第15話


「クモ姫様……」


 犯してくださいと言わんばかりの、レースの、すけすけの、下着を身につけるアーマイゼ。自分の上に乗っかり、上目で見つめてくる。


「あーまいぜ、くも姫さまが、すき」


 だから、


「なにしても、いいですよ?」


 そんなこと言われたら、押し倒すしかない。


「あん! くも姫さま!」


 ここが気持ちいいところだ。


「いやん! そんなとこ! だめぇ!」


 そんなこと言って、気持ちいいくせに。


「あん、いっちゃう、気持ち良すぎて、あーまいぜ、いっちゃう、いっちゃうの……!」


 イッてしまえ。乱れなお前を見ててやる。ほら、イけ。


「あっ、らめ、もっ! いくっ! いくぅーーーー!」









 という夢を見てしまった。もう誰か殺してくれ。


 クモ姫が顔を手で隠して、体を震わせた。アーマイゼはのんきな顔でハチとねむっている。


(くそ……。ハチはいいな……。アーマイゼの胸に顔を埋めても、笑顔で頭をなでられるだけなのだから)


 クモ姫がため息をはき――そっと、上からアーマイゼをおおった。


(……アーマイゼ)


 やさしく、額にキスをする。


(おはよう。わたくしの妻)


 小さな手にふれたら、胸がきゅんとする。アーマイゼの吐息をきけば、胸がぎゅん! とする。


(……起きるか)


 このままでは、本当に犯してしまいそうだ。


 クモ姫は悩んでいた。なにかというと、やはりアーマイゼのことだ。はじめて体を重ねた日は、もう、とっくの数ヶ月前のこと。アーマイゼの大切なその場所に、自分の長くてするどい指を挿入した時、アーマイゼが痛そうな顔をしていた。実際、血が出ていた。


 けれど、アーマイゼはクモ姫を想って、痛みにたえていた。声をかけるたびに、アーマイゼはやさしく微笑んで、クモ姫にささやいたのだ。


 ――クモ姫様、大好きです。

 ――大丈夫ですよ。……ちょっと、痛いけど……。

 ――愛してます。

 ――姫様。

 ――クモ姫様……。


(きずつけたくない)

(きらわれたくない)

(だから、こわがるな)


 泣いてると思えば、ふれられてうれしくて、緊張して、なみだが出ただなんて。


(……どこまで、わたくしを支配するつもりなんだ。お前は)


 かわいい。愛おしい。


(アーマイゼを愛しすぎて、このままでは気がふれてしまう)


 こんなに好きになった相手はいない。だからこそ、こまってしまう。


(どこまでふれていい?)


 きらわれない範囲で、こわがらせない範囲で、


(ここはいいだろ?)


 頭をなでればアーマイゼがうれしそうに微笑む。背中をなでれば、うっとりしてくる。頬に手をそえれば、見つめられる。見つめられたらキスをしたくなって、唇を重ねる。重ねたら、その余韻にどっぷりつかりたくなってしまう。


(どこまでふれていい?)


 どこにふれたらきずつかないかがわからない。今までは、きずつけようと思ってふれていたから。


(やさしく、やさしく……)


 やさしくふれる。そうすれば、背の低いアーマイゼはまた自分を見上げてきて、恥ずかしそうにはにかむ。その笑顔に、胸がすぎゅん! ときてしまう。


(……どうしたらいい?)


 アーマイゼの沼におぼれてしまう。


(わたくしをこまらせるなど、お前がはじめてだ)


 もう一度、起きない妻の額にキスをする。


(いつ、ふれられるだろうか?)


 そのやわらかい肌に。


(ふれたい)


 爪がアーマイゼのネグリジェをなぞる。


(ぬがせたい)


 糸で、ボタンを外してしまう。


(アーマイゼの肌)


 ボタンがまた外れる。


(アーマイゼの、裸)


 ボタンが外れていく。


(見たい、見たい、見たい)


 ボタンが外れた。


 ――ハチが、アーマイゼの胸をなめた。


「っ!」

「はひっ……?」


 クモ姫があわててとなりに倒れ、アーマイゼが起き上がった。寝ぼけた目で外れてるネグリジェを見て、自分をなめてくるハチをながめる。


「みゃう!」

「……あつくてボタン外しちゃったのかしら。ああ、いやだわ。わたしったら、はしたない」


 アーマイゼがボタンを直し、ハチを抱っこしてキスをした。


「おはよう。ハチ」

「にゃー!」

「あら、でも、起きるには少し早いかも」


 アーマイゼがハチをそっと地面におろした。


「ハチ、ちょっとだけ、ごめんね」


(……ん?)


 クモ姫がまゆをひそめた直後、うしろから抱きしめられた。だれに? アーマイゼしかいない。


(……)


 クモ姫がサナギとなった。

 一方、アーマイゼは、笑顔でクモ姫に抱きついている。


(クモ姫様の匂い)


 くんくん。


(……好き)


 起きない程度に、クモ姫のネグリジェにしがみつく。


「……クモ姫様……」


 耳元でささやかれる。


「今日も、愛してます」


 アーマイゼがそう言ってはなれ、――恥ずかしくなったのか、耳まで赤くなり、そろそろとベッドから抜けだした。


「ハチ、やっぱり起きましょう。ほら、おいで。ぼうや」

「にゃあ!」

「ミルクをあげましょうね。おいで」


 アーマイゼとわんぱくこぞうがいなくなった。ひとり残されたクモ姫は胸をバクバク鳴らして、静かに腕を顔に乗せた。


(……)


 アーマイゼを追いかけて、抱きしめて、思いきり言ってやりたい。



 あたくしもとても愛している。アーマイゼ。



(……今日、甘いアイスを用意するよう、シェフに言っておこう……)


 きっとアーマイゼがよろこぶ。


(好き。好き。……好き。……アーマイゼ、……すごく、好き……)


 甘い言葉のせいで、甘い空気のせいで、らしくもないほどゆれつづける鼓動は、しばらくおさまりそうもない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る