい。それにつきましては、外に出て頂ければ分かるかと思います」

「……?」

 手の平で指し示すカタリバさんに、美冬ちゃんは恐る恐る歩みを進める。そして唐突にその歩みを止める。

「こ、これはっ!?」

 驚きの声を上げた美冬ちゃん。なんだどうしたとみんなが集まりそして、息を呑んだ。


 見渡す限りの大空に鳥ではないナニカが羽ばたき、太陽とは別の、地球で言う所の月であろう三つの衛星が大中小と並んでいる。巨大な島が宙に浮き、流れ落ちる水が虹を成していて、眼下に広がる深い森の中には人の手で作り出されたと思える建造物が幾つも在った。

 美冬ちゃんが言っていた通り、ここは教室ではなく日本でもなく、ましてや地球でもなかった。そして、地上でもなかった。

 高度は一体何百メートルだろう? 地平線が丸く見える事から相当な高さに思える。そのあまりの高さに生徒の一人が気を失った。

「ちょ、美香?!」

「どうかれさましたか? 異邦人殿」

「あの、この子高い所が苦手で……」

「そうですか。では、申し訳御座いませんが、そのまま支えておいで下さい。下に着きましたなら、このカゲアキが治癒魔法をおかけ致します」

 左隣に立つ白ローブの人がコクリと頷く。

「治癒魔法?」

「はい。彼は治癒士でありますので」

「治療出来るならどうしてスグに治療してくれないんですか?!」

 気を失ったままの美香を抱きかかえ、亜矢はカタリバに強い口調で言った。

「その方は高い所が苦手との事ですので、今この場で治癒をしてもまた同じ結果になると思います。ですから下に降りるまではそのままの方が良いかと」

 彼の言う事は正しい。気が付き気を失うを繰り返せば、美香の精神が逆に壊れてしまいかねない。

「そうね、彼の言う通りにしましょう。佐藤さん、長谷川さんの事お願いね」

「……分かりました」

 気を失っている美香の腕を首に回し、よろよろと立ち上がる亜矢。その反対側の腕を加奈が取って首に回した。

「私も手伝うよ」

「有り難う、加奈」

「それでは皆様、こちらにお乗り下さい」

 手の平で指し示すそこには地面など無く、代わりにオレンジ色に輝く見た事の無い文字が書かれた円形状の床があった。

「これ、何なのですか?」

「こちらは移動用の魔紋です。どうぞお乗り下さい」

 教師である美冬ちゃんが先陣を切って恐る恐る魔紋に乗り、それに生徒達が続いてゆく。

「ちょ、下が丸見え……」

「怖いよぉ……」

 二人が言う通りに、ランドマークタワーにありがちなガラスの床よろしく、文字が書かれている以外は透けている。雲は遥か下を流れ、高所恐怖症でなくても目眩に襲われた。

「皆様、危険ですのでどうぞ中央にお集まり下さい」

「中央って……」

 集まる様言われた中央部にはオレンジ色に輝く文字など無く、ガラス以上の透明な床の所為でそこだけポッカリと穴が開いている様にしか見えない。

「おち、ないよね……?」

「それは御座いませんのでご安心下さい」

 彼の言葉を信じ、一人また一人と中央部に足を踏み入れ、そこが安全だと分かった途端にワッと集まり出す。普通、これだけの人数が一斉に動いたら乗り物も相当揺れるのだけれど、ビクともしていないのに驚いた。

「でもこれってさぁ、下から見えちゃうんじゃないの?」

 誰が言ったかその言葉に、誰も彼もがスカートごとお尻を抑えたのだった。


 ☆ ☆ ☆


 カタリバさんが気を使ってくれたのか、空飛ぶ魔紋の移動は緩やかだった。途中、目を覚ました美香が再び気を失う。というハプニングがあったが、何とか無事に地上へと降りる事が出来た。

 その美香は現在、紫っぽい顔色をして石畳に寝かされている。その側にはカゲアキさんが膝立ちになって、祈りを捧げる様に手の平を組んでいた。

「我等に生を与えし慈愛の女神ヴンリィーネ様。その深き広き御心で我に癒しの力を与え給え」

 組んでいた手の平を解いて美香に向かって突き出す。すると、その手首にブレスレットの様に青白い文字が浮かび上がって緩やかな回転を成し、手の平の方にも同様な魔紋が現れた。

「凄い」

「なんかカッコイイね」

「コレが魔法ってヤツ?」

 感嘆の声を漏らす生徒達。その声も届いていないのか、カゲアキさんは一言も発する事なく美香に向かって集中する。その額には薄らと汗を掻いていた。

 その癒しの効果は瞬時に現れた。脂汗を掻き、苦しそうな表情がスーッと消えていき、ウンウンとうなされていた状態から安らかな寝息へと変わっていった。

「これでもう大丈夫。じきに目も覚める事でしょう」

 カゲアキさんはスックと立ち上がり、司教さんの元へと歩いて行く。しかし、歩く姿は少しふらついている様にも見えた。

「少しは成長出来ましたね」

「はい、お陰様で何とか」

「しかし、まだまだ精進あるのみですよ」

「分かりました」

 息を乱してカタリバと話を交わすカゲアキ。そのやり取りで、美香はカゲアキの訓練に使われたのだと悟った。

「お連れの方がお目覚め次第、我等の王が御座おわす謁見の間にご案内させて頂きます」

「その王様が私達をここへ呼んだのですか?」

「左様で御座います」

「どんな理由で呼んだのか聞いても良いですか?」

「詳細は私共も聞いてはおりませんが、世界の存続に関わる重大な要件。とだけ伺っております」

「やっぱり。そうですか……」

 美冬ちゃんの言い方からして、何をさせられるのかを知っている。私はそれを確かめるべく美冬ちゃんに問い掛けた。

「美冬ちゃん。私達は何かをさせられるの?」

「ええ、戦わせるつもりなのよ。彼等が言う所の『世界の存続に関わる者』と」

 美冬ちゃんの言葉に生徒達に動揺が広がった。

「それってつまり、魔王って事ですか?」

 手を挙げて何故か嬉しそうに聞く進藤真由美。彼女はクラスでも一番のオタクで、よく美冬ちゃんとお喋りをしている所を見掛けたが、美冬ちゃんもやたら詳しい事からそういう話をしていたんだと納得した。程なくして治療魔法を受けた美香が目を覚まし、亜矢が心配そうに顔を覗き込む。

「美香、大丈夫?」

「あ、うん。何か凄いスッキリしてる……」

 治癒魔法とはどんな効果があるのだろうと思っていたが、傷を癒すだけでなく状態異常も回復させられる事が彼女の言動から分かった。

「ではお連れの方もお目覚めになられた事ですし、謁見の間へご案内を致します」

 カタリバさんとカゲアキさん。そしてもう一人の人が先導し、私達はゾロゾロとその後を着いて行った。


 ☆ ☆ ☆


 移動紋の発着場というべき場所から歩く事数分。先導していた三人が立ち止まった場所には、私達の背丈の三倍はある扉が在った。扉の両側には背丈の二倍はある槍を手に、顔まで覆われた鎧を着た人が二人立っている。カゲアキさんが頷くと、二人は扉に手をかけて開いた。

「まるで映画みたい」

「舞踏会とか開いてそうね」

 誰かが言った通りに謁見の間は、映画で観た中世を舞台にしたお城によく似ていた。天井から吊り下がる大きなシャンデリア。真っ直ぐに続く赤い絨毯。その先には玉座があり、頭に宝冠を乗せた人物が座っていて、その隣には金の刺繍が施された白のローブを着ている男が錫杖を持って立っている。ただ、王様だけは想像していたのとかけ離れていた。『エルフ』といえば、細身で全員美形というのが私達の世界では通説だが、でっぷりとしたその姿は彼の有名な『エルフ』だとは到底思えない。

 王様の前まで進み出たカタリバさん達三人は、床に片膝を着いて頭を下げる。

「国王陛下、教皇様。お言いつけ通り異邦人の皆様をお連れ致しました」

「ご苦労だったなカタリバ。しかし、随分と遅かったようだが……?」 

「申し訳御座いません教皇様。途中で問題が生じまして、異邦人の方のお一人が気を失った為に治療を施しておりました」

「左様か。相分かった。今日はもう下がって良いぞ」

「はい。それでは失礼致します」

 王様と教皇と呼ばれた人物に恭しく礼をして三人は謁見の間から出て行く。そしてその場には私達が残された。

「オコナーよ、この者達が召喚したという異邦人の者達なのだな?」

「左様で御座います陛下」

「ふむ。にしても、男が一人も居らんではないか」

「はい。どうやら婦人ばかりが集う場所に召喚門が開かれたとみえますな」

「そうか、この可憐な乙女達がこの世界を救って下さるという訳か」

 言って王様は立ち上がり、ポッチャリしたその顔に満面の笑みを作り出す。

「私はこの国の王であるブランシール・アールディエンテ。皆様よくぞ召喚に応じて下さった。心より感謝いたしますぞ」

「応じたというか強制よね」

「私気が付いたらここに飛ばされてたんだけど?」

 そんな愚痴が聞こえたのだろう。満面の笑みを崩してはいないが、頬がヒクついているのを私は見逃さなかった。

「と、兎も角。隣室に軽い食事と飲み物を用意しているのでどうぞそちらに」

 王様が左手で指し示すと同時に差されたドアが開かれる。そして『おおっ』という声があちこちから漏れた。

 ドアを開けたのは燕尾服風のスーツを着た執事と思しき人。付け加えるならば、なかなかにイケメンな人。その奥には黒を基調とした布地に白いエプロン、そして頭に乗せるメイドカチューシャ。目の当たりにした本物の執事やメイドに生徒達が騒ぎ出す。私も見たのは初めてだ。


 隣室といえど天井は謁見の間と同じ位の高さがあり、室内は体育館を少し狭くした様な広さ。煌びやかなシャンデリアが下がり、高価そうな調度品が壁際に並ぶ。けれどもみんなの目はそんな所には向いていない。みんなの関心を強烈に引いたのは、奥に向かって長々と続くテーブル。その上だ。真っ白でシワ一つ無いテーブルクロスの上には、世の女性達が最も喜ぶ物。すなわち、スイーツが所狭しと置かれていた。スイーツパラダイスだ。そんなモノを見せられた日にゃあ、理性も吹っ飛ぶってものだ。そして、多分私じゃない誰かのお腹がくぅ。と鳴るのが聞こえた。

「さあどうぞ皆様。お席に着いてご自由にお召し上がり下さい」

「先生……?」

「美冬ちゃん……」

 ほぼ全ての生徒が上目遣いでジッと見つめる。その目の輝きに、美冬ちゃんはたじろいだ。

「う……そ、そうですね。折角ですからご馳走になりましょう」

 わっと隣室に雪崩れ込む生徒達。勿論私もその中の一人だ。

 三十九人分。各席についている執事やメイドに座らせて貰い、異世界のスイーツという未知で魅惑の物体に各々が手を伸ばす。甘い物は別腹というが、脂肪という名の別腹になりそうな勢いでテーブル上のスイーツがモリモリモリと無くなっていった。そして生徒達が満足し始めた頃を見計らい、王様と教皇さんが席に着く。

「改めまして、私がアールディエンテ王国の国王。ブランシール・アールディエンテだ」

「私はヴンリィーネ教会最高責任者を務めさせて頂く、教皇のシィト・オコナーです」

「ご挨拶が遅れました。私はこの子達の教師で、城東美冬と申します。この様な手厚い歓迎をして頂き誠にありがとう御座います」

 美冬ちゃんは席を立ってお辞儀をし、また席に着く。

「それで、私達をここへ呼んだ理由をお聞かせ願えませんでしょうか?」

「分かりました教師殿。オコナー、説明を」

「はい陛下。『暑き季節の月、地の底に災悪が現れる。異なる者を携え、此れを討つべし』。教団の巫女姫が授かりし神託にて御座います。それから我々は、この神託についての解明に全力を注いで参りました。そしてついに、地の底に潜む災悪の正体が分かったのです」

「その正体とは、魔王。違いますか?」

「流石は教師殿。その存在を一瞬で看破なさるとは」

「教師殿の言う通り、古い文献にその事が記されておりました。太古の昔、神に敗れ封印されし悪魔の王。それが現代に蘇るのです。そして我等ヴンリィーネ教会は神託に従い、伝えられし禁術書を用いて勇の者たる人物を召喚するに至った訳で御座います」

「つまりは、私達にソレと戦え。そう仰るのですか?」

「左様で御座います、教師殿」

「巫山戯ないで下さいっ!」

 椅子を転がす勢いで立ち上がってテーブルを叩く美冬ちゃん。その振動は、一番端に居る私に注がれた飲み物を揺らした。

「私はこの子達の教師です。私にはこの子達を無事に帰す義務があります。戦うのは男の役目。そうではありませんか!? それに、神様だって滅ぼせなかった存在を女である私達がどう頑張っても倒せる訳がないじゃないですかっ!」

「そう仰るのも分かりますが教師殿。婦人といえども異界の地より参られた異邦人殿と我等とでは、戦力にとても大きな差があるのです」

「戦力に差?! それは策を練れば幾らでも補えるでしょう?」

「確かに教師殿の言う通り、上手く策を練れば大きな敵にも勝利せしめる事も可能でしょう。しかしながらこの国……いや、この世界で一番の力自慢が束になろうとも、異界の地より参ったそなた達には勝てる見込みは無いのです」

「それ程の差が?!」

「左様です。後でプレートをお渡し致しますので、能力値を確認して頂けるとよくお分かりになると思います」

「しかし、だからと言って教え子達を危険な目に遭わせたくはありませんっ! 今スグに私達を元に戻して下さい!」

 美冬ちゃんの言葉に、王様と教皇さんが顔を見合わせる。

「まさか、戻せないのに私達を呼んだのですか?」

「いえ、その様な事はありません。ですが、皆様を元の世界に返還する為には禁術書の解読が必要不可欠。解読には少なくとも一年は掛かり、魔王出現の予言は半年以内と出ています」

「じ、じゃあ私達は何処かに隠れて、その書物の解読を待つっていうのは?」

「いえ、出現する魔王が伝承に記されている通りならば、半年もあればこの世界は滅びを迎えるでしょう」

「そ、んな……」

 元の世界に還る為には戦う以外に選択肢が残されていない事に、美冬ちゃんは失望を顕にする。そして、その言葉で私達生徒にも動揺が広がった。

「無理を承知でお願い致します。どうかこの世界をお救い下さい」

 席を立ち、頭を下げる王様と教皇さん。

「か、考えさせて下さい」

 青ざめた表情した美冬ちゃんは、そう返答をするので精一杯の様子だった。

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