第6話 敬愛すべきあなたへ、本当に死んでほしい

作家として、自分の書いた小説が本になるのはとても嬉しいことなんじゃないだろうか。

「それにしても良かったですねー月白さん」

 私の胸がチクリと痛む。連絡を聞いてぽっかりと穴が空いた状態の月白さんは今何を考えているだろう。

 先輩は私の声に良かったと同調しない。ただ、無言でいるだけ。

「先輩に訊きたいことがあるんです」

「どうした?」

「私に才能があるという理由です」

 先輩の足が止まる。シンとした後、騒々しい虫の鳴き声が響く。

 それを言ったら何もかも終わる気がしていた。言葉に込められた意味を訊くのは、その願いすらも消してしまうんじゃないかって。

『立花ちゃんは才能あるよ。小説を書く才能』

 出会った頃に言われたその言葉はもう、破綻している。

「立花ちゃんは小説を書くのは好き?」

「はい、好きですけど…‥」

「なら、俺はほんと才能ないな」

「なんでですか。どうしてですか……先輩は、私なんかより才能ありますよ! 文才だって!」

「俺は、小説を書いて楽しいと思ったことなんてほとんどないんだよ」

 そう言い切った先輩は、はるか高みに居る先輩は、最大の娯楽を楽しめない大人のように苦しい顔をしていた。

「小説を書く才能……」

 この世の中は、なんて理不尽なんだ。私達には、まず文章を小説にする才能が要って、つぎに、巧くて抜きん出た小説にする才能が要る。そして、小説を書く才能──小説を書いていて楽しいと思える才能が必要、と。私が唯一持っているものを先輩は持っていない。私が喉から手が出るほど欲しいものを先輩は持っている。どうしろっていうんだ。先輩を恨む。先輩が羨ましい。先輩のことが憎い。でも、私の持っているものを持っていない先輩をそれ以上に憐れむ。今まで酷いことをした。

 この世界が一番悪いと言い切れたら、どれだけ楽だろう。

「辛いですね……」

「そうだな」

「こんなこと、あっていいと思えません」

「……」

「私、ずっと逆だと思ってました。いえ、先輩みたいな小説を書くのが、唯一ある才能だと思ってました。あの言葉も、そういう意味だったんですね」

「小説は、苦痛でしかない。それは書くより、作業なんだ。俺も頑張りたかった。君と一緒に。だって君は、『小説を書く自分』を必要としてくれているから」

「先輩は理想の人です。でも! 小説を書く先輩だけが理想なんじゃないんです。先輩の全部が理想なんです」

「俺は立派な人間じゃないよ」

「そんなこと言わないでください」

「好きな人に想いも告げられず、嫉妬ばかりしている醜い人間だよ」

「そんなことはないです。そんなことはないですから」

 私がそう言い切ると、先輩は「ごめん」と謝った。


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