第28話


 その国では、クモ姫という女王が糸で国を治めていた。彼女は糸ひとつでなんでも解決した。そのおかげで国の民は平和に暮らせている。


 最近、クモ姫が結婚した。名はアーマイゼ。貧乏な家系で育った、ただの貧乏人の民であった。アーマイゼは母親からこう言われて育ってきた。謙虚な心を持ちなさい。感謝の気持ちをわすれてはいけない。感謝感激雨あられ。周りの方々の親切を踏みにじってはいけない。お前はやさしい子。慈悲深い子。どうか愛にあふれた子でいておくれ。アーマイゼ。


 アーマイゼは言いつけを守り、いつだって謙虚さを失わなかった。そして周りの方々の親切に感謝をした。


「だからってメイド服着てうろつかないでください!」

「わたしたちが怒られるんですよ!」

「あーーーーもうやめてぇーーーー!!」


 アーマイゼが箒を手に持てばメイドたちが泣き叫ぶ。アーマイゼがフライパンを持てばコックたちが泣き叫ぶ。やめてと言われてもやめてはいけない。謙虚な気持ちは常日頃。愛を忘れてはいけない。母さん。わたし、今日も感謝をして過ごすわ。感謝感激雨あられ。


「そんな愛はいらねえんですよ!!」

「クモ姫さまに見つかる前に早くドレスに着替えて!!」

「わたしたちが殺されるんですよ!!」

「ああ、おやさしいメイドの皆様、今日もありがとうございます」

「早く行け!」

「早くぅ!」

「ここから離れて!」

「早くぅ!」

「ああ、今日も皆様とってもお元気で何よりです。行きましょう。ハチ」

「にゃあ」


 しましま模様のネコのハチを連れて今日もアーマイゼは歩いていく。愛しい方の書斎では、今日も騒々しい悲鳴が響き渡っている。


「クモ姫さま! どうか怒りを鎮めてください!」

「おれ、まじで転職考えようかな!」

「クモ姫さま、わたしたちの仕事が進まないではないですか。はやくその書類をやってくださいな」

「じじいは黙ってろ!!」

「あーーーまた機嫌悪くなってきたぁーー!」

「「アーマイゼさまを連れてこいーーーー!!」」


 壁に穴が空いた。また壁直さないと!

 ハチが走り出す。書斎の中に入れば廊下には戻ってこない。アーマイゼが壊れた壁から書斎を覗いた。糸の巣で遊ぶハチと――愛おしい妻の姿。振り返った目とつい目が合う。


「姫さま」


 空いた穴から中へ入り、アーマイゼが歩み寄った。クモ姫がアーマイゼを抱きしめ、柔らかなお腹に顔を埋めた。


「皆さま困ってます」

「放っておけ。わたくしは少々疲れた」

「紅茶でもお持ちしましょうか?」

「紅茶は飲み飽きた」


 長い手がアーマイゼに伸びた。


「アーマイゼがいい」

「まあ、……姫さまったら……」


 呆れつつも、嬉しい心は隠しきれずアーマイゼが頬を赤らめて顔を近付かせる。


「今日も甘えん坊ですね。ハチみたい」

「アーマイゼが甘やかせてくれるからな」

「そんなこと言ってお仕事をサボる気ですか?」

「サボりではない。休憩だ」


 距離が近付いていく。


「アーマイゼ、もっと近くに」

「とても近いじゃないですか。姫さま」

「もっとだ」

「これ以上近付けば……キスしてしまいますよ?」

「構わん。そのつもりなのだから」

「うふふ」

「いやか?」

「まさか……」

「ならば」

「もう、姫さまったら。……まだお昼ですよ?」

「新婚ではないか」

「仰る通りです。うふふ」

「アーマイゼ、愛してる」

「わたしも愛してます。……クモ姫さま」


 二人の距離がゼロとなる。愛の蕾がまた花を咲かす。廊下に倒れた使用人たちは転職サイトに登録した。


 今日もクモ姫が治める国は平和である。


 今日も糸と愛で溢れている。






 クモ姫とありんこ END

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クモ姫とありんこ 石狩なべ @yukidarumatukurou

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